第29話・神様が夜なべして何にもしなかった

 というのは、話の脱線であった。


「って、天皇や私の話はいいのさ! すめら神族は根に下ったんだから……。そうじゃなくて、くーちゃんはネットを主に何に使ってるんだい? 便利なんだろ? ほら、第一人者として神に教えを授ける義務があるんじゃないかね?」


 人類宣言がなされるよりももっと前に、すめら神族は高天ヶ原に戻れなくなっていた。

 それよりもである。葛の葉くずのはは、人間が時折ほどよく便利ものを発明することを知っている。そもそも、ダブルドア氷室ひむろは、人間の冷蔵庫を元に作られた神器である。


「え!? 普通に、はるちゃんをみゃーこに見せてるだけだよ!」


 さすがに、自分もVTuberだなんて名乗るのはマズいと思っていた。


「ほう? じゃあなんだい? ほかの稲荷に……って、あれは晴明はるあきなんだっけか?」


 そう、今日、クー子がはる晴明せいめいであると明かして初めて、主神ではない神がはるが人間であることを知った。これまでは、稲荷神族と思われていたのである。


「なんか便利な活用があると思いましたが……」


 食事は既に終わっていて、からの食器の前での団欒だんらんだった。

 その時である。コマたちが、船を漕ぎ始めたのだ。


「後だね……。よく遊び、よく学んださ。どうせ、あとはあたしたちの話だ。コマたちは寝かそう」


 そこで、クー子に電流が走った。


「渡芽ちゃんは、私の尻尾を枕にして寝てるから」


 まだまだ、それを急に変えるのも不安だった。


「なるほど……それなら仕方ないさね……」


 と、葛の葉くずのはが言い、完全に事なきを得たつもりだったのがクー子である。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 布団を敷き、そして枕になった時だった。


「くーちゃん。QR出しな」


 なんと、葛の葉くずのはがLinneをダウンロードしたのである。それだけではない、玉藻前たまものまえもだったのである。


 二人は、クー子が外に行っている間にLinneをダウンロードした。そして、使い方を調べて、既に二人でグループを作っていたのである。

 クー子が玉藻前たまものまえに、Goggleの使い方をレクチャーした弊害へいがいである。子育てに便利と思って、教えたのだが……。


「は、はい……」


 ちなみに、妖術スマホに妖術モニタ。これらは極めて便利である。電源は本人そのものだし、どこにでも出せる。通知は、直接脳内に響くためいつでもサイレントモードだ。

 葛の葉くずのはは、そのQRコードを読み込み、そしてクー子をグループに叩き込んだ。


『それで? どんな使い方してるんだい?』


 葛の葉くずのはのメッセージで、もう逃げ場がないと悟ったクー子は白状することにした。


『VTuber、やってます……』


 と、クー子とその視聴者は思っている。だが、実際にやっているのはUtuberである。外の人などいないのだ……。


はるちゃんと一緒なんですね!? クー子様、さすがネット第一人者!』


 玉藻前たまものまえのメッセージであるが、こんな第一人者では、困る神が続出だ。リテラシーもまだまだであれば、VTuberを理解しているわけでもない。VTuberには外の人が必要なことが、全く分かっていない……。


『やるじゃないか! どれ、玉藻前たまものまえから聞いた“ごぉぐる”とやらで調べてやろう!』


 ちなみに、タイピング速度などの概念はない。考えるのと同じ速度で、メッセージが書き込まれる。葛の葉くずのはは、存外にそれに一瞬で適応した。


『葛の葉様。Goggleです!』


 と、得意げに無料スタンプまで使う、玉藻前たまものまえ


『( ̄ー ̄)bグッ!』


 クー子は、自分がさらに高度だと思っている、アスキーアートを使って反撃した。辞書に登録されている、なんてことないものである。


『おっ、あるじゃないか! なになに……』


 そして、葛の葉くずのはのコピペ連投が始まる。


『モデルがリアルすぎて草。本物にしか見えないけど、耳があるから偽物だよな……』

『当たり前だろ、あんな自然な生え方をさせられるアクセサリーはないはずだ。モデラーを知りたい……』


 など、前半はモデルを褒める文言が続く。だが、途中からそれは変化した。


『超演技派だぞ! お稲荷さんな狐妖怪を完全に演じてやがる!』

『クー子ちゃん。解釈一致しかない。声も仕草も可愛くてこれって、最強の原石来たか!?』


 そう、最近のクー子はそんな評価だ。それは、単純にクー子のリアルでしかない。


『あんた、稲荷神族ってバレてないだろうね?』


 と、葛の葉くずのはに冷やかされてしまう。だが、クー子もそれにはヒヤヒヤしている。


『だ、大丈夫なはずです! ちゃんと気をつけてます!』


 バレるわけもないのに、神々はまだ、自分たちがファンタジーと化していることを知らない。


『あ、こんなのも書いてありますよ! 超演技派VTuberクー子ちゃん。彼女の放送は二日に一回の可能性が高い。現在デビュー後四日。そんなペースで配信が行われている。また、スケジュールなど確認したら記事を追記したいと思う……だそうです!』


 玉藻前たまものまえが見つけたのはブログ系の記事だった。

 クー子は右からも左からも検索されてしまって、気恥ずかしくて仕方が無かった。


『なかなか毎日って難しい(><;)』


 クー子は、このメッセージで使った簡素な顔文字を、自分が発見したと思っていた。


『まぁ、遊ぶのも、神の仕事に差し障りない程度にね!』


 と、葛の葉が言う。だが、それはクー子には心外だった。


『これ、人間のお金にできるんですよ……』


 と、詳しいことを知らないくせに言い放ったのである。

 人間のお金は、人間から油揚げを仕入れることに使える。そうなれば、稲荷神族は目を変えるのだった。


 その日、この三柱の神は一睡もしなかった。玉藻前と葛の葉がクー子を質問攻めにして、寝かせなかったのである。

 三柱で朝まで調べたが、クー子が収益化申請のレベルまで後一歩届いていないため、三柱とも理解できなかったのである。ただ、一つだけ進展した。クー子はツブヤイッターを始めるべきと理解したのである。


 神の睡眠は娯楽だ。だから、気軽に徹夜する。だが、精神的に疲れた時、睡眠は有効だった。

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