第38話・リモートワーカー(神)

 人間の通貨を得るためのロードマップが整い、いよいよこれからというところ。夕方は、時間をみゃーこと渡芽わために使ったその後。クー子の下に情報が舞い込んできた。


駆兎狐くうこ様! 荒御魂あらみたま感応かんのう系の、探索術式が使用された痕跡があります!』


 それは、ほんの少し前、声をかけた家守神族の声だった。

 術には二種類あり、それがさらに二種類に分類されている。自己起源系術式と、感応系術式。そして、その感応系術式は、荒御魂あらみたまに感応するか、和魂にぎたまに感応するかでさらに分けることが出来る。


『起源は!?』


 感応する対象、それを術式起源と呼ぶ。


『根です!』


 根や高天ヶ原。そういった巨大な相手を起源に術式を起動するのは……。


『根……クリフォトとして使用された?』


 だとすると、相手はカバラ系の魔術師。

 その宗教の発生起源は、神の衣替えが人類によって目撃されてしまったことだ。神も、人も、八栄えの内の一つ。その真実に、カバラは最も近い。すべての宗教が、違う地点から観測された同一の神々の話だと理解しているのだ。


 ただ、彼らの問題は、数多居る神を受け入れていないこと。そして、とても悪の道に入る誘惑の多い宗教であること。この二つの問題を除くことができたなら、それは完全な神の真実にたどり着ける。


駆兎狐くうこ様、どうすれば……?』


 魔術師は、家守神族ではどうにもできない存在もいる。探索用術式を成功させていたならば、そのような存在の可能性が高いのだ。


『すぐ行く。稲荷神族全体にも話を通しておくよ!』


 人間と出くわす、それはクー子にとって恐ろしいこと。だけど、そんなことは言ってられない。万に一つ、高天ヶ原の全戦力を叩き潰すことだってありえないとは言えないのだ。


 現存する最上位の荒御魂あらみたまを、上手く扇動することができれば……世界の均衡は容易く崩れる。その果に、魔術師たちが天照あまてらす神遺かむわすれを集めきってしまえば、世界がどうなるのかすらわからない。


 だから、クー子は恐怖を無視して情報を集める必要があった。だから、クー子は稲荷のLinneグループチャットにメッセージを送信しながら目的地へと向かった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 稲野とうのには、現し世に例外的に存在する一級神器のフェイクのまたフェイクが置いてある。それがあるのが、遅池峯おそちね神社。布都御魂剣ふつのみたまのつるぎの写しである。


 稲野全体に流布された、カバーストーリー。それを辿って、その本体にたどり着くつもりなのだろう。

 兎に角、クー子は、その術式の目撃証言を行った家守神族が住む家の屋根の上にたどり着いた。


「クー子様、情報を一緒に検証したく、玉藻前たまものまえ参りました」


 そこには、玉藻前たまものまえが待っていて、今にも全てを始められる準備がされていた。

 また、その存在は、対人間に無力なクー子を、戦わせる可能性すらある。クー子は守るべきもののためなら、恐怖を無視できる部分があるのだ。


「ありがとう。じゃあ、クロちゃんも出てきて」


 クー子は家に向かって、呼びかける。

 すると、家の中から、尾が二股に別れた黒い猫が出てきた。化け猫という妖怪が、道入みちしおとなり、神としての役割を果たしている姿である。


「クロ稲野十二之多田之守神とうのじゅうにのただのもりかみです。稲荷駆兎狐いなりくうこ様、稲荷玉藻前いなりたまものまえ様。ご両名のご助力、畏んで感謝致します」


 猫は、鈴のなるような声で言った。

 その家は、多田家という。その名の由来は多くの田を持つ地主であったこと。それを小作人に貸し与える立場だった本家の分家の分家の……という家柄だ。つまるところ、一般人の家だ。家守神族は、どこにでもいる。


「クロちゃん、確認。使われたのは、根を根源とする感応系探索術式。それで、その陣がアレ」


 クー子が指差す先には、円で囲われた上下反対のペンタグラムが組み込まれた巨大な魔法陣があった。


「はい、間違いありません!」


 クロは肯定した。これらを分析するのは、少なくとも正三位以上の神の役割である。


「とすると、やはり術式はカバラ。それも、黄金の夜明けのものですね。どこまでの情報で、術式を発動したのか……」


 それによって、どんな伝承にたどり着くかが変わってくる。中途半端に理解できれば、魔術師はトラップに引っかかる。神々が作った罠、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎの本体。それは、宇迦之御魂うかのみたまがもっている。彼女との直接対決を一人で行うなら、魔術師といえど勝ちの目はないだろう。


「あ、これ、大したことない相手だ。とりあえず、稲野山毘売いなのやまひめのところに行こっか!」


 だが、クー子は妖術に関してもかなり上位の実力を持つ神。その陣を見ただけで、相手の力量を理解した。


駆兎狐くうこ様、何かわかったんですか?」


 玉藻前たまものまえがわからないものを、家守神族が理解できるわけもない。


「ほら、術式がものすごい複雑になってるでしょ? カバラを源流として、神道の術式や、陰陽道に、風水まで組み込まれてる。知識は大したものだよ、だけどほら足跡が千鳥足気味。妖力が全然ない人が、どうにかこうにか術式を発動させたんじゃない? しかも、ちょっと雑。反復練習が足りないよ」


 ただ、魔術的知識の量においては、玉藻前たまものまえを凌駕するものだ。だが、練習量は玉藻前たまものまえの方が上。これなら、玉藻前たまものまえならもっと効率のいい術式を組み上げる。


「クー子様、よくそこまでわかりますね?」


 説明するクー子を見る玉藻前たまものまえは、じっとりとした目を向けていた。


「いやだって、私術式マニアなところあるし」


 妖力や神通力が無尽蔵な術式マニア。それに見つかった、魔術師は不運である。

 クー子は、リモートワークな妖術研究家である。そんな働き方で、正二位だ。そんなもの、専門知識の塊なのだ。

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