第41話・二口狐

 みゃーこにだけ狐面を渡したら、渡芽わためがかわいそう。それに思い至ったのは、みゃーこの狐面を受け取ってからである。

 天拵あまぞんの注文受付は、午前九時から午後六時。そんな時間は、とっくに過ぎていた。だから、クー子は幽世かくりよから出て、木を適当に切り出した。ここらへんは神、何でもありである。


 その後、朝早起きして面を作るつもりでいたが、クー子は眠れなかった。なにせ明日は、VTuberにしてUtubeの皇帝の異名を持つ秋葉リン。更にはQueenオブママとすら呼ばれる、秋葉未散とのコラボだ。

 デビューしたての個人勢VTuber(だと自分のことをおもっている一般神UTuber)なクー子が眠れるはずもなかったのである。


 冴えてしまった目を、眠りに導くことはできず、クー子はまた夜なべした。

 だが、今度はちゃんと作ったのだ。狐の仮面を。


 猿田彦さるたひこという神が、高天ヶ原たかまがはらには居る。みゃーこの仮面を作ったのは、彼である。彼の妻は、天鈿女あめのうずめ。神楽の第一人者にして、高天ヶ原たかまがはら一の美女である。そんな彼女が、神楽に使う面を作っているのが夫である猿田彦さるたひこというわけだ。


 クー子の作った面は、さすがに猿田彦さるたひこのそれには及ばなかった。だが、もちろん悪い出来ではない。ギリギリ神器になってしまわない程度のクオリティだ。それを、丸一晩かけて作り上げたのである。

 やがて、みゃーこたちが起きてきた。


「おはようございますクー子様。夜なべをなされたのですか?」


 神が寝ないとなれば、一番に心配するのは心労。睡眠も、神には立派な娯楽である。


「大丈夫?」


 それとは対照的に、肉体を心配するのが渡芽わため。なにせ彼女は人間だ。睡眠は、必要不可欠。


「大丈夫だよ! 二人共おはよう! ちょっとね、今日楽しみなことがあって」


 楽しみが半分、緊張が半分。それがクー子が眠られなかった、正確な理由である。そうもなろう、ビッグイベントが予定されている。


「そういった理由でしたら、安心いたしました」


 楽しみで眠ることができない。それは、相手が神だったら心配ない理由だ。


「ん?」


 みゃーこが安心した理由がわからない渡芽わために、クー子が説明を忘れていた事を思い出した。


「あ、そうだった。あのね、渡芽わためちゃん。私、神様だから、眠らなくても大丈夫なの! まぁ、一週間に一度くらいは絶対寝たいけど」


 なんなら、妲己だっきは現在五日ほど寝ていない。神だから、それでも問題ないのだ。だが、絶対に渡芽わために真似させられない部分である。


「本当?」


 それでも、心配なのが渡芽わため。眠らないと、自分は辛いから。


「うん本当! 元気だよ!」


 そう言って、クー子は力こぶを作ってみせた。イメージである。水干すいかんを着ているため、服の上からは見ることができない。


「安心……」


 渡芽わためは、自分にそう言い聞かせた。何もかもが自分の常識と違う場所、神の幽世かくりよ。ならば、常識ではかってはいけないのだと理解した。

 クー子はそれにうなずいて、本題へと突入する。


「まず、みゃーこ!」


 それの授与は、神の世界でも少し大切な儀式。


「はい!」


 クー子は狐面を取り出して渡した。


「あなたの、身代になるお面だよ。これから、妖怪退治に行くかもしれないから、作ってもらっておきました!」


 身代は、仮面があればすぐにそうなるわけではない。しばらくつけたまま過ごし、儀式を経て、ようやく完成する。


「ありがとうございます」


 みゃーこはそう言って受け取った。その表情は、どこか少し、寂しくも見えた。


「みゃーこ。あなたは成りコマになって、いずれ神になる。だけどね、そうなったって私たちのえにしは何も変わらないよ。いつでも、ここに来ていい。それに、まだ少し時間があるから」


 成りコマとして妖怪退治を行っても、すぐに神にはならない。神階しんかいを手に入れるまでは、ここがみゃーこの家だ。


「はい。今しばらく、お導きくださいませ」


 みゃーこは、本当は寂しくてたまらなかった。いくら変わらないとクー子が言っても、やはり別々に住む事になる。距離が遠くなってしまうのだ。

 でも、クー子はそれ以上慰めの言葉を思いつかなかった。


渡芽わためちゃん。こっちは、あなたのお面。私が、作ったんだけど、不格好かな?」


 渡芽はクー子にお面を渡されて、びっくりした。なにせ、今既にかぶっているのだから。


「これ……ある……」


 だから、渡芽わためは主張した。


「それ、私のだから。渡芽ちゃん専用も欲しいかなぁって……」


 クー子はそう言って、微笑んだ。

 渡芽わためは、少し悲しくなりながらも、クー子の身代である仮面を返そうとした。


「あ、それはそれでかぶっておいて。渡芽わためちゃんが狐になるのに必要だから」


 渡芽わためは混乱して、面を二つ前と後ろにつけたのである。


渡芽わため様……それでは、妖怪二口女ふたくちおんなです!」


 みゃーこは少し笑いそうになってしまった。二口女は、近代でも幅をきかせている妖怪である。根本となるのは、夫が妻のネグレクトを恐れること。そしてその亜種として、二口男までもが誕生している。


「うーん、どっちかというと二口狐?」


 前にも後ろにも狐面、そんな渡芽わためは、ひどく可愛らしい妖怪のようだった。

 とにかく、二口女は親同士の話。渡芽わためには関係ない。だから、殊更ことさらに言うことはないと思った。

 その後は、まず朝食。神楽の練習を眺めながら、クー子はDIY。社の奥の身代用の飾り棚を、面を三つ置けるように改造したのである。

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