第34話・愛故

「じゃあ、私ヤコちゃんたちのところ行くね!」


 そう言って居間を出るクー子。

 またしても、視聴者に狐イジりのきっかけを与えてしまった。


そぉい!:カメラワークどうなってんだおい! さては、妖術で撮影してやがるな!

ポリゴン:なるほど、妖術! 妖術は全てを解決する!


 これに対しては、クー子はカバーストーリーをしっかり作成していた。みゃーこと渡芽わためが居る、中庭に移動すると決めた時から。


「ふっふっふ! キャスター付きの三脚を手作りしたんだよ!」


 手作りが聞きたいのであれば、言ってやればいいさと。完璧なカバーストーリーに混ぜ込んでやればいいと。

 だが、クー子は渾身のミスを犯している。


マジコイ・キツネスキー大佐:そこでドヤ顔決められると、カバーストーリーだってバレバレなのですが……

みっちー:本当にエンターテインメントの鬼だね!

秋葉リン:すごいなぁ……。こんなにしっかり演じる人って、なかなかいないよ……

デデデ:もしや、演じていないのでは?


 イジるきっかけを、一挙手一投足で供給し続ける、クー子であった。


「本当だもん!」


 もう、ダメだった。イジられすぎて、クー子の精神年齢は退行していた。


ポリゴン:はいはい

そぉい!:クー子ちゃんの中の人はちゃんと人間もんね


 もはや視聴者になだめられている。


「絶対信じてない!」


 そう言って、頬を膨らませた。これでは、三(千)歳児だ。


 価値観というのは、年齢ではなく消化割合で決まるものである。神の場合、いつ死ぬともしれなければ、今後無限に生きる可能性だってある。だから、幼くなる時が有り、老人のようになる時があるのだ。

 そんな話をしていると、中庭に到着した。


「ヤコちゃん! わたちゃん! 写していい?」

 そう、声をかけたのがちょうど良かった。渡芽わためは、もうダメと言っているのに、まだ神楽の練習を続けている。疲れて、足もろくに上がらなくなってきたはずだ。


「ヤコは大丈夫でございます!」

「大丈夫……」


 今は放送中である。でも、それは別の話だ。


「ところで、神楽はもうダメって言ったよね?」


 クー子にしては、びっくりするほど低い声だった。

 なぜ怒るのか、それは渡芽わための体が心配だからである。


「そ、そうでした!」

「怖い……」


 これに関しては、クー子はどうしても叱らなくてはいけないのだ。

 それに、渡芽わためは若い。もうすぐ、クー子が叱る理由も理解するはずである。


「視聴者さん、ごめんなさい! これから、ちょっとお説教なので、今日の放送はここまでです!」


 クー子はそう言って放送を切る。

 そのせいで、ルームシェアではなく、本当に養子なのだという印象に変わった。

 ちゃんと親をやっていると言う視聴者と、放送に出して大丈夫なのかを危惧する視聴者に大別されたのである。


「さて、まず……みゃーこ! 渡芽わためちゃんは、まだ体が出来ていません。だから、みゃーこの体を基準に考えちゃダメだよ!」


 人間は飢餓きが状態になると、タンパク質すらエネルギーに変換する。だから、筋肉の総量が少なく、日常的な運動に少し足すだけでもオーバーワークになる可能性がある。そんな風に、クー子は考えていた。


「申し訳ございません!」


 単純に、みゃーこは少しお姉さん風を吹かせたかっただけなのだ。


渡芽わためちゃん! あなたは、これからお仕置きです! 一緒にお風呂に浸かってもらいます! 顔をお湯に沈めたりとかはしないけど、ほんのちょっと苦しいかも知れない。我慢してね?」


 別にクー子は渡芽わために対して拷問のようなことをするつもりはない。筋肉痛を軽減するのに、体を温めた状態でのストレッチが有効なだけだ。本当に、辛い思いをしないための行為。そして、ストレッチ自体の痛さはお仕置きとして受け入れてもらうつもりである。


「ごめんなさい……」


 渡芽わためはわかっていた。クー子が意地悪で叱るということは、ないのだと。それでも、お風呂は怖いのである。


「さて、二人共。前を向いて進むのはとってもいいこと。でもね、頑張りすぎる誰でもとダメになるんだ。みゃーこはもう知ってると思うし、渡芽わためちゃんは今夜あたり実感するんじゃないかな? だからね、前向きは偉いけど、やりすぎはダメです! だから、運動しすぎないようにね!」


 クー子は、言い方を徐々に柔らかくしていくつもりだ。そして、ゆくゆくは自分で判断できる能力を身につけて欲しいと思っていた。

 人間も神も、一歩一歩。休んだり、怠けたりもしながら成長していくものである。急に成長するなんて、どんなものでもありえない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その夜、渡芽わためは筋肉痛に見舞われた。若い肉体では筋肉痛はすぐに現れる。


「いたいね。何もしてあげられなくてごめんね」


 クー子がそう言って撫でてくれるから、渡芽わためはどこもかしこも痛くても幸せだったのである。


「大丈夫……ありがと……」


 思わず少し笑ってしまう。幸せだし、それにこれが、クー子が自分を止めた理由だと渡芽わためは理解した。

 だったら、もしかすると、お風呂でのことも単純なお仕置きではないのではないか。渡芽わためは、頭の中でぐるぐると考えていた。

 結論として、叱られる時に愛情が大前提になっていることを確信したのである。渡芽わためには、これまで存在しなかった概念だ。

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