第23話・たまちゃん嵐を呼ぶ

 渡芽わためは、急速に慣れた。人型の、稲荷神族に。今や渡芽わためは、怖くなった時に一瞬ちらりと耳を見る程度である。だから、クー子も既に人化している。


「なんで、宇迦うか様は、あの時言わなかったんだろう……」


 そんな疑問を持つのも、クー子なら当然。クー子の印象では、宇迦之御魂うかのみたまは全能だ。


「多分、おんなじことやってもまだダメだった時期なんじゃないかね? それか、単純に、思いつかなかったってこともありえるね!」


 葛の葉の言うとおり、宇迦之御魂神うかのみたまは全能ではなく全農。その能力を、絶対的に信じていいのは、植物に関してのみである。


「まさかぁ……。宇迦うか様ですよ?」


 疑うクー子を見る、葛の葉くずのはの目はどこかじっとりとしていた。


「ま、最近はどうか知らないけど、案外抜けてるし、可愛らしい人だよ宇迦うか様は……」


 神々でまだ、踏破者が天照大神あまてらすおおみかみだけだった時代から、神をやってる葛の葉くずのはだけある言葉だった。根本的に、クー子達とは、主神との距離が違った。と言っても、天照大神あまてらすおおみかみが死んだのは、本当に気が遠くなるほど昔の話だ。最終氷河期は、彼女の死が原因で訪れた。葛の葉くずのはが、神になるよりもさらに昔の話である。


 閑話休題かんわきゅうだい※本題に戻りましょう


 来客とは、いつだって突然だ。予定の時間より早く来ることが多いし、大抵は意識を抜いた瞬間を狙いすましたように現れる。


玉藻前たまものまえ! たまものまえが参上しましたよ! クー子様!」

「新たなるコマ。美野里狐みのりこでございます!」


 玉藻前たまものまえと、その新たなるコマが、けたたましく登場したのであった。狐姿で。

 クー子は感じた。これが、コマ・ゴット・ハイであると……。クー子もかつてこれを経験している。初めてコマを得た神は、得てしてテンションが上がるものだ。単語自体は、最近生まれたものだが、概念は昔からある。


「あー、たまちゃんもテンション上がってる……」


 参拝はこの時期が最も効果的だ。大抵は、何か災が去ったあとである。神のテンションが爆アゲ故に、五割増しでご利益があるのだ。これが、日本の復興景気の原因である。

 美野里狐みのりこは、現在二尾の狐だった。尾崎狐おざきぎつねは、大抵そうだ。語源が尾裂き狐であるから。そして、その体格は小さく、フェネックと誤認されることもしばしばである。


「そこ! たまちゃん言わないでください! 美野里狐みのりこにまで言われたらどうするんで……す……か?」


 玉藻前たまものまえは、ようやく気づいた。先輩稲荷たちが、人間の姿をしていることに……。

 稲荷神族、割とポンコツが多いのである。


「なんで皆さん人化してるんですか!? 渡芽わためちゃんのこと聞いて、せっかく狐で来たのに!」

「たまちゃん様?」

美野里狐みのりこォ!!?? そっち覚えちゃった!?」


 もう、嵐がやってきたようなものであった。


 見れば、美野里狐みのりこ玉藻前たまものまえの頭の上にちょこんと乗っている。そして、玉藻前たまものまえはまだ、しっぽが五本である。これは、天狐てんこになったにしては多い方である。そもそも、妖力が大きすぎて、圧縮に苦労しているのだ。だが、それでも妖力と神通力の量はクー子に遠く及ばない。にも関わらず、クー子が天狐てんこだったときは既に三本。技術すら高かったのである。


「なんだいなんだい! 賑やかだね! いや、愉快だよ!」


 渡芽わためとじゃれながら、葛の葉くずのはは言った。豪快な、肝っ玉きもったま母ちゃんな性格で、外見はロリである。


「あれ? 葛の葉様、小さくなってません?」


 玉藻前と、葛の葉が前回出会ったのは、84年前だ。神の感覚であるから、まぁまぁお久しぶりくらいである。


「いいか? 今、ロリ狐はモテる!!」


 葛の葉くずのはは、色恋多めのお狐さんである。

 しかしながら、異性との恋愛となると、外部の親族か人間が相手だ。なぜか、稲荷神族は女神ばかりが生まれるのである。これも、神族永遠の謎の一つだ。

 それとは真逆に、男性ばかりの神族もある。蛭子ひるこ神族である。関西弁のおっちゃんと、にいちゃんばかりの神族だ。


「あの……降格されますよ?」


 そう言いながら、美野里狐みのりこを下ろして人化する、玉藻前たまものまえ

 人間の世界に伝承が残っている稲荷神族には、人化のスペシャリストな側面がある。だから、葛の葉くずのはも気分一つで人化したりできる。


「あれ? なんか、羽おちた……」


 人化した玉藻前たまものまえの体から、白い羽が落ちるのをクー子は発見したのだ。


「あ、ダッキーの羽かもしれません……」

「ダッキー、国内の教会に顔出してるの?」


 そして、その中でも究極的に人化がうまいのが妲己である。それが原因で、宇迦之御魂うかのみたまに最も使いパシリされている神族でもあるのだ。


 宇迦之御魂うかのみたまが、キリスト教を信仰する人々に顔を出す時の名前が、ミカエル……もとい御迦ミカエルである。そして、妲己がダキエルだ。

 実は、妲己だっき宇迦之御魂うかのみたまは仲があまりよろしくないのである。そのせいで、妲己だっきは本当に酷使されている。だから、最近お疲れ気味なのだ。


「はい、美野里狐みのりこを回収しに行った時に東京で会いました!」


 人の世と関わりが深めのお狐さん、玉藻前だから時たま出会うのである。

 東京というのが、またブラックなのである。人が多く、様々な宗教が入り乱れる場所だ。


「あの子にとって、油揚げって一体何なんだろうね……」


 呟く葛の葉は、半笑いだった。

 それを、甘んじて受け入れる理由が油揚げ。妲己だっきいわく、キンイロである。

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