第48話・応報の陽

 その後、ようやくクー子達は新しい日常に慣れた。VTuberの活動があって、渡芽わためが居る。


 その中で、クー子は高天ヶ原の例大祭に参加する旨を宇迦之御魂うかのみたまに伝えた。これまで難しかったことにどんどん挑戦する。そんなクー子を宇迦之御魂うかのみたまは、褒め殺しにした。そう、Linneの中で。


 来る、11月3日。その日、クー子は初めて、人間の通貨を手に入れた。


 銀行口座は妖術でハッキングして名義を作っておいた。クー子放送用語の手作りに該当する。悪いことではあるが、人間社会に与える影響は最小限。若干の罪悪感を感じつつも、神は所有権があれば口寄せができる。クー子は銀行から、口寄せしたのである。津田梅子五千円札を……。


「やったああああああああああ! 油揚げ買える! 植物性タンパク質買える!」


 クー子はそれを、掲げてはしゃぎ回った。なにせ、三千年で初めてのことなのだ。


「クー子様、あの伝説を手に入れられるのですか!?」


 稲荷神族の近年の参入者にとって、それは伝説である。黄金時代を知らない彼女らは、名前しか知らないのだ。


「おおおお!」


 渡芽わためは、油揚げを一応知っていた。見たことはあっても食べたことはなかった。期待はもはや、有頂天である。


「でもどうしよう……。油揚げが売ってるところには人間がいっぱいいるよね?」


 一瞬冷静になってしまったのが運の尽き。クー子自身が抱える問題が、最後の関門として立ちはだかる。


「そうですね……人に溢れた商店街に赴く必要があるでしょう……。そこは満野狐みやこにお任せあれ! 立派にお使いを果たして見せますぞ!」


 クー子の幽世かくりよメンバー、その唯一の健常者には、耳も尻尾もある。コスプレ幼女を一人で街に行かせるようなものである。


「ダメ! 人間は怖いんだよ!」


 控え目に言って、幼さをまといながら美貌びぼうを兼ね備えたみゃーこの人化。よからぬ人間だって引きつけかねない。決して、一人では行かせられなかった。


「私……人! 行く!」


 今度は渡芽わためが言い出した。だが、そもそも渡芽わためは人間恐怖症である。


「二人に行かせるくらいなら、私が行く!」


 クー子は、そう決意したのである。


 十二単に巫女装束、水干などが主な神の服。だが、必ず一着だけは、留袖とめそでの着物がある。

 時折街で見かける着物のご婦人、それはごく低確率で神である。


「クー子様! 満野狐みやこが! 満野狐みやこが参ります! クー子様が恐ろしいとする人間たちに、姿を晒すことはございません!」


 クー子の幽世かくりよは、油揚げ一枚のために、まるで戦に赴く兵士を引き止めるが如き騒ぎになった。

 クー子は、衣装部屋のふすまを開ける。


「私が行くの! いつか、人間とも話さなきゃいけない時だって来るかもしれないんだから!」


 クー子は水干を脱いで小袖こそでのみを纏い、衣桁から留袖とめそでを外す。余談、神は着物の着付けも異様に上手い。


「ダメ! 私! 行く!」


 止める渡芽わため。彼女も人間を恐れている側の存在である。


「私は、二人のためならなんでも我慢できるの!」


 と、言って、クー子は聞かなかったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 留袖とめそでに着替えたクー子は、幽世かくりよの境で、覚悟を決めるに時間を費やしていた。

 そのせいで、日は天に昇り、そして西へと傾き始めていた。

 その頃である、救世主が現れたのは……。


『よぉ、収益どうだった?』


 陽から、Linneが届いたのである。


『思ってたよりたくさん収益もらえたよ!』


 誰も彼もが、食欲を忘れていた。油揚げと人間恐怖症のせめぎあいは、それほど苛烈だったのだ。

 それでも、クー子は元気を装った。クー子の中で陽は、稲荷なのか人間なのか非常に曖昧な存在になっている。実際には、バリバリ現役の人間なのに。


『おう、もらえたのはいいかもだが、耳生やしたままどうやって買い物行くのか気になったんだ。どうする? 俺が代わりに行こうか?』


 クー子は泣いた。あまりの優しさに、都合の良すぎる救済に。


『行ってくれるの!?』


 文字だからこうなっている。だが、実際は号泣だ。


『おう、いいぜ! その代わり、妖怪に困ったときはこれからも助けてくれよ!』


 本当に陽は応報の道の道入みちしおらしかった。恩に着せないために、恩着せがましい言い方を選んだのである。


『当たり前だよ!! いつでも、頼って!!』


 クー子は超号泣した。滂沱の涙が海にならないことを、渡芽わためとみゃーこは祈った。


『ふはは! これから、そっち行くぜ! ちょい待ってくれ……』


 陽の家は、クー子の社から最も近い人間の家。いわば、ご近所さんである。


けまくもかしこき陽様へ。恩寵賜りて、畏み畏み感謝を申す……』


 クー子は陽に対する、敬意が溢れた。


祝詞のりと自重しろし!』


 陽は現代人でもあり、平安人でもある。当然、言葉の意味もわかっていた。

 陽がクー子の社を訪れたのは、それから一時間後のことだった。その日は、ブレザー姿だったが、狐耳と尻尾を生やして現れたのである。


 神に最も近い陰陽師は、変化も使えるのである……。

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