第46話・術師

 その後、三人で朝食を食べてから、例のごとく中庭に集まった。


「そうそう、みゃーこ。今だと、人化ってどのくらいできる?」


 神々の評価基準にそれも含まれている。

 評価基準は主に五つ。戦闘力、経済能力、術式能力、政治的提案力、汎用力だ。人化はこのうち、術式能力と汎用力に関わっている、変化能力の根幹。変化が上手ければ、惟神の道以外の宗教にも顔を出せるのである。


「では、参ります! お狐こんこん、人になーれ!」


 みゃーこが言って空中で翻ると、姿が煙に包まれて、小さな少女の姿になった。身長はやはり115cmほど。狐耳やしっぽは、やはり生えている。

 これなら、カバーストーリー“コスプレイベント帰り”が使えるレベルである。現代なら、全然許容範囲である。

 幼女がコスプレイベントというのは違和感が有るかもしれない。そこは、クー子が横に並べば解決だ。


「おぉ! 上手上手! お肌もちゃんとツルツルだよ!」


 ついでに、ボディラインもである。ただし、幼児体型というわけではない。しっかりとしたくびれがあり、女性らしい曲線美は備わっている。ただ、童顔で低身長なため、やはり幼女にしか見えない。


「かわいい……」


 その身長は、渡芽わためよりなお小さい。


「じゃ、私も久々に完全詠唱してみよ! お狐こんこん、人になーれ!」


 普段の“こんこん”だけで人化するのが、省略詠唱。今回のが完全詠唱である。術式の精度はやはり、完全詠唱の方が高い。

 クー子は、完全詠唱と、渡芽わためという人間が近くいたこと、その二つの要因から完全な人化を達成した。


「小さい……」


 普段より、小さくなったこと以外。


 普段が160cmほど。今は、140cmほどである。観察対象の人間が小さかったため、イメージがそれに引きずられてしまったのである。だが、これで人間の世界で買い物が可能だ。現金を持っていけば、大人のお使い程度には認識してもらえそうなものである。


「あはは、でも一番背が高いよ!」


 渡芽よりも若干ではある。


「小さい……」


 渡芽は自分の胸に手を置いて言う。だが……。


「ご安心を、満野狐みやこが一番小さいので! でもですよ、小さいは可愛いですよクルム! みのりんなど、とてもお可愛らしいではございませんか!」


 あだ名は、決まったばかり。みんな使いたいさかりである。だから、事あるごとにねじ込んできた。


「うん!」


 渡芽わためはそれで、小さいことなど気にすることもないのだと思えた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからは、恒例の神楽の練習。

 一時間が過ぎたとき、クー子からぼふんと音がして、耳と尻尾が生えた。


「じゃあ、一旦神楽は休憩!」


 いい機会だと思って、クー子は言った。


「ん。する! 理由……聞く!」


 渡芽わためは、自分のためだというのはもはや前提。でも、理解したかった。


「途中で休憩したほうが、たくさん練習できるかなって」


 クー子が言ったから、渡芽わためはやっぱりと思った。だって、これまでそうでなかったことなどないのだ。


「理解! 休憩……する!」


 渡芽わためは自主的になり始めている。なぜを理解して、それを次の行動に活かそうと思っているのだ。


「うん、しよしよ! それで、別の練習だよ! まず、みゃーこ! 組み手しよ?」


 みゃーこはこれから妖怪退治にも行くようになる。なら、実力の把握は大切だ。ついでに、渡芽わために妖術を見せることが出来る。渡芽わためが妖術を習得する助けにもなるはずだ。


「では、胸をお借りします!」


 そう宣言して構えるみゃーこに対して、クー子も構えを取った。ちゃんと加減ができるように、それでいてお粗末なものは咎められるように。


「いつでもおいで!」


 クー子が言うと、みゃーこが走り出す。


「燃えろ! 狐火!」


 みゃーこが初手に選んだのは、空中に炎を出現させてそれをぶつけるだけの術式だった。


「見た目は派手だけど、中身がスカスカだよ!」


 小さな狐火を出して、クー子はそれを相殺した。

 だが、次の瞬間、その炎をかき分けて、みゃーこが突っ込んできた。


「わっ!? 上手!」


 クー子は、みゃーこの上段蹴りなんとかさばく。だけど、一瞬本当に驚かされた。


后土こうど麒麟きりん!」


 ぶつかる瞬間に、みゃーこが叫ぶ。それは次の術式の構築だった。


「本気だね!?」


 みゃーこは本気も本気。全力で殺しにかかっても、クー子に少し本気を出されれば、その瞬間に負けるとわかっている。何をしても大丈夫という信頼のもと、全力をぶつけているのだ。


「焼き焦がせ! 残穢ざんえの焔!」


 さらに、みゃーこは通り際に、高温の炎を現出させた。自分の肉体の一部……今回は尻尾の毛を触媒にした強力な術である。


「うん、これなら……」


 クー子は、これなら天狗の中でも弱い者は完全に任せられると思った。

 通り過ぎて、着地したみゃーこが叫ぶ。


蓐収じょくしゅう白虎びゃっこ!」


 陰陽道の術は、神道の術によって中断されない。それを、利用して巨大な術式を組もうとしているのだ。

 クー子は、嬉しかった。自分が使える術は、全てみゃーこに教えた。それが、こんなにも活用されてる。

 もう、三点目だ。飛びかかる時に、青龍の点は定めてあるのだろう。四神邪滅陣。決めることさえできれば、みゃーこでも大天狗クラスを滅ぼせる。

 だから、クー子は、みゃーこを一流の術師であると認めた。認識を上方修正したのである。


獅子闘歩ししとうほ!」


 クー子は、手で印を結んで強く踏み込んだ。

 その一歩は、四季の歩みだった。クー子が繰り出したのは、春日大名神を起源とした陰陽の術。止める術はある、だが、瞬間でそれを判断するには、みゃーこは若すぎた。


「うわああああ!?」


 術式を破壊され、暴風で吹き飛ばされるみゃーこ。それを追いかけて、クー子は地面に落ちる前に捕まえた。


「あれは受けられないよ……」


 なにせ、さすがにクー子も大怪我をするから。


「参りました……」


 でも、本気のクー子を引きずり出した。みゃーこには、それで十分だったのだ。

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