第17話・狐は賢母だらけ

 人の姿で、自分から近寄のは、入浴と着付け。その時以外は、渡芽わためがもう少し慣れるまでは絶対に近づかない。

 ただ、渡芽わためから近づいてきた場合は必ず受け入れる。そのように、クー子は決まりごとを設けた。


「すっかり綺麗になったね! 二人共、お手伝いありがとう!」


 修行ではある。だけど、神にとっては、家の掃除をコマたちに手伝ってもらったことに変わりはない。人間に例えるのであれば、子供が手伝ってくれたと同じだ。クー子は素直に嬉しいのである。


「クー子様、葛の葉くずのは様や玉藻前たまものまえ様にお便りをなされるとお聞きしました。それにて、満野狐みやこが枝を四本、渡芽わため様にはさかきをご準備いただきました」


 しっかりもののみゃーこは、準備万端である。それは、神族同士がやりとりするときに必要な材料である。必要なものは境内に揃っている。よって、その利便性は固定電話とさして変わりはない。

 今は、ほうきを使うため、クー子は人の姿であった。にも関わらず、渡芽はクー子に近寄り、さかきを手渡した。


「ありがとう! 渡芽ちゃん偉い! みゃーこも偉い!」


 クー子にとって、二人共百点満点である。もう、どうしようもなく、愛おしいと思った。


「いえいえ! あ、渡芽わため様。さかきはクー子様と密接な木です。よって、クー子様が必要となされないときは手折るたおる※手で折ることことができません。折ろうとおもって折れなくても、ご心配なされませんように!」


 さかきとして人間が使う木は、境内に数本生えている。だが、クー子が必要とするさかきは、彼女自身によって育てられたものだ。これは、神木である。よって、いたずらが不可能になっているのだ。


「うん……」


 渡芽わためは思った。神の世界とは、こんなにもなんでもありなのだと。本当にひどいいたずらは、そもそも原理的に不可能なのだと。

 そんな話をしていると、みゃーこはその枝を地面に鳥居のように並べた。


「準備万端だね! それじゃあ、二人共私の後ろに立ってね!」


 そこから、ちょっとした神事が始まった。


「はい!」

「うん!」


 それぞれに返事をして、クー子の後ろに並ぶ。右がみゃーこで、左が渡芽。右に居る方が、先輩なのである。


豊葦原とよあしはら中津国なかつくに神留坐かむずまります。稲荷のみこと賜りし葛の葉様へ、かしこかしこみ申す」

 前半は、目的の神がいる場所である。中津国なかつくに……つまり、現世に居るということだ。ここに豊葦原とよあしはらとつけると、日本を意味することができる。そして、その中の稲荷神族の葛の葉様へ、話したいことがあります。みたいな意味である。


 メッセージの内容によって申すが変化することもある。例えば、妖怪退治である。この場合、もまもうすと言う。これを、神族が使った場合は救援要請である。


『くーちゃん!? 元気してた!? 聞いたよ、妖怪退治に行ったんだって? ちょうどよかったや、今度そっちに遊びに行っていい? お土産持って行くから!』


 葛の葉は珍しく、クー子より年上である。平安時代で既に、一万歳だったのだ。

 だが、外見を言うなら、そうは見えないタイプである。童顔にして小柄、ロリでグレートマザーでババアである。なお、その文言が本人の耳に触れようものなら、かなり痛い程度に調整された天罰が落ちる。


「葛の葉様! 久しぶりです! 本当にちょうどよかった! 是非ぜひ遊びに来て欲しくて……」


 葛の葉は、引きこもり卒業の兆しを見せたクー子を褒めたい。そして、クー子は渡芽わためをとりあえず葛の葉と会わせたい。妖怪退治の時に、少し見ていてもらえるかは別としてだ。

 だから、会いたいと言う部分で二人は合致していた。


『いいねいいね! 行くよ! 明日空いてる?』


 神族は、日本にいるとフットワークが軽くなる。惟神の道かんながらのみち※神道の正式名称の神として振舞っているのが、気楽なのだ。


「あ、空いてますよ! たまちゃんにも声をかけようって思ってるんですけど……」

『お、いいね! コマ持ちになるのが決まったばかりだ! 会って、安心するんじゃない?』


 葛の葉は、コマ育てのプロと言っても過言ではない。故に、コマの困り事は、葛の葉に聞けというのが稲荷神族の常識だ。


「じゃあ、声かけますね!」

『うん! じゃあね! あ、みゃーこ! 明日が楽しみだよ!』

「はい! 葛の葉様、満野狐みやこも楽しみです!」


 と、満野狐みやこが言っている途中に、切れてしまった。葛の葉の性格は、稲荷神族の謎の一つである。せっかちかと思えば、一週間ぐらい世間話をしていたりするのだ。


「人……?」


 渡芽わためはそれが心配だった。まだまだ、人は怖くてたまらない。


「狐だよー! 人は来ないよー!」


 これまで、人間がクー子の幽世かくりよに来たことはない。人型の神も来たが、主に正一位しょういちい及び従一位じゅいちいの神である。


「安心……」


 そうつぶやいて、渡芽わためは少しほっとした顔をした。

 それを確認したクー子は、次に声を掛ける予定の相手に同じことをする。


高天ヶ原たかまがはら神留坐かむずまります。稲荷の命賜りし玉藻前たまものまえ様へ、かしこかしこみ申す」


 今度は、高天ヶ原たかまがはらにいる相手に呼びかけるために、祝詞のりとが少し変化した。

 例え、玉藻前たまものまえ相手でも、しっかり様をつけて呼ばねばならない。電話番号を省略できないのと同じである。

 なお、たまちゃんなどのニックネームで呼びかけられるようにする案は、現在奏上そうじょう中だ。クー子的には神全員がLinneを始めればいいと思っている。

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