第30話・身代

 次の日、玉藻前たまものまえ葛の葉くずのは、この二柱が帰ってまもなくクー子のもとへ連絡が来た。


『畏み畏み申す』


 神に距離は関係ない。正三位以上なら一度訪れた神の社へ転移が可能。従一位を超えれば、神の社へは無制限である。よって、玉藻前たまものまえは少し前に宇迦之御魂うかのみたまの元に戻っており、空いた時間に雑談をしていたのである。


「あれ? たまちゃん。何あった?」


 この、畏み畏みが、電話で言うコール音を担当しているのが可笑しなところだ。


『あ、クー子様。VTuberのお話を宇迦うか様にしたら、ネット経由で株式会社秋葉家について少し観察するようにと……』


 主神の頼みは、聞いておけば大体功績に繋がる。自分で神々に利益をもたらしてもいいが、神の主な収入源は主神の頼みだ。これまで稼いだ功績の総量で、正二位までは神階しんかいが決定されている。ついでに、天拵あまぞんなどで使える通貨にもなっている。


「あ、うん。あの人たち何かあるの?」


 VTuberをやっていることを、主神は一切咎めなかった。これはもう、公認だ。以降、クー子は一切隠す必要がないと悟った。


『それが、二人ほど道入みちしおとなったみたいです。秋月満及び秋月凛、この二名ですね。もし、神に変ずるようであれば、接触を図るようにとお達しです』


 日本では、ホイホイと気軽に道に入る人間が居る。なにせ、示されている道が多いのだ。だだし、本当に神に変ずるまで進む人数は逆に若干少ない。日本で神がいい加減なせいで、大和民族も若干いい加減なのである。


「秋月? 秋葉って言う人なら、最近見に来てくれる人だけど……」


 と、クー子は言った。


宇迦うか様に届いたしらせによると、クー子様を見に来るみっちーというのが秋月満らしいです』

「えええええええええ!?」


 クー子、またしてもリサーチ不足である。

 というよりも、信じられようはずもなかったのだ。なにせ、クー子はまだ二回しか放送ができていない無名個人勢な新人。否、神人しんじんである。


 それが、VTuber大手に目をつけられるなど信じることができるわけもないのだ。騙りと考えたほうが、まだ妥当である。


『では、お願いしますね!』


 その言葉を最後に、術による通話は途絶えた。

 Linneでもよかったと玉藻前たまものまえが思うのは、その少し後のことである。


「みっちー……ちぃ……」


 ただ、とてつもなく驚いた出来事だったのである。


「終わり?」


 神の仕事の終わり、それを待っていたのが、彼女のコマである。


「うん、終わったよ! さて、今日は何をしようか?」


 渡芽わために関しては、もっと学問的教育を施すにも準備が必要。神が得意なのは歴史の授業だ。なにせ、クー子ですら縄文時代から生きている。宇迦之御魂うかのみたまに頼めば、シアノバクテリア以降を全部見ているのだ。地質考古学的な時代が体験付きで語られる、考古学者垂涎すいぜんの教育である。


「神楽などの勉強はいかがでしょうか? お勉強の中でも、とても楽しいものです!」


 それもいいと思った。なにせ、起源は神々のどんちゃん騒ぎである。だが、このどんちゃん騒ぎというのが神の世界で重要なのだ。


「狐……なる……」


 渡芽の願いは、それだった。周りには、母性溢れる狐の神ばかり。ならば、そうなりたいと願うのは自然な流れだった。


「渡芽ちゃん。ごめんね。出来るかどうかもわからないけど、すぐには絶対できないの……」


 稲荷の秘術は、他の動物で応報の道を含んだ道を歩むものを、狐神へと変じさせるものがある。だが、それは誰にでもできるわけではない。高天たかま会議で審議される必要があり、主神の過半数の賛成が必要とされる。


「嫌……なる!」


 上辺すら約束してくれないクーコを見て、渡芽わためはそれが拒絶だと思った。だから余計に、固執した。

 こうなるのは、クー子もわかっていた。だけど、約束をしてしまえば、叶えられなかった時の傷は、時間によって指数関数的に大きくなることを知っていた。


「手は尽くします! それではなりませんか?」


 みゃーこは、渡芽わために、そう言って聞かせた。


「嫌!」


 拒絶を感じると、その要素が取り除かれるまで立ち直れない。それが、幼い心だ。

 天照大神曰く、幼さとは、心と体の総量が少ないこと。故に、小さな絶望すら、大きく思えるのだ。小さなものが大きく見えるのは、心も体も同じであると。


渡芽わためちゃん……こっち!」


 クー子は渡芽を呼ぶ。稲荷の社には必ずそれが飾られている。稲荷神族を表す狐面。それは、社の最奥にあった。

 これがないと、神が死んだとき、そのまま根に下ってしまう。そんな、大切なものだった。


身代みのしろを、使うのですか?」


 人の身でそれを身に付ける、それは人に巫女の役目を負わせる。ただの巫女ではない。存在自体が、身代の主に近づき、力を与えられた巫女だ。

 クー子の身代を被せるのは、渡芽わためを狐に転生させるのに、必要な通過儀礼でもあった。


「うん、ここまで望むなら、そこまでやっても多分いい」


 クー子に絶対の自信はなかった。あとで、宇迦之御魂うかのみたまに怒られるかもしれない。それでも、構わないからと思った。


「みの……しろ?」


 人が知るよしも無いもの。人が、神は不死であると思う原因。それを、渡芽は目にした。


「私のもう一つの命。大切に使ってね」


 そう言って、段から下ろし、クー子は渡芽わために被せた。


「う、うん……」


 緊張はした。だけど、拒絶されたわけではないと知った。

 渡芽は分かっていたのだ、狐になるなど無理なのだと。上辺の約束が欲しかったのだと。だが、その愛の深さにたまらなくなった。

 無論、神だからできる。そんなことは渡芽わためにもわかっている。だが、上辺ではなく、本当にそれに近づけてくれるのだ。これほど恵まれた子が居ようものか。答えは、決して否である。

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