第45話・天拵府来務

 次の日、クー子は驚いた。チャンネル登録者数が、バカみたいに激増していたのだ。その登録者数は、なんと一万を超えたのである。クー子は腰を抜かした。

 それが、全員起きた、月末の朝の出来事である。


「クー子様!?」

「クー子?」


 だから、二人共驚いてしまった。みゃーこも渡芽も。


「ごめん、びっくりしただけだから。チャンネル登録者、急に増えたの……」


 クー子にしてみれば、宝くじに当選したような感覚だ。手に入る通貨の量も、急激に増える。


「なんと! 良きことですね!」


 みゃーこは一緒になって喜んだ。


「ちゃんねる?」


 いまいちピンと来ていない渡芽わためは、首をひねった。


「あのね、みゃーこにもクルムにも、買ってあげられるものが増えるかもなんだよ!」


 クー子は、それが嬉しい。だが、今度は二人共ピンと来なかったのである。


「十分……」

「ですね! クー子様には、満ち足りるほどいろいろもらっております!」


 既に、二人共満足してしまっていたからである。

 人間の製品に対する物欲は、二人とも少ない。天拵あまぞんで手に入るものだけで十分だ。


「そっかぁ……」


 なんでもしてあげたいと思うクー子は、少しだけうなだれた。


「あ、そうそう。もうすぐ十月だよ! 神無月かんなづき! 今年は、高天ヶ原たかまがはらに行こうと思うの!」


 今のこよみでは、既に十月が終わろうとしている。クー子が言っているのは、旧暦の話。十一月の六日からが、旧暦の十月。神無月かんなづきである。


「おぉ、クー子様! 天拵府来務あまぞんぷらいむ復活ですね!」


 近年では、高天ヶ原たかまがはらに訪れる神はそう呼ばれる。一ヶ月の例大祭、その一部でも参加すると、主神たちに覚えてもらえる。主に、みゃーこのためだ。


 主神に覚えてもらえれば、みゃーこが強力な神器を手に入れる機会が増える。ずっと未来かもしれないが、二級の上位すら手に入れられる可能性があるのだ。


 ついでに、渡芽わためだってそうだ。将来的に神になれば、その可能性は十分にある。数多なる道、クー子はそう思っている。その道なら、一級神器にすら届きうる。


 一つだけ、特級神器と呼ばれるものがあるが、それは扱いが特殊だ……。


「クルム、高天ヶ原行ける?」


 クー子はそれが心配だった。最悪、葛の葉くずのはに留守中渡芽わためを見てもらうか、玉藻前たまものまえにみゃーこを連れて行ってもらうかと悩んでいた。


「人間……居る?」


 渡芽わための心配はいつもそれだ。


「居ない」


 高天ヶ原たかまがはらには、神しか居ない。

「行く!」


 だから、渡芽わためが怖がるような相手はどこにもいないのである。


「じゃあ、今年は三人で行こっか!」


 クー子は、みゃーこがコマになる前は、高天ヶ原たかまがはらにもちょくちょく行っていた。知り合いも多い。底津綿津見そこつわたつみなどは、その時に知り合ったのである。


「楽しみですね!」


 みゃーこは乗り気だった。

 だが、クー子も少し不安がある。


「クルム、高天ヶ原たかまがはらでは、人間に見えてもみんな神様だからね。でも、怖くなったら言うんだよ。優しい神しかいないから、怖がっても許してくれるからね」


 クー子は渡芽わために言い含めておいた。

 人間のように見える神はとても多い。動物にしか見えない家守神族は、高天ヶ原たかまがはらの滞在時間が短い。神在月例大祭は、交代で参加するのだ。

 多少神が減るため、禍事には人間の側も注意して欲しい時期でもある。


「優しい?」


 渡芽わためは不安そうに尋ねるも、そこは渡芽わための知る冷たい世界ではない。


「うん。みんな優しいよ! でも蛭子様は注意が必要かなぁ……。油断してると、どんどんお菓子がね……」


 蛭子命ひるこのみことには、クー子はうんざりしている。とてもいい人ではあるのだ。気のいい関西人のおっちゃんのような性格をしている。

 絶対にやってはいけないことはえべっさんと呼びかけること。怒らないが、お菓子が加速する。


「お菓子ですか!?」

「ヒルコサマ!」


 二人はそれをとても楽しみにしてるが、クー子は楽しみにできない。限度を知ってほしいのだ。高天ヶ原たかまがはら一の豪商だから、商業規模が本当に桁違いである。


「大丈夫かなぁ……。後、大国主様は、心配性。油断するとすぐ、診断始めるから」


 大国主は一切の不健康を許さない。こちらもまたいい人ではあるのだ、だが過保護気味である。

 クー子は、引きこもりであるため、特に心配された。


「クー子様!? 面識があるのですか!?」


 大国主は、内閣総理大臣みたいなもの。普通に会える相手ではないのだ。だから渡芽わためはびっくりした。


「うん。ほら、私、宇迦うか様のコマだったから……」


 言うなれば、クー子は内閣閣僚の子供のような立ち位置である。それは、会えてしかるべきだ。加えて、別の理由でも目をかけられていた。


「本当?」


 渡芽わためからすると、そんな世界はファンタジーの存在である。お菓子をくれる、健康を気遣ってくれる。そんなの、クー子と出会うまで、会ったことすらなかった。

 でも、最近は狐にはそういう人が居るのを認識している。


「本当! でも、親切が過ぎるから注意ね!」


 神々の問題はむしろそっちなのだ。親切すぎて、困ることが多い。

 可愛がられすぎて、鬱陶しくなるのが高天ヶ原である。



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 申し訳ございません、投稿予約を忘れてしまいました。

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