第47話・九字

 みゃーことの組み手が終わると、今度は渡芽わために妖術を教える番だ。

 振り返ると渡芽わためは拍手をしていた。


「強い!」


 渡芽わための言葉にすっかり気を良くしたクー子が力こぶを作って言う。


「ふふん! 実は、高天ヶ原たかまがはらの方々がいなければ最強だよ!」


 正確には正一位のほとんどと、従一位のごく一部を除けばである。


 すべての神が基本的に戦闘能力を有している。正一位は道の踏破者であるため、妖力及び神通力が桁違い。それでも、戦闘が苦手な神族もいるのだ。

 そして、さらに例外がある。数多なる道を歩む日孁おおひるめ神族だ。複数の道を同時に歩んでいるため、桁違いの正一位からみてさらに桁違い。神々の最終兵器の片割れである。


「クー子様、若干幼児退行してません?」


 人化を解いたみゃーこが、クー子の膝の上でじっとりとした目をしていた。


「うっ!? そんなことより、クルムも妖術練習! まずは、九字から!」


 神の精神年齢は気分でも変わったりする。無限の命を持つがゆえのことだ。


「やる!」


 渡芽わための練習の邪魔にならないようにと、みゃーこは膝から退いた。


「じゃあ、まず、指を二本立てて。これを、刀印っていうの」


 クー子もそうしてみせた。九字切りは、人の世でもよく使われる術式。妖力を持たなくても効果を発揮する、陰陽道の入り口だ。


「ん!」


 渡芽はそれを真似して指を立てた。


「まずは横に払って、りんと唱える! ほら、こうだよ。臨!」


 クー子が妖怪退治に出たときに、陽がやっていた術式。力を持つものがやれば、それはかなり強力だ。

 他の術式を混ぜることも、その術が簡素であるがゆえに、可能である。


「臨!」

 

 渡芽は兎に角真似をした。


「次は縦、兵! 臨で切り始めた場所に寄せてね!」


 籠編かごあみに似ている。端から、横に五本、縦に四本を編んでゆく。


「兵!」


 九字として意味を成し始めたその指先は、既に淡い光を帯びていた。それはまるで、剣に反射する陽光のようだ。


「クルムの神通力はすごいね! さすが数多だよ! さ、次、闘! 臨の下を切る!」


 そうしてクー子は、丁寧に一字一字を教えていった。

 渡芽わためが最後の、一字を切る。


「前!」


 渡芽わための指は、まだ光を帯びていた。


「うーん、結構力が強いなぁ……。祓う対象がないから、護法として体に残るのは想定内だけど、目に見えるなんて……」


 それは、ある程度一人前に認めることができてしまう神通力の証拠だ。神通力がその水準に達していないと、全身に拡散して光を失うはずなのだ。


「おおおおお!」


 ただ、そのファンタジー感に圧倒される渡芽わため。見るもの全てが新鮮で、何もかもが未経験だった。


「まぁ、とりあえず……。この紙に、その力を移しておこっか!」


 クー子は袂から小さな紙札を取り出した。


「ん!」


 渡芽わためは言われたとおり、そこに指を押し付ける。すると、光は紙に吸い込まれて消えていった。


「はい、9級神器です!」


 9級でも神器は神器。陽は例外として、霊能者などが数ヶ月かけて作るような代物である。

 余談……。神社などで売られているお守り、その中でも高級なものに10級神器は混じっている。


「神器?」


 渡芽わためは、神器はもっとすごいものであると思っていた。


「そうだよ! かなりすごいお守り。使い捨てになっちゃうけどね……」


 ついでに言えば、必要になる状況はまずないだろう。着ている服が、強力な神器なのだ。神と生活していれば、周囲が神器まみれになるのは仕方のないことだ。


「作った!」


 使い捨てだとしても、思っていたのと違うとしても、嬉しかった。神に近づけたのだ。


「でもなぁ、とっておきたいなぁ……。クルムが初めて作った神器……」


 ほいほいと作ったものであっても、その成長を見守る立場からしたら記念品だ。


「いる?」


 渡芽わためとしては、こんなものが欲しいのかという感じである。


「すごく欲しい!」


 初めての術が保存された、お守り。初めての神器。クー子が欲しがらない訳もなかったのである。


「クルム。クー子様は、満野狐みやこのものも全部保管してますよ……」


 育てられる側は、恥ずかしいものである。そして、呆れるものだ。それは、アルバムに似ている。


「だってだって、いなくなっちゃうんだもん!」


 またしても、クー子は幼児退行して、駄々をこねた。

満野狐みやこが神になっても、縁は変わらないとおっしゃったのは誰でございますか!?」


 それは、クー子である。だが、それは強がりを含んだ願い。変わらないで欲しいと、祈っているだけ。


「でも、思い出は残したいもん!」


 本音は、こちらにあった。


「ふふっ」


 心の底からの愛情を感じて、渡芽わためは思わず笑ってしまった。

 渡芽わためには、もう人として生きるつもりなど毛頭ない。だけど、その道はまだ残されている。狐に転生する時まで、クー子はそれを守り続ける。



―――――――


また更新予約を忘れてしまいました。本当に申し訳ございません

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