第44話・包巫

 コラボが終わり、クー子が一息ついたところだった。葛の葉くずのはが作成した、稲荷のグループチャットで電話がかかってきたのである。発信者は、玉藻前たまものまえだった。

 クー子は、急いでそれを取った。葛の葉くずのはを巻き込んでいることを、急いで伝えないといけないと思ったのである。


『聞いてください! 美野里狐みのりこが探していたあのお方が、秋葉リンだったんです! 美野里狐みのりこ、すっごい喜んでます! クー子様、本当にありがとうございます!』


 通話を取ると、興奮した様子の玉藻前たまものまえがまくし立ててきて、クー子は口を挟む隙を失った。

 その話を聞いているうちに、通話には葛の葉くずのはが参加してしまった。もう、注意する機会なんてないのである。


『ん? 途中からしか聞こえなかったけど、何を喜んでるんだい?』


 あたふたしていると、クー子はどんどん機会を失ってしまう。

 玉藻前たまものまえは、巻き込んだことを謝ってから葛の葉くずのはに向けて同じ説明をもう一度した。すると、葛の葉くずのはは笑ったのである。

『なんだい、尋ね出せた見つかったの意のかい? そりゃ、めでたいね! いや、巻き込まれて良かった! いい話を聞けたよ!』


 相手は稲荷だ、最初から何も心配することはなかったのである。

 だから、もう何もかもが言うまでもないこと。クー子は、思わず顔がほころんだ。


「たまたまだよ! でも、猿田彦さるたひこ様のお導きかもね」


 芸事を起源とする出会いは、猿田彦さるたひこが見ているから。そう考えるのは、天細女あめのうずめ猿田彦さるたひこが結婚してからの常識。芸という道を、二人で案内してくれる。そんな、概念的な道案内が得意な神が無数にいるのである。

 ただ、本人たちは絶対に教えてくれないのだ。だから考えるだけ、彼らは恩に着て欲しくない。


 そんな時、クー子の背後でふすまが動く音がした。

 振り返れば、クー子のコマ達がいた。


「仕事終わったよ! こっちおいで!」


 既にクー子の部屋は緑ではない。コラボが終了した時に、術は解いていた。


「クー子様!」

「お疲れ様……」


 二人それぞれ、別の言葉を言いながらクー子に抱きついた。


『おやおや、愛されてるね!』


 葛の葉くずのはは、それがほんの少しだけ羨ましかった。葛の葉くずのはも、そろそろコマか夫が欲しいのである。神は、一万歳が結婚適齢期だ。と言っても、行き遅れの概念などどこにもないが。


『あ、そうだ! みんなで話すのはどうです?』


 それに一番賛成したのが葛の葉くずのは。そうなると、寂しさが埋まるのである。


『いいね! 美野里狐みのりこも呼びなよ! もちろん、あの子がよければだけど!』


 ついでに名案を思いついたのがクー子であった。


「ビデオ通話にしませんか?」


 一度はやってみたいと思っていたことでもある。そして、やる相手がこれまでいなかったことでもある。


『あ、カメラの術式、どんなイメージですか?』


 と、最近使いこなし始めた玉藻前たまものまえ


『ビデオ通話?』


 わからないのが、葛の葉くずのは


「えっとですね。顔を写して喋れるのが、ビデオ通話。それと、カメラの術式は千里眼を自分に向けて、インターネットにより合わせる感じで!」


 術式ヲタクなクー子は、それをかなり把握していた。

 そして、ビデオ通話開始を脳内操作でONにして、自分たちを写すクー子。


『おぉ、見えた見えた! 相変わらず可愛いね! さらいたくなっちまうじゃないか! んで、こっちは見えてるかい?』


 葛の葉は、まるで孫のようにクー子のコマたちを可愛がっている。


「見えますよ! ばっちりです!」


 昔から、葛の葉くずのは大好きなみゃーこが手を振って……。


「くじゅ……」


 つい昨日大好きになった渡芽わためが呼びかけた。


「あ!? え!?」


 くじゅは、葛の葉くずのはの愛称であり、クー子の知らないところで決まったものだった。


美野里狐みのりこ、この前クー子様のところに遊びに行ったみんなと通話してるんだけど……』


 通話の向こうで、玉藻前たまものまえが言う。その言葉は遮られて、美野里狐みのりこが元気よく答えた。


美野里狐みのりこも混ぜてください!』


 とっても、乗り気だったようだ。

 そんな話を挟みつつも、葛の葉くずのはは事情をちゃんと説明してくれた。


『クーちゃん。あたしは、あんたにも、くじゅって呼んでもらって構わないよ! 二人には、いいって言っておいたからね!』


 くじゅは、宇迦之御魂うかのみたまが、ずっと昔に葛の葉につけたあだ名だ。


「じゃあ、くじゅ様……」


 そんなあだ名をなぜ今頃持ち出したのかというと、それには理由があった。

『うん! さてさて、美野里狐みのりこ渡芽わため! あんたらも、あだ名決めようじゃないか!?』


 美野里狐みのりこはどちらにしろ、この先神族になることは決定している。渡芽わためも、人の世に戻るにしても、関係は途切れないだろう。もうそろそろ、妖術も使い始められる段階だ。


「あだ名! 欲しい!」


 渡芽わためは、目をキラキラと輝かせた。


美野里狐みのりこもです!』


 どうやら、今持っていない二人は欲しいようで……。


『私は、たまちゃんが不服です!』


 持ってる組は、不服申し立てをしたい神が一柱。


渡芽わため、あんたはわたわたでどうだい?』


 それは、葛の葉くずのはによって無視された。


「クー子……決めて……欲しい」


 渡芽わためは言うが、クー子の中では渡芽わためはすっかり渡芽わためだ。道の在り方、心のあり方。それを元に名前を付けようと思ったのに、渡芽わためはその名前にふさわしい道に入ってしまった。


『おや、お母さんには勝てないねぇ!』


 棄却ききゃくされた葛の葉くずのはも、どこか楽しげだった。

「うーん。渡芽わためちゃんだけの名前を今付けるなら、包巫くるむなんだけどなぁ……。名前、全然関係ないし……」


 全ての道を自分の中に包む、稲荷の神子みこ。字を転じさせて、かんなぎを当てた。そんな名前だった。


「いい! 嬉しい!」


 渡芽わためは、クー子から貰うもの全てが嬉しいのであった。

 結局渡芽わためのあだ名は、名前など関係ないクルムになった。みゃーこの提案で、発音を西洋風に訛らせたのである。


 ついでに、美野里狐みのりこのあだ名はみのりんになった。これを決めたのは、玉藻前たまものまえである。

 言いだしっぺだからと、案を出した葛の葉くずのはは、採用されなかったけど笑っていた。

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