第18話・渡芽

 和魂にぎたま荒御魂あらみたま。神族はこの二つに分類できる。というのも、過去の負債が原因だ。最も最初に生まれた荒御魂こそ、伊邪那美命いざなみのみことである。


 彼女は死後はまだ、和魂にぎたまであった。その醜い姿を、伊邪那岐神いざなぎのみことに見られるまでは……。


 伊邪那岐いざなぎは、二つを傷つけた。自分の中にあった伊邪那美いざなみの、どんな神よりも美しかったという記憶。そして、伊邪那美いざなみ自身の、せめて記憶の中でだけでも美しくありたかった乙女心。これによって生まれたのが、悪に属する道の数々。そして、善の大樹は反転し、根の国ねのくに※死後の世界が生まれたのだ。


 だからこそ、クー子は確認する必要があった。


「さて、最初のコマ修行が終わったから、渡芽わためちゃんの妖力を確認するよ!」


 渡芽が道入みちしおとなったか、否か。そして、それが善に属するか悪に属するか。中道は、善に属する。悪に属する道でなければ、それは和魂にぎたまとして神になるのだから。それに、荒御魂あらみたまが三級神器など着ていたら大事である。


 妖力は、その人物の道をある程度特定できる手がかりだ。確かめるためには、肉体を接触させた状態で、特殊な神術を使わねばならない。だから、クー子は狐に戻った。


「よう……りょく?」


 普通に生きていれば、そんなものはただのオカルトだ。存在を知らないまま死ぬ人間も、少なくない。


応報おうじむくいる道でありますように……!」


 みゃーこはそう祈った。渡芽わためが自分と同じ、稲荷神族いなりしんぞくならば嬉しいからである。


「手を出してね!」

「うん……」


 渡芽わためは言われたとおり、手を出した。その上にクー子が手を乗せる。ちょうど、お手をしているような体勢になってしまった。


「稲荷のみこと賜りし、道先みちさき※案内人ぞ。何処いずこ通らん、その心。何処いずこへ往かん、その道よ」


 これは、神として魂を覗くための神術。そして、術を受ける側にも拒否ができる。


「怖い……」


 それは、魂を丸裸にされるようなもの。今の自分の在り方、そして目指す先。それが全て見えてしまう。


「大丈夫……。悪い道なら戻してあげる、いい道なら案内してあげる」


 それが、道先。コマを持つ神の、役割の一つだった。


「捨てる……ない?」


 渡芽わためにとってはそれが一番怖い。渡芽わためはもう、生きることを、居ることを、許される場所を知ってしまった。もう二度と、死を間近に感じたくなどなかった。


「もちろん。だから、見せて。渡芽わためちゃんの在り方を……」


 渡芽わためは、つい最近のことを思い出した。クー子が、自分を傷つけることなどなかった。本当に、大切に、宝物のように触れてくれた。

 渡芽わためには分かっていた。これは、避けるべきでない道だと。クー子が、自分を守るための準備だと。


 で、あれば……。渡芽わための中に僅かに芽生えた欲望。それを、ぶつけるのは今ではないと思った。


「うん……」


 クー子の術によって引きずり出される、渡芽わための妖力。彼女は最初からもののけだ。だから、何もしなくてもそれを持っている。その変質が、クー子にはっきりと見えた。


「え!?」


 それは、とてつもないものだった。彼女が見たのは、あまりに壮大な道。彼女の心は、全ての道に続いていた。善も悪も、そのどれでも、いつでも渡れる可能性の道。彼女は、渡芽と言う名が示すとおりの道を形成していたのだ。


「何……?」


 渡芽わための体は震えた。それだけで、悪へと渡りかける。


「ごめんね。ちょっと、凄すぎて……。でも、すごいことなんだよ!」


 何がすごいという次元ではない。何においても、すごい道である。容易く悪に染まり得るが、主神たちすら超えかねない。その道の名は、すべなる道である。


「すごい……?」


 渡芽わためはその言葉から、喜びを感じた。自分の可能性を喜んでくれていると、感じた。それは、愛としか解釈しようもなかった。


「うん! 本当に!」


 こんなに容易く移ろう道。ならば、導けばいいだけである。でも、ほんの一抹の不安はあった。こんな道を持つコマを導けるのか……。でも、宇迦之御魂神うかのみたまのかみはクー子に任せたのだ。それが、クー子の自信だった。


応報おうじむくいる道ですか!? もしや、複数の道が!?」


 複数の道を進める道入みちしおは、とても珍しいが居る。その多くは、日孁おおひるめ神族に属しているのだ。彼らの主神は、天照大神あまてらすおおみかみ。全なる道を歩んだのは、八百万に彼女ただひとりである。


数多あまたなる道だよ! 一番すごいやつだよ!」


 クー子は興奮気味に答えた。だが、クー子はすべなる道を知らない。それどころか、知っているのは天照大神あまてらすおおみかみと直接の面識を持つ神のみである。


渡芽わため様……どうか、ここにいてくださいませね!」


 みゃーこがそう言って泣きつくから、渡芽はかすかに笑ってしまった。


「居る……」


 だって、先程まで、その心配をしていたのは自分だった。いつ追い出されるかと思っていたら、あべこべに引き止められたのだ。


「まぁ、50年くらいは最低でもいてもらわないとね!」


 それが、コマの卒業の、最短記録である。それ以内に出て行かれては、たまらないと思った。


「おばあちゃん……なる」


 少なくとも六十歳を超える。片足だけだが、おばあちゃんに突っ込んでしまう。


「なるんですか!?」

「ならないかも……」


 そんなことも、神の世界では時たま起こる。人から、現人神になって、完全に神になる。そうなったら、外見年齢は気分だ。

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