第39話・神々の混迷

 しっかり魔術や妖術を使える人間、それは家守神族では対処が無理だ。家守神族が主に対応する妖怪は、すねこすり。最近では、やたら足の小指をぶつける現象を引き起こさせる妖怪である。

 余談、神を苛立たせると、似たような現象に見舞われることがある。最もポピュラーな神罰である。


 対して、稲野山母毘売いなのやまははひめ。彼女は、かなり多様な妖怪に対応できる。現代で主に対応するのが、最近は天狗と蟒蛇うわばみだ。

 天狗など日本三大妖怪の種族として数えられるほど、ポピュラーかつ強力な妖怪。そんなものを日頃から相手にしている神が、ちょっと魔術が使える人間に負けるわけがないのである。


 遅池峰おそちね神社にたどり着くと、クー子たちは即座に幽世に招かれた。その中では、簀巻すまきにされた男が何やら喚いていた。


「離せ! 私は黄金の夜明け団のメイガスだぞ! 貴様らを呪い殺すなぞわけないのだぞ! 女ごときが、ヘブッ!?」


 あまりにうるさかったからか、男は稲野山母毘売いなのやまははひめに蹴りを入れられた。


「援軍に来てくれたの? ありがとう! でも、もう終わっちゃったよー」


 今しがた、蹴りを入れたばかりの彼女がにこやかに話す。メイガスを名乗った男のことは、なんとも思っていないようである。


「あぁ、はい。そのつもりだったんですけど、全く問題なかったみたいですね」


 と、クー子は言ったのである。


「クー子様、隠れないでください……」


 そう、玉藻前たまものまえの後ろから。

 簀巻すまきでも人間は人間。差し迫ったことがない状況だからこそ余計に、恐怖が優先されるのである。


「女の分際でッヘブッ!」


 男はまた蹴られた。


「女神が最高神って言われてる国で何言ってんの? あ、でも天照あまてらす様は両性具有か……」


 天照大神あまてらすおおみかみは、両性具有だが女神。女性は女性で敬われていたのだ。

 ただ、肉体的な傾向も加味されている。女性はパワーはないけど、細かいこと気づいてくれるよね。かつて、そんな文化な国だった。


 それが、男尊女卑的になったのは、戦乱が原因である。男は、戦いの中で既得権益きとくけんえきを獲得してしまったのだ。そのまま、江戸幕府が発足し、それが定着してしまった。

 だから、それ以前から生きている神々の前で女性差別をすると、軽蔑されるのである。


「あ、稲野山毘売いなのやまひめ高天ヶ原たかまがはらには連絡しましたか?」


 神の世界でLinne普及委員会は、暗黙的に発足したようなものだ。もはや、玉藻前も、その利便性に気づいている。まだと言われれば、Linneにて連絡をするつもりだった。


「うん! 綿津見わたつみ様に連絡したよー! そろそろ、引き取りに来るかな?」


 綿津見神わたつみのかみは、三つ子である。そして、その役目は、外務省に相当する。

 そんな話をしていると、まるで待ってでもいたかのようなタイミングで、その神は現れた。


「や! ヴァチカンの祓魔師ふつましさんも連れてきたよ!」


 毛髪は生え際から肩口の毛先に向けて、その色が深くなっていく。まるで、海の断面を見るかのようなグラデーションの頭髪だ。瞳は、翡翠ひすいのようで、光を発していると思うほどに煌く。


「きゃー! 上津綿津見うわつわたつみ様あああああ!!」

「麗しゅうございます! 眼福にございます!」

「無理……尊い……」


 綿津見神わたつみのかみの末っ子、上津綿津見うわつわたつみ。それは、アイドルである。中性的にして、端整な顔立ち。少年にも、少女にも見える童顔。母性をくすぐる要素が、これでもかと詰め込まれている。

 だが、この場で最強である。


駆兎狐くうこ玉藻前たまものまえ稲野山いなのやま。三人とも元気そうで良かった。今回は、ボクのツケがそっちに回ってしまってすまない。捕らえてくれて、本当に助かったよ!」


 上津綿津見うわつわたつみは、三兄弟の中で最も少年的な爛漫らんまんな性格をしている。よって、女性神族に人気が高いのだ。

 きらめくような笑顔で言うその神に、性別という概念は存在しないのである。


「いえいえ! お役に立てて光栄です! いつでも、頑張りますからね!」


 稲野山毘売いなのやまひめも例外なく上津綿津見うわつわたつみにメロメロである。特に彼女には刺さっている。娘たちが独り立ちしてしまって寂しくてたまらないのだ。アイドルくらい、でたくなろうものである。


「私も忘れないで頂きたい! 教活戦士きょうかつせんし、参上である!」


 上津綿津見うわつわたつみも、一人では対応しきれない案件。キリスト教の信者大使として来てもらった、祓魔師ふつましを連れてきていた。


 前回の反省を踏まえてか、文言を修正してきた。だが……。


「ごめん、それだと恐喝……。脅す人みたい……」


 恐喝に聞こえるのである。

 クー子は反省した。だけど、この祓魔師がコミカルであまり怖くないと思えた。


「日本語難しいである……」


 祓魔師ふつましは、そう言ってしなだれる。


「ま、元気だしなよ。かなり日本語上手なんだからさ!」


 上津綿津見うわつわたつみは、祓魔師ふつましを励ました。


「なるほど、勉強中なのですね! 怖い人かと思って焦りました……。ところで、Linne交換しておきません? いざという時、お呼びかけしやすいと思います!」


 玉藻前たまものまえは、祓魔師ふつましに言った。人間が、それも、敬虔けいけんな者が想像し得るだろうか……。相手は、近年のキリスト教解釈では天使である。


「こ、光栄である!! 是非、お願いしたく! だが、スマホがないのである……」


 その日、ヴァチカンに本籍を持つ祓魔師ふつましが、スマホ購入を検討し始めたのだ。


「それ、最近、宇迦うかが話してたっけ。どれ、ボクも登録しようかな!」


 そして、加速度的に増えていく、神族のLinneユーザー。シュール極まりないことが起きている。元凶はクー子だ。


「天使様はすごいのであるうぅぅぅ!」


 相手が天使だけに何をしても、感激する祓魔師ふつまし。もはや、意味不明の状況がそこにあった。


「あ、それはそうと。この、異端クソ野郎は回収するである!」


 近年のヴァチカンでは、悪魔崇拝が異端。そして、天使に害を成すと称号がクソまみれになるのだ。

 祓魔師ふつましは、簀巻すまきにされた男を担ぎ上げた。男は、稲野山毘売いなのやまひめの二発目の蹴りで気絶していたのだ。


「それじゃ、高天ヶ原たかまがはら経由で、ヴァチカンに送っておくよ! 三人とも、神無月かんなづきにはうちにおいで。おもてなしするから!」


 上津綿津見うわつわたつみは、そんな言葉と微笑みを残して去っていった。

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