第19話・いたずら

 その、あとのことである。

 クー子が放送を開始する時間に、狙ってか狙わずか渡芽わためはクー子に抱きついた。

 狐の姿だったのである。今、人化すれば渡芽わためを落としてしまう。それに、渡芽わためがなぜ今抱きついているのか、それをクー子は考えた。


渡芽様わため! なりません! クー子様はこれから、お仕事なのですよ!」


 みゃーこは渡芽を諌めいさめ※注意ようとする。

 VTuberとは、クー子が考えることのできる、狐妖怪にも可能な人間の仕事だ。

 実際のクー子は名乗っているだけなのであるが……。


「いいのいいの! でも、なんでぎゅーしたの? 教えてくれないと、もふもふしちゃうぞ!」


 クー子がいうも、もうもふもふしている。それは、全くもってお仕置きにならない。

 クー子はお仕置きをするつもりがないのだ。緊張して言葉が出ない、そんな状態から無理矢理にでもリラックスさせるのが目的だ。


「えと……」


 渡芽わために限らず、心の動きは子供の語彙ごいに対して、複雑すぎる。小さな迷惑をかけたかった、それも渡芽の気持ちの一部だ。だが、根底には、安全に対する欲求がある。

 行動で示して欲しいのだ。あなたは、私を突き放しませんか。そんな問に対する、答えを。


「わかんないならぎゅーだ! こらこらー!」


 怒っているような言葉を選んでいる。良くないことには、分類できるからだ。

 渡芽わためは、そんな微かなクー子の怒りにもみくちゃにされた。


「クー子様!? なぜ怒らないのですか? 渡芽わためは今、クー子様を困らせています!」


 それを聞いてクー子は、それがみゃーこの最後の課題だと思った。そして、同時に渡芽の気持ちもわかった。


「後で、ごめんなさいはさせるけど、怒るほどの事じゃないからね」


 みゃーこと渡芽わためでは、欲求の次元が違う。渡芽わためが求めているのは、安全に対する欲求。生きていくための、最低限の欲求だ。

 対して、みゃーこが感じる欲求は、もっと高次元だ。自分を高めたい、そして他人すら高めたいという欲求。それは、どう考えても最低限ではない。


「怒るほどではないのですね……。分かりました、不肖ふしょう※へりくだる言い回し満野狐みやこ渡芽わため様にもふもふの刑を執行します!」


 それは、みゃーこの育てられ方を合致していた。怒るほどのことでなくとも、迷惑をかけたならごめんなさい。それだけは、何をおいても絶対。クー子すら、守っている。だから、納得できた。


「うわっ!?」


 渡芽は、みゃーこから体毛プレスを受けた。苦しかったり、痛かったりはしないように、気遣いのあるプレスである。びっくりはするが、何より感触が素晴らしかった。


「さらに……稲荷、秘奥義! しっぽこちょこちょの刑です! ほれほれ!」


 別に稲荷神族の秘奥義ではない。むしろ、善狐ぜんこになる可能性の高い狐妖怪たちの遊びである。しっぽを使って、くすぐるのだ。


「私もやっちゃうぞー!」


 クー子にも、狐妖怪な時代があった。当然、やっていた。


「あはははは!」


 笑うというのは、抵抗不可能は反応である。どうしても、笑ってしまうのだ。


「いたずらは、なりませんぞ! 反省なされよ! クー子様は、我々の生活を豊かにするために、やっているのですぞ!」


 反省を促しながらも、みゃーこはくすぐるのをやめない。

 特に、クー子が最も意識しているのは、油揚げである。みんなで油揚げパーティー、それは稲荷神族最高の贅沢である。そして、ついでに渡芽わためには人間の通貨も必要かも知れない。その確保も、目標だった。ただの、頑張るお母さんである。


「ごめんなさいしないと、ずっとやっちゃうぞー!」


 そんなことを言いながら、クー子は願わくば言わないで欲しいとも思っていた。笑っている渡芽わためが可愛らしくてたまらないのである。


「あはははは! ごめ……ごめんなさーい!」


 だが、無情にも渡芽は謝ってしまった。お仕置きだったのである。ここでやめねば、良くないのだ。


「許します! だから、後でまた遊ぼうね!」


 放送が終わり、食事が終わればいくらでも遊びの時間をとれる。でも、ずっと構ってあげられないのは、クー子にとって少し無念だ。


「渡芽様! クー子様が、お仕事の折、満野狐みやこは退屈です! 遊びの相手をお願いしても?」


 みゃーこは、実は退屈する暇などなかった。人化して、神楽の練習などをしていたのである。だが、渡芽が寂しがるなら話は別だ。神楽の練習は、言いつけられているわけではない。


「うん!」


 そして、渡芽は安心した。この場所が安全なのだと、少し理解させられたのだ。

 だって、後での約束をくれたのである。今の渡芽には、それ以上を望む心などなかった。いたずらをしてよかったと、思えたのである。


「可愛いいたずらだなぁ……」


 二人の背を見送りつつ、クー子は思わず呟いた。要するに、愛されたいということ。だから、クー子はもう愛してるよと伝えたに過ぎない。

 親子愛のありきたりな、一幕でしかなかった。

 それが、いじらしくてたまらないとクー子は思った。でも、いつまでも、いじらしい、ではダメだ。満たして、ただただ可愛らしい渡芽を引きずり出す、それがクー子のつとめなのだ。

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