第21話・満ちゆく心

 放送後、陽にはLinne通話で怒られた。だが、一応短時間で済んだ。よって、クー子の考えるべきは夕食だった。


 そろそろいいだろう、そう思ってクー子は麺類最後の試みへと進む。盛岡の麺の一つ、冷麺である。正確には、使うのはその麺のみ。冷麺の麺にはレジスタントスターチという難消化性でんぷん質が含まれている。これが消化器官で、食物繊維と同じような働きをするのである。つまり、食物繊維しょくもつせんいたっぷりの野菜並みに消化しづらいのだ。


 これを食べて大丈夫なら、普通の食事も全く問題ない。だから、その麺を使うことにした。


 だが、麺だけである。冷麺のスープは辛い、よってみゃーこが食べられないのだ。それに、渡芽わためも苦手な可能性があった。だからスープは手作りである。鶏がら醤油しょうゆベースに酢やごま油などを加えて中華風にした。もう、よくわからない料理だ。だが、この幽世かくりよの定番の一つである。


「ご飯できたよー!」


 定番の狐姿と、定位置。そこに戻って、クー子は狐姿で言った。渡芽わためのために、すっかりこっちで過ごす時間が長い。


満野狐みやこはもう、一日千秋いちにちせんしゅう※すごく長い時間を待つようなの思いにて……」

「たのしみ……」


 呼ばれた二人は、すぐに振り返った。

 夕飯の時間は大体決まっていて、みゃーこはそれに合わせて居間に来ていたのだ。


「みゃーこ、前にご飯食べてから一日すら経ってないよ?」


 そうである。前回のみゃーこの食事は昼食。三食きっちりである。そして、三時のおやつは自己申告、あるいはセルフサービスだ。果物に芋、なんでもござれである。だが、今は渡芽の胃を心配して、果物限定である。


「むふふ、冗談にございます!」


 と、みゃーこが言うと、渡芽わためは理解した。これが言えるのも、愛情のある空間だからなのだと。


「食いしん坊?」


 そう言って、渡芽わためが首をかしげる。


「なー! 後でもふもふに処しますぞ!」


 処すと言っているが、この世にそんな刑罰があって良いわけがない。


「抱き枕……」


 そう、それではただの、昨日と同じ眠り方だ。


「ふふっ、いつの間にそんなに仲良くなったの?」


 クー子は、それがほんのちょっぴり妬ましくて、そして、とても嬉しかった。


「今でございます!」


 本当に、子供の心は絶えず変化を繰り返す。秋の空を超え、山の空だ。クー子はただ、今の気持ちを理解するしかないのである。

 その時、渡芽わための腹の虫が騒いだ。余は空腹であると、それにしては可愛らしい声で訴えたのだ。

 そんな音を出した腹の主、渡芽わためは顔を赤らめて言った。


「ごめんなさい」


 これに関しては謝るものではないと教え込まねばならない。クー子も、みゃーこもそう感じていた。


「遠慮いらないよ! さ、ご飯だよ! 手を合わせて!」


 道入みちしおである以上、それもまた絶対の一つ。食物への感謝、捧げてくれた人への感謝。忘れるだけで、道を引き返すようなものである。

 三人手を合わせて、声を合わせて……。


「「「いただきます!」」」


 そう言って、一斉に食べ始めた。

 ずるずると、あるいはちゅるりちゅるりと、麺をすする音が響く。


「もちもちですー!」


 透明感のある麺は、餅そのものよりもずっともちもちとしているのだ。コシが強く、腹持ちもいい。難消化性でんぷん質を含んでいるから。


「もち! もち!」


 渡芽わためもその食感を楽しんだ。


「うん、いい出汁だしでてるー!」


 クー子は、むしろ料理人としての感想である。コマたちに、まずいものは食べさせたくないのだ。自分のコマは、いつだって世界一幸せでいてほしい。定義も曖昧で、かなったとしてもそれを確信できる訳でもない願いをずっと抱いている。


「おいしい!」


 渡芽わため饒舌じょうぜつ※よくしゃべるで、みゃーこもクー子も、それが嬉しかった。


「お気に入りですかな?」


 だから、距離がもっと近くなった。


「ん! 増える」


 それは、ここに来てからお気に入りがどんどん増えると伝えたかったのだ。

 渡芽わためは、自分の言葉がおかしいことにも気づき始めていた。だが、何がおかしいのか理解できないのだ。彼女の脳は、既にその機能を失ってしまっている。


「じゃあ、今はお気に入りだらけかな?」


 それでいいと思わせてくれるのは、クー子だった。渡芽わための言葉をしっかりと考ええて、理解する。どこから見ても、一片の隙もなく愛情を注がれている。そんな気がすると、渡芽わためは思っていた。


「全部!」


 渡芽わためにとって、この幽世かくりよの中には、お気に入りしかなかったのだ。


満野狐みやこもですか!?」


 それは、もちろんそうだった。でも、渡芽わためはお気に入りだなんて言葉を使いたくなかった。物のようには、言いたくなかったのである。


「好き!」


 だから、そっちを選ぶ。文法は覚えられなくても、単語はいくらでも覚えられた。


「私は?」


 訪ねてみてクー子は、自分が答えをもらうことだけど期待していることに気付いた。嫌いと言われても、それはそれで可愛いと思ってしまう気がした。


「大好き……」


 それでも、渡芽わためは、今だけは本当の感情を伝えた。

 クー子には、言葉にできないほど感謝しているのだ。助けてもらったこと、育ててもらっていること、他にも小さなことはたくさんある。だから、渡芽わためは、二度と本心から嫌うことができないほど、クー子のことが大好きだ。


「嬉しいなぁ……」

「クー子様、お顔がだらしないです!」


 と、みゃーこが言うものの、みゃーこもまただらしなかったのである。

 その日、三人はまた、一緒に寝た。渡芽わための枕にクー子のしっぽ、抱き枕はみゃーこである。これがもふもふ睡魔すいま地獄の刑。心地よすぎて、悪夢など見れようはずもない深い眠りに渡芽わためはおちた。

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