第43話・親バカ対決

細女うずめ様みたい……」


 最大級の賛辞を送りたかったクー子は、思わずその言葉をリンに投げかけてしまった。


「あ……ちがくて! すごく上手って言いたかったの!」


 クー子は慌てて訂正した。クー子は天細女あめのうずめの歌を聞いたことがある。クオリティで、一歩も引けを取らないリンの歌は、それこそ異常だったのだ。


『しょっぱなからいいね! 細女うずめ様って天細女命あめのうずめのみことのことでしょー! クー子ちゃん、今日もキレっキレ! 聞いたことあるみたいに言うんだもん!』


 みたいではない、本当にあるのだ。神無月かんなづき高天ヶ原たかまがはら例大祭れいたいさいでは天細女あめのうずめが歌う時もある。


『ママ、バラしちゃだめ! それより、ちゃんと挨拶からやろうよ……』


 リンは、とある時期を境に苦労人のポジションになった。秋葉未散は、リンが皇帝と呼ばれるようになった少し後に、奔放な人格になったのだ。


『あ、うん! おかえり、おちびちゃん! ては洗った? うがいした? 今日もたくさん、楽しんでいってね!』


 とはいえ、母性は健在である。人をよく褒め、愛情を伝える人である。


『やっほーKC! お疲れ様! みんなが頑張ってるの、僕知ってるからね!』


 そしてリンは、一人の例外を除いた、全人類の弟というキャラクターである。その例外は、秋葉家に在籍しているのだ。


「こんこんにちはー! 油揚げ大好き、お狐妖怪! クー子は本日、秋葉家にお邪魔中です!」


 挨拶という名の定番が終わり、ようやく放送が動き出す。


『今日は徹底検証。お狐ママなクー子さんと、うちのママでは、どちらがママなのかだよ!』


 司会はリンだった。台本を読みあげて、番組を進行させていく。

 ママは別に比べるようなものではない気がした、一同である。


『人選間違ってる気がする……』


 おそらく、この場に最もふさわしいのは、クー子のコメントに現れた春風ユエだろう。春風は株式会社秋葉家の、一期生のようなものである。秋葉が零期生だ。


『まぁ、そうなんだけど、それはさておき。さっきも挨拶してもらった、彗星のごとく現れた狐系VTuber。最近、ママが見え隠れしているクー子さんです! クー子さん、実際本当に狐なんじゃないですか?』


 そんな質問をぶつければ絶対に面白くなると思った、秋葉家。


「チガウヨ! ナカノヒトニンゲンダヨ!」


 緊張でガチガチな上に、狐がバレてしまったのではないかと不安になるクー子。


『っていう、設定だもんね!』


 ややこしいことこの上ないキャラクターである。


「設定じゃないもん! 中の人はいます!」


 いないのは、外のガワである。

 クー子は緊張を無理やり抑えていた。ここで頑張れば、人間の通貨はもう目の前。手に入れれば、油揚げを食べられるし、渡芽わためにもいろいろ買ってあげられる。だから、極限まで頑張っていた。


『いや本当にすごいよね。ここまで演じてくれる、VTuberいないもん。それで、この前、コマちゃん達を叱るってことで放送を中断したけど、本当に叱ったの?』


 それが、今回の放送内容が決定された理由である。どうせなので、そこらへんの裏設定を明かしたかったのだ。


「あ、うん。しかった」


 そう言いながら少しうなれるクー子。叱りたいわけではないのだ。できることなら、ずっと甘やかしていたいのが本音だ。

 それと、クー子は何も演じてない。


『ママがリン君を叱る時って、大体もっと甘えなさいって感じなんだけど、クー子さんはどんな感じ?』


 そこからは、ちょっとしたママあるあるの雑談が始まる。


「あの時は、わたちゃん……。私のコマなんだけど……。その子が、がんばり過ぎちゃって、オーバーワークになりそうだったから……。お仕置きっていうことで、ストレッチさせたの」


 クー子はあの日叱った内容を、説明する最中、思わずコマと言ってしまった。


『頑張り屋さんな子って多いもんねー! リン君も、頑張り屋さんすぎて心配だったなぁ……』


 未散は過去に思いを馳せた。とはいえ、未散の本当の子育てはここからである。

 リンと未散は、現在夫婦である。よって、ふたりの間に子供が出来るのももうすぐだ。


「だって、生きていくためには、誰かの助けがないといけないんだもん。頑張って、頑張って、なんとか愛してもらわないとって思うんじゃないかなって」


 クー子は、そう考えていた。だから、コマは頑張りすぎるのだ。それなのに、感情の制御が効かなかったり、不安だったり。だとしても、頑張っているつもりだろう。

 だから、怠け始める理由は二つ。頑張らなくても愛されることを理解したか、それとも、頑張りすぎて疲れたか。後者であったら、尻を叩いてはいけない。前者だったら、やんわりと叩かなくてはいけない。その見極めが一番難しいのではないかと思っていた。


『僕、頑張ってるつもりなんてなかったよ?』


 それとたまに、こういうイレギュラーもある。趣味で楽しいから、いくらでもできてしまうというタイプ。


『リン君はすっごい練習してたもんねー!』


 秋葉リンは、時間さえあれば勉強し練習し、そして世界の頂点に君臨したのだ。


「わたちゃんもそうなのかな? でも、体できるまでは止めないと……」


 それから、放送は未散とクー子による親バカ対決になったのである。

 結論として、引き分け。どちらもママであり、そして親バカがすぎると、視聴者によって判断されたのだ。

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