第22話・大幣

 次の日……。渡芽わためは腹を壊さなかった。もう、ほとんど何を食べさせても大丈夫だろうと、クー子は思った。そんな、朝食を終えての話であった。


「神様……なる!」


 渡芽わためは、クー子とみゃーこと同じになりたいと思ったのだ。同じところに所属したいという気持ち。家族という概念が薄いから、それは稲荷いなりに対して向けられた。

 渡芽わためは、少なくとも今は安全だと思っている。自分が、いきなり放り出される心配はないのだと。


「そっか、じゃあ今日は水干すいかんを着よっか!」


 神が巫女服みこふくを着るのは、擬態のため、あるいは上位の神の従者と示すため。そして時折、コスプレのため。言うなれば、それはメイド服やバトラースーツと似た役割である。

 だから、今日は水干すいかん。神族の普段着兼、多くの場合の正装である。


「すい……かん?」


 渡芽わためには、それがわからない。


「昨日着た、赤と白の衣がございましたでしょう?」


 そこで、説明がしやすいのは、つい最近まで子供だったみゃーこである。


「うん……」

「それが巫女装束みこしょうぞく、そしてそうでない方が水干すいかんでございます!」


 と、簡単に説明してしまうみゃーこであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 水干すいかんに着替えた渡芽わためは、かなり神族らしく見える。クー子の形から作戦である。

 今すぐに神族になるのは無理だし、逆に神になりたいを思い続けていればいつか必ずそうなるのだ。否定しないことが重要だった。


「お似合いですぞ! ではでは、満野狐より一つ贈り物でございます! こちら、稲荷いなり大幣おおぬさと申しまして、簡単なお祓いなどに使います!」


 神主などが使う、お祓い棒。その、稲荷神族いなりしんぞく向けの物を、みゃーこは渡芽わために渡した。

 稲荷大幣おおぬさ稲穂いなほと棒で作られた大幣おおぬさだ。


「おぉー!」


 その、神様らしさに渡芽わためは少し感激する。

 みゃーこの練習に使われた大幣おおぬさの数しれず。だが、壊れなかったそれには、微弱ながら神通力が宿っていた。


「いいの?」


 だが、それは、みゃーことずっと共にあった思い出の品のはず。それを、渡芽わためにあげてしまっても良いものかとクー子疑問に思った。


「良いのでございます。満野狐みやこもまもなく成りコマ。ならば、あの大幣おおぬさは力不足。使うことができなくなってしまうでしょう……。ならば! この満野狐みやこを育てた大幣おおぬさが、渡芽わため様の成長を助けてくれるやもしれません。そうやって、使われる方が、幸せでしょう!」


 と、言い放ったのである。

 器物百年というが、人の世でそれは簡単には起きない。遥かなる時と、祈りが結晶となって、心を宿してあやかしとなる。ともに歩んで、道入みちしおとなる。その道が、和魂にぎたまとなって初めて、付喪つくも神族に迎えられるのだ。


付喪つくもになるかもね……」


 そんな難しいこともあるいはと、クー子は思った。


「さすがに、そこまでは至りますまい」


 そんなこと、今はただの夢である。未来なぞ、神でも少ししか見通せない。


「どうかなぁ……」


 だから、どちらも考えておくのだ。悲観も楽観も。それが、稲荷いなり流だ。


「さて、じゃあ使い方も教えちゃおっか!」


 宿った神通力と、渡芽の妖力。両方あって、使い方も正しい。それだけ条件が整えば、邪気を祓う力になる。幽世かくりよの中のや、神社の境内の聖域性を保つ力になるのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 庭に出て、渡芽は大幣おおぬさを振るう。みゃーこは大幣おおぬさ渡芽わためにあげてしまったから、枝で動きと言葉だけをなぞった。


「稲荷のみこと賜りて、これを麗白ましろと成し申す」


 祝詞のりとは意味を込める言葉。行動に意味を持たせ、行動が本来持つ霊的な意味をさらに強化する。それによって、力の効力を上げるのだ。


「なしもすー!」


 学ぶ、まねぶという発音が存在する。これは、誰かの真似をして学びを得るということである。

 渡芽わためは、言葉の意味を理解できていない。それに、発音も完璧ではない。だが、最初から完璧でなくても良いのである。繰り返すうちに理解して、しっかりできるようになればいい。


「筋がいいですぞ! 初めてなのに、はらっております!」


 でも、渡芽は既に少し成果を出していた。掃除の時の動きに似ていると、感じたのだ。はらうという意味は、少しだけ形を成してしっかりと効果を発揮した。

 ここで、クー子がやってしまえば、邪気は一片残らず消え去ってしまう。だから、クー子はそれを近くで見ていた。

 そんな時である。クー子の幽世かくりよに、葛の葉くずのはが訪れたのは。


「ぴ!?」


 クー子以外の、人に近い姿……。人化した葛の葉くずのはを見て、渡芽わためは小さな悲鳴を上げてクー子の後ろに隠れた。


「あら、あたし、もしかしてせっかちだったかい?」


 その姿を見て、聞きそびれたことがあったのだと、気付く葛の葉。それは、子育ての経験によるものだ。


「あ、葛の葉くずのは様。実は、この子、人間が怖くて……」


 それを聞いて、葛の葉くずのはは笑った。


「なんだい、お揃いなのかい!?」


 その状況は、神族の長い歴史でも滅多に発生しなかったことである。人嫌いのクー子が、人嫌いな人間のコマを育てている。本当に、珍しすぎる状況だ。


「あの……」


 それでも近づく葛の葉くずのはに、クー子は少し警戒をした。


「ねぇあんた、こんな耳の人間に会ったことあるかい?」


 だが、葛の葉くずのははどちらかというと、クー子に協力しようと思ったのである。

 選ぶ言葉はがらっぱち、だが声色はどこまでも優しかった。そんな葛の葉くすのはの言葉に、首を振る渡芽わため


「だろう? あたしたちはしっぽもこんなにもふもふだ。こんな人間いるかい?」


 葛の葉くずのはは、体の人間らしからぬ部分を見せつける。

 またしても、渡芽わためは首を振った。


「だろ? 私も狐さ! 狐は怖いかい?」


 渡芽わためが首を振るような質問ばかりを投げ続ける、葛の葉くずのは


「怖くなったら、耳を見な! それでも、怖くてたまらなければ、また言っておくれ。そんときは、狐に戻るからね!」


 葛の葉くずのはは、人間の体の便利さを知っている。だから、クー子の人化した姿にも慣れて欲しいと思ったのである。

 だけど、人間という姿は堕落しやすくもある。もしも、ゲーマーが道入みちしおとなれば、こう例えるだろう。人間は、攻撃力特化の妖怪だ。

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