第42話・歌姫の賛歌

 日常を超え、神としての仕事をこなし、個人勢VTuber(だと自分のことをおもっている一般神UTuber)が世界に羽ばたく時は来た。


『こんにちはー! 未散です。今日はよろしくね!』

『こんにちは! 秋葉リンです! よろしくお願いします!』


 相手は秋葉家。その知名度は、世界の頂点に君臨する。


 特に秋葉リンは伝説だった。彼には、企業案件すら超えた、外交案件が舞い込む。チャンネル登録者数三億、もはや規格外。雑談放送であれば、日本語による放送なため視聴者は激減する。それでも、国内VTuberチャンネルで、彼以上に視聴者を動員できる人物はいないだろう。

 そして、秋葉未散。彼女が居たからこそ、秋葉リンは世界に羽ばたいた。彼女は、伝説の起源だ。


けまくもかしこき……」


 クー子は、大国主の前に居るかのような気分だった。


『クー子さん。ごめん、僕たちそれわからない……』


 祝詞のりとの構文で意味を理解できるのは、秋葉家では孔明のみ。だからリンは遮ったのである。


『今、放送外だからねー! キャラクター維持しなくてもいいですよー!』


 秋葉家は、未散におおむねね同意。新人VTuberだからこそ、キャラクターの維持に必死になっているのだと。


 秋葉家の思惑はこうだ。VTuberクー子はこれから必ず伸びる。ここで、恩を売っておけば、後々良縁りょうえんになるかもしれない。クー子は特に貴重だ、単純に狐系VTuberをやっているのではない。中の人も本物の狐であると言うのをバレないように気をつけている。


 そのシステムの構築を、秋葉家は偉業いぎょうだと捉えた。

 だが、それがクー子のリアル。中の人は本当に狐の神である。むしろ、外の人がいないのだ。


「よ、よろしくお願いします! え、えっと……映像の共有、どどどどうしたら?」


 クー子は緊張した。口から心臓が飛び出しそうにすら感じた。

 なにせ、最大の敬意を表す言葉遣いを封じられてしまったのだ。


『背景の代わりに、緑色の背景にして。そしたら、こっちで切り抜いてモデル並べるから』


 ここら辺がさらっとできるのは、妖術の成せる技だ。クー子は自分の周りを緑色一色に染め上げた。

 幽世かくりよ構築の応用である。


「やりました!」


 秋葉家は思わないだろう。クー子が緑一色の背景で、ただ顔出しをしているだけなんて。


『じゃあ、それをこっちに共有してください!』


 そして、クー子は思わない。自分の送った映像が、テレビ局級の映像処理を通過して放映されるなんて。


「はい!」


 クー子はその映像を、秋葉家に送った。すると、秋葉家側の背後が騒然としたのだ。


『なんだこの画質!? 4K、いやそれ以上!? 圧縮形式一体どうなってる!?』


 秋葉家側は、未知の映像技術と遭遇した。なにせそれには、そもそも画素数という概念がない。いくら拡大しても画質が維持される。そのくせ、データ量は普通の映像と変わらないのだ。


『すごいよ! クー子さん、こんなの秋葉家でも持ってない技術です!』


 リンは、素直に驚いた。


『クー子さんって、普段は何やってる人なの?』


 未散は、訝しんだ。未知のスーパーエンジニア、そう考えるのであれば、知識傾向がおかしい。


「え、えと……。神職しんしょくです!」


 クー子は、秋葉家に情報を与えてしまった。エンジニアではないという、情報を。

 後に、孔明をとことん苦しめる情報である。

 クー子の場合神職は間違いだ。神職ではなく、神そのものである。


『もしかして、巫女さん?』


 と、未散は尋ねる。だが、奉納される側である。


「みたいなものです……アハハ……」


 クー子の答えに、未散は考えるのをやめた。きっと、未知のスーパーエンジニアは、彼女の依頼先だと思ったのだ。

 未知だらけなのは、妖術が故である。


『そんなことより、クー子さん! 緊張しないでください! リラックスして、母性を発揮する企画ですから!』


 リンはもはやプロフェッショナルだった。


「は、はい!」


 クー子が肩を震わせて言うと、未散がそれを咎める。


『放送が開始されたら、敬語も禁止ね! リラックスして、普段のクー子さんでやってね!』


 ただ、それは安心させるような言い方で、それこそ母神に分類される女神のようだった。


『じゃあ、そろそろ僕は待機音声係になりますね!』


 リンが出演する放送では、放送開始前の待機音声はリンの担当だ。楽器を奏で、そして歌う。


『マイク入っちゃうから、そっちはミュートしておいてね!』


 未散がそう言って、一拍おいてから、リンの演奏が始まった。

 クー子が聞いても凄まじい。それは、人間に許された域に収まっていなかったのだ。まるで、神が歌っているかのような……。


 ふと、クー子は思い出した。玉藻前のコマ、美野里狐みのりこのことを。

 歌が上手い人間、だったら彼女の会いたがった“あのお方”の可能性はあるかもしれない。だから、放送のURLをLinne経由で玉藻前に送った。


『風よ、空よ、大地よ、山よ! 歌え! 踊れ! この世界! 無限の中、ただのひと雫!』


 リンは歌う、まるで世界の全てを賛美するがごとく。美しく、だけど力に溢れた声で……。それはまるで……。

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