第24話・神の様

 玉藻前たまものまえは、情報を手にしてここに来ていた。

 クー子は、そんな玉藻前たまものまえに呼ばれて、少しだけ離れた林の中で話していた。

「時間をとってくれてありがとうございます、クー子様。あの子、渡芽わためちゃんのことがある程度判明しました」


 宇迦之御魂うかのみたまは忙しかった。主神としての仕事も、そして渡芽わための未来のためにも。

 だから、情報は玉藻前たまものまえへと託された。奇しくも渡芽わためと似た人物の、観測者だった美野里狐みのりこをコマに持つ彼女に。


「聞かせて。あんまり、いい予感はしないけど」


 クー子の想像は、何もかもが悲しみの連鎖の結末に渡芽わためが立っているというものだ。

 神は、人そのものを見下す、なんてことはほとんどない。


「まず、あの子の状況。国籍そのものがありませんでした。おかげで、神隠かみかくしの隠蔽いんぺいは一切とどこおりりなく進みました。本当に、神倭かむやまと家が出張るまでもないほどに……」


 通常、神隠しは大事おおごとである。主神が複数動き、神倭かむやまと家が国家権力に介入する。後に、計10回に渡る審議を行って、その神隠かみかくしの正当性が主張される。

 後に、特殊擁護施設ようごしせつで心の傷を癒しているというカバーストーリーで警察を納得させる。最後に、現し世うつしよがそれを忘れた頃になって、ようやく国籍が抹消まっしょうされるのだ。


 だから、今回は、本当に特殊だ。国籍がなければ、その時点で神倭かむやまと家は仕事がない。虐待は明確であるから、神隠しは正当である。そして、国籍がないのだから、警察はそもそも動かない。国籍抹消まっしょうの必要もない。


「そっか……」


 それは、流れに過ぎない。物事は、全て原因があって結果がある。渡芽の両親、それがどんな理由で、虐待をする親として育ってしまったのか。クー子は、それを知らなくてはいけない気がした。


「それと、彼女の両親は遺体いたいで発見されました。死後、あまり日数が経過していないにも関わらず腐敗していたことから、塗仏ぬりぼとけに触れられたのでしょう」


 それが、渡芽わための両親の死因。つまり、両親自身が、渡芽わために死を思わせた事が原因だ。因果応報だったのだ。


「一体、どんな経緯が……」


 宇迦之御魂うかのみたまの目は全てに届いているが、全部を同時に考えることができたわけではない。それができたのは、天照大神あまてらすおおみかみのみである。


「わかっているのは二つです。彼女の両親は、彼女をおもちゃにしていたこと。それと、彼女によって、ある種自己承認欲求が満たされていたこと」


 子は親を認める。生命を維持するのには、手段がそれしかなかったからだ。


「ありがとう。わかったよ……」


 クー子は、静かに、低い声で言った。


「人間は愚かでございますね……度し難いどしがたい……」


 玉藻前は、その声の主を探して、そしてすぐに見つけた。


美野里狐みのりこ、それは良くない。気持ちもわかるけど、言葉にしてはいけません」


 クー子はその叱り方も、良くないと思った。


「いい? 美野里狐みのりこちゃん。あのね、あなたは昔、お友達におもちゃを貸しました」


 人間は……。その言葉を選んでしまうこと、それが動物妖怪最大の弱点だ。


「はい?」


 美野里狐みのりこは、少し斜に構えたように言葉を返す。


「そのおもちゃは、ついぞ帰ってきませんでした。そしたら、ほかの人におもちゃを貸せる?」


 ゆっくりと、一つずつ丁寧に話すクー子。必ず目線を合わせて、優しい声で、時間を惜しまずだ。


「貸せる訳ないじゃないですか」


 失敗体験が、行動を阻害する。そこまで、美野里狐みのりこは理解をした。


「じゃあ、美野里狐みのりこちゃん。お友達に、おもちゃを貸してあげられない子は普段のあなたならどう見える?」


 瞬間、美野里狐みのりこは目からウロコが落ちるように感じた。


「あ! ケチ……です」


 気づいたのである。人間は愚かの正体。知らないから、そう見える。


「その、返さなかったお友達も理由があるかもしれない。本当に、心っていうのは複雑すぎて全部見えない。だから、愚かに見えた渡芽わためちゃんの両親も理由があるかもしれない。だから、あなたは責めてはいけない。それでも、返さなかったお友達を、返してもらえなかったあなたが許す必要はない。それが、応報おうじむくいる道の教えの一つだよ」


 外野は黙ってろとは、それの乱暴な言い方だ。全部理解せずとも口を出せるのは法のみ。神の世界にも、法がある。

 神は人を見下さない。流れを考え、断ち切る方法を考える。それを十全に理解しているからこそ、クー子は道の踏破に近い。だからこそ、主神に迫る力を持っているのだ。


「解りました……」


 美野里狐みのりこは反省し、また応報おうじむくいる道へと戻る。


「「ごめんッ!」」


 玉藻前たまものまえのごめんなさいと、クー子のごめんねが重なった。


「たまちゃんから……」


 神の世界の慣例かんれい。先達は、発言を後輩にゆずる。ただし、必要アリと考えたのであれば、自分の発言を強行して良い。


「ごめんなさい! 本来、道先みちさきの私がやらねばいけない道説みちときでした」


 道説みちとき、要するに、神への道をコマに対して説教することだ。


「いやいや、ごめんね。私も、ちょっと出すぎたことしちゃってるから」


 そして、その出過ぎたことを、玉藻前たまものまえが怒らないのには二つ理由がある。クー子を尊敬していることと、その説教が正しいことだ。だから、それはコマのためであった。


「いえ、むしろ助かりました。これからも、お助けください!」


 そう言われてしまえば、受け入れざるを得ない。なにせ、クー子はみゃーこの教育に玉藻前たまものまえの力を借りていた。


「わかった! でも、たまちゃんもまたいろいろうちの子に教えてあげて」


 理論的な話、知識的な話は、玉藻前たまものまえの方が上手い。それぞれがそれぞれ、得意な教育分野を持っているのだ。


「はい!」


 そんな、二人のやり取りをみて、美野里狐みのりこは二人を尊敬したのである。

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