第28話・皇大神

 大人数で囲む食卓、その話題はいろいろだった。そのうち、葛の葉くずのはがこんなことを言いだしたのである。


「そういえば、くーちゃん。なんでインターネットなんて知ったんだい?」


 クー子はそれを、神族永遠の謎の仲間入りさせたかったのである。


「うっ……ふるさと村にうぃっふぃーとかなんとか……って葛の葉様が言ったからですよ?」


 そう、神の世界にインターネットという知識が流れてきたのは、稲野とうのふるさと村にWi-Fiが設置されたのが起こり。


「じゃあ、なんで使おうと思ったんだい?」


 クー子はそこを聞かれたくなかったのだ……。


「いやぁ……ほら、みゃーこの育児に関することも調べたくて……」


 カバーストーリーである。本当は、もっと前から強引にネット接続を繰り返していた。高天たかま会議で認められていないそれは、術としての効率が極めて劣悪だ。クー子の妖力でゴリ押しして、無理やりつないでいたのだ。

 そして、はるを見つけて、これ幸いと奏上した。


「ま、そういうことにしとこうかね」


 葛の葉くずのはは、それが嘘だと分かっていた。なにせ、最初からそこに陽というコンテンツがあるなんて、わかるはずもないのだ。


 クー子の理由。それは、極めて暇だったからだ。みゃーこがコマになったばかりの時代を終えて、コマを育てるためにやることが激減していった。その有り余る時間と、膨大な妖力で、Wi-Fiの電波を無理やり拾ったのだ。


 だが、結果的にそれが良かった。今や、神族の役に立ち、そしてみゃーこの役に立つ道筋も見つかっている。だがクー子は、それがバレたら葛の葉くずのはに叱られるような気がしていたのである。


「まぁ、なんにせよ助かってます。クー子さまさまです」


 そんな時から、クー子はべらぼうに裕福になったのである。


 もともと、1500年弱ほど前から裕福ではあった。クー子の幽世かくりよは、殺生石のオリジナルとなった術式。これによって、かつて高度な術だった幽世かくりよの術式が一般化した。そして、その需要が高まったきっかけが、仏教が日本に伝来したこと。神が仏に着替える更衣室が必要になったのだ。


 そして、成りコマから神として認められたのもその時期。クー子の親離れは、非常に遅かった。


「クー子様はすごいのです!」


 それを誇る、みゃーこ。


「引きこもり狐の癖に、なかなかやるよね!」


 と、からかうのは葛の葉くずのはだ。彼女は、別に責めているわけではない。


「では、なぜそのすごいクー子様が、中津国にいらっしゃるのですか? やはり、玉藻前たまものまえ様の方がすごいのでは?」


 美野里狐みのりこはまだ幼い、だから気分の移り変わりも激しいのだ。そして、少し視野が狭くもある。

 それに、渡芽わためは怒りを孕んだ目線を向け、みゃーこはどうわかってもらうかを思案した。


美野里狐みのりこ、それはね。クー子様は、昭和崇徳事変しょうわすとくじへんに参加できなかったからなんだよ」


 逆に言えば、玉藻前たまものまえ葛の葉くずのはは参加していた。葛の葉くずのはの場合は、人を産んだ罪を完全に恩赦されたにとどまったが。玉藻前たまものまえは従一位になる条件の一つをそこでクリアした。まだ、宇迦之御魂うかのみたまのコマでありながら。


 崇徳すとくは、クー子の天敵だ。クー子は崇徳すとくを見ただけで、意識を失うほどである。


「弱虫なの……。あ! 申し訳ありません、違いました! なにか、事情がお有りだったと考えるべきですね!」


 美野里狐みのりこが朝に得た教訓であった。弱虫と罵ろうとして、ふと気づいたのだ。このクー子が崇徳すとくにトラウマを植えつけられていたら、立ち向かえるわけもないと。


「本人とは、面識ないんだけどね。人間の怖いところが集まった荒御魂あらみたまなんだよ。私って、未だに人間怖くてさ。だから、崇徳すとくは本当に怖い」


 本当に恐ろしいのは、そこにはもう一切の良心が残っていないことだ。

 今でも、崇徳すとくは滅ぼされていない。搦手かためて※正攻法以外で、虎視眈々こしたんたんとこの国を衰退させている。


「すとく?」


 渡芽わためには、まだ教えていない話だった。


「昔の皇現人神族すめらのあらひとしんぞくのことだよ。人間だけど、神様なの。それで、生きてる人が中津国なかつくに天皇てんのうになって、死んでる人が高天ヶ原たかまがはらでお仕事するすめら神族だったんだけどね……」


 そう、あの時からである。皇神族すめらしんぞくが人に近づいていったのは。かつては、天照大神あまてらすおおみかみの実子かつ元コマという非常に高貴な神だったのだ。正二位でも高天ヶ原たかまがはらに在住を言いつけられるほど。そして、天皇の役を担っているのが主神だ。主神が交代制の唯一の神族だったのだ。


「仕方ないさ、我が子に裏切られたようなものだ」


 葛の葉くずのはが言った。

 数多の道を、転生を繰り返し、大和民族という無数のコマを従えて歩む。いつか、全なる道にたどり着くため。それがすめら神族だったのである。


 本当に不運だったのが、皇現人神族すめらのあらひとしんぞくが転生の時に大国主より与えられた、みことを思い出す前にそれが起きたことだ。思い出すのは15歳だった。


 思い出した、皇現人神族すめらのあらひとしんぞくは後悔し、悲しんだ。故に、道を引き返し始めたのが後白河天皇。悪の道に渡ったのが、崇徳すとく天皇である。


「もしかして、葛の葉くずのは様は、そのために晴明はるあきくんを?」


 クー子は考えた。独断で、身を削って、新しい天孫の一族を用意しておこうとしたのではないかと。


「いや、普通に惚れた!」


 だが、日本にいると神は、くつろいでいるのだ。なにせ、その当時、皇現人神族すめらのあらひとしんぞくはバリバリに神だったのだ。

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