第40話・女社会

 クー子は、遅池峰おそちね神社で玉藻前たまものまえと別れて、幽世かくりよに帰り着いた。


「おかえりなさいませ!」

「おかえり……」


 そんな、クー子を最初に二人のコマたちが迎える。そして、その後ろから葛の葉くずのはが出てきた。


「おかえり、クーちゃん。あんた、最近すごく頑張るじゃないか! 次からはいつでもいいな! あんたが仕事に行く時は、あたしが二人を見てやるから!」


 と言っても、みゃーこはもう見ておく必要もないのである。だからといって、寂しい思いはさせたくない。だから、渡芽わためが居るのも僥倖だし、葛の葉くずのはが来てくれるのも大変助かった。


 クー子は、葛の葉くずのはをものすごく信頼している。氷室ひむろの中を漁られても、何も言わないほどに。

 だが、葛の葉くずのははクー子の氷室から食材を取らない。むしろ、今回は入れていた。必要かもと思い、食材を持ってきたのだが、二人が夕食を既に食べていたため作らなかった。余った食材が、クー子の氷室ひむろに入っているのである。


「ただいま!」


 クー子は自然と顔がほころんだ。


「ところで、あんた! この子達すごいいい子じゃないか! 寝ていいって言ったのに、待ってるって聞かないんだよ! あんたのこと、大好きなんだね!」


 葛の葉くずのはとしては、寝ていてくれた方が助かる部分も多いだろう。だが、起きているなら起きているなりに楽しむ。コマ育ても子育ても、葛の葉くずのはにとっては楽しいことだ。

 だから、少しお節介でもある。コマが放置されてると知ったら飛んでくる。Linneの活用は、葛の葉くずのはをここに呼び寄せたのだ。


「もちろん大好きですぞ!」

「ん!」


 二人共、意見は一緒だった。普段とてもやさしく、ひとかけらの理不尽すらないクー子が大好きだった。


「ありがとう。私も大好きだよ!」


 クー子はまず、無条件で愛している。だけど、愛おしくなるような部分が次々見えてたまらないのだ。待っててくれたことだって、子育ての醍醐味だ。


「いい子すぎて、こっちが遊んでもらっちまったよ!」


 そう言って、がらっぱち年上子狐な葛の葉くずのはは豪快に笑った。


 これが俗に言う、女社会。女性の方が、参加の機会が多いためそう呼ばれたものだ。女神たちの、有り余った母性の不法投棄場でもある。無論、男性神族も参加する場合はかなり多い。ただ、稲荷と言うコミュニティに男がなぜかいないのだ。


 それから、クー子達は寝室に向かう。布団は、みゃーこ、渡芽わため葛の葉くずのはの三人によって敷かれていた。

 中でも、二人は、布団に寝転ぶとすぐに寝てしまった。クー子は、しっぽ枕が利用してもらえず、少し寂しかったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 二人が眠ると、葛の葉くずのははクー子を縁側えんがわに呼んだ。


「相当可愛がってるんだね、あんたのコマはまるで世界を愛してるみたいだよ」


 多くのコマを育てた葛の葉くずのはの言葉は、クー子の自信になる。


「さすが、宇迦うか様の元コマでしょ?」


 と、少し天狗になってみて、ツッコミを期待した。


「本当のことだから、ド突けないじゃないか!」


 だけど、葛の葉くずのはは言った。またしても、豪快に笑いながら。


「あれ?」


 拍子抜けしてしまう。ちょっと誇大表現だと、クー子は思っていたのに。


 宇迦之御魂うかのみたまはクー子を愛して育てた。人間のことは、大抵の場合まだ愛せないけど、それ以外の全てをクー子は愛している。あとは子供だ。それに関しては、種族は無視して愛している。


 寛容な神に育てられた。だから、我慢することだってできる。怖いのを我慢して、人間にしか見えない神族とも関わった。そして今や、幽世かくりよの外にすら出ている。

 激励げきれいもたっぷり受けた。そして賞賛も、たくさん浴びた。だから、安心して育った。玉藻前たまものまえと出会い、他の神族とも出会い、友情もたくさん知った。


 今のクー子は、宇迦之御魂うかのみたまの愛情の結晶だ。


「本当のことなんだよ。あんたは本当に、宇迦うか様のコマを卒業した姿にふさわしい。ちょっとドジなところも、似ちまったけどね!」


 葛の葉くずのははちょっと寂しかったのだ。クー子のことが可愛くて仕方が無かったのに、いつの間にかこんなに立派になってしまった。追いつかれてしまったように思えて仕方なかったのだ。


宇迦うか様のドジ、私見たことないんですよね……」


 クー子は、ピンと来ないまま話を進めた。


「あんたの前じゃ、頑張ってたのさ。神はコマの前じゃ、カッコつける。あんただってそうだろ?」


 すぐに、実体験を想起させるほどに、納得させられた。


「確かに、すごくカッコつけちゃいます」


 クー子は、恥ずかしくて笑った。


 クー子は、だからなのだと納得した。放送では、ポンコツな部分ばっかり前面に出るのも。たまに、仕事を忘れて葛の葉くずのはに怒られるのも。コマの前で格好をつけている、そのしわ寄せなのだと。


「ま、あんたはポンコツだけどね!」


 でも、それは大きな勘違い。クー子は、細部が結構ポンコツだ。しっかりしてるのは、求められてる部分だけ。


「ひどいです!」


 クー子は抗議するも……。


「そこもあんたのいいとこだよ。肩肘張らずに居られる空気を、無意識につくる。あんたは、すごい子だよ」


 それもひっくるめて、クー子が好きな葛の葉くずのはだった。


「子供扱いされてます……」


 クー子だって三千歳。でも、相手は一万歳超えだ。太刀打ちなんて、できようはずもなかった。


「いくつになっても、甘えてもらったあの日を忘れられないのさ。許しておくれ」


 甘えは、子供からの頂き物。神々はそう考える。だから、育てているのに、もらうものをすごくたくさん感じるのだ。


「むー!」


 クー子はむくれた。

 葛の葉くずのはは、腰を上げた。


「そうだ。これ、届いたよ」


 葛の葉くずのははクー子に狐の仮面を渡す。


「みゃーこのですか?」

「あぁ、そうだよ。あんたも、そのうちあたしの気持ちがわかるだろうね」


 葛の葉くずのはは、そう言って、歩いて去っていった。


 クー子は少しわかり始めている。みゃーこが成長する嬉しさ、そして寂しさを。

 だから、後ほんの少しの、みゃーこと居れる時間を楽しみたいと思っているのだ。そして願わくば、葛の葉と自分のように、みゃーこと自分が繋がっていられればと。何度も、願わずにはいられなかった。

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