第16話・お毘売さま

 次の日、朝一番に天拵あまぞんから荷物が届いた。神々の着ている衣服、それはひとつ残らず神器である。布と見えたとて、侮るなかれだ。同じように、神器でなければ斬ることはできない。


 今回、クー子が買ったのは水干すいかんが5着、巫女装束が2着である。この、巫女装束は、最近は神でも持っていることが多い。神職が不足していて、女神が境内を掃除する際に擬態として着用するのである。そして、それがきっかけで、コスプレの定番としても用いられるようになった。神は、日本だと、超くつろいでいるのである。故に、基本的に日本に居るのだ。


渡芽わためちゃーん! お着物届いたよ!」


 クー子は、巫女にあこがれがあった。クー子の幽世かくりよに繋がる社に、神職が居た試しはない。神主でも良かったのだが、巫女も捨てがたいとクー子は考えていた。

 あと、巫女服はみゃーこ用に関しては、数年前から持っている。一人既に巫女がいても、なお憧れが衰えていないだけである。


「着物? 私……の?」


 渡芽わためは驚いた。服など、以前はボロを二着持つのみだったのだ。


「うん! 渡芽わためちゃんに着て欲しくて、奮発ふんぱつしちゃった!」


 その服は、神々の衣服の中でも高級品である。七夕伝説に登場する、織姫。彼女が作ったものが一着紛れている。問答無用で三級以上に分類される神器だ。一級まで成長する器すら持っている。人の世で例えるならば、皇室御用達な衣服だ。やりすぎである……。


 それ以外も、かなり高級品であり、布切れを持つだけで加護があるような品である。


 それを、次々と衣桁いこうという、着物専用のハンガーにかけてゆく。


「どれ?」


 クー子があまりにいろいろかけていくものだから、渡芽わためたずねた。


「全部!」


 クー子は、もう買っちゃっていたのである。織姫……天棚機姫あまたなばたひめ作を除いて返品可能だ。だが、渡芽には全て受け取って欲しいと思っていた。


「ふわー……」


 そこに、みゃーこがあくびをしながらやってきた。そして、その光景を目撃して思ったのである。懐かしい……と。

 みゃーこもこの洗礼を受けていた。


「嘘……」


 渡芽わためは断定する。信じられるはずもなかった。

 着物……見たことのない衣服ではあるが、美しいのは一目瞭然。なにせ、本物の天上の衣だ。


「嘘じゃないよー! 今日はどれ着る?」


 そんな物を、もらえる。それは、想像とは少し違うタイプのお姫様である。むしろ、お毘売ひめさまだ。


「壊れた?」


 渡芽わためは、世界が壊れたのだと思った。なにせ、地獄の底に居たと思ったら、今は極楽浄土ごくらくじょうどである。極楽の方がかなり正しい認識であるため、普通の人間でもそう思う。


「お狐わんわん、人になーれ!」


 その時、みゃーこは人化して、押し入れを開いた。そこは、もはやウォークインクローゼットである。ただし、和風の……。

 この時は、みゃーこは、しっかりと意識してわんわんと言っていた。


 その中を見て、渡芽はぎょっとした。同じくらい美しい服が、たくさん入っていたのだ。

 普通に神の基準でやりすぎだが、それでもクー子の日常である。渡芽わための服も、時間経過とともにこれから増えていくのだ。さすがに天棚機姫あまたなばたひめ作はそこまで増えないが……。


「あ、今日着ないのは、あそこにしまって置くからね!」


 渡芽わためは理解した。天に召されたのだと……。

 あながち間違っていない。なにせ、神の世界に居るのだ。ただ、間違いと言える部分は、渡芽わためはまだ普通の人間であるということ。


「私……の?」


 であれば、納得が行った。極楽なら仕方がないと。


「うん、今日着たい服を選んでね!」


 クー子が言うと、渡芽は巫女服の一つを選んだ。それが、天棚機姫あまたなばたひめ作である。


「綺麗……」


 それは、渡芽わため高天ヶ原たかまがはらに着て行っても、恥をかかないものである。少なくともコマでいる間は。

 神になったら、流石に水干すいかんの方が良い。


「じゃあ、それにしよっか!」


 と、言った次第に、渡芽わためが今日着る服が決まり、クー子がそれを着付けた。

 ただ、着付ける時は、どうしても人間の体が必要だったのだ。でも、渡芽わための恐怖はクー子に対してだけ薄れ始めていた。急激に愛情を注がれた結果である。


 その巫女服は、白衣しらころも緋袴ひばかまに、千早ちはや羽織はおり水引みずひきまである。つまり、フルセットだ。だが、今は基本の白衣と緋袴のみを着せ、髪に水引みずひきをつけた。既に、荒御魂あらみたまでもないと彼女を傷つけられない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 着替えて何をするかといえば……。


「今日は、境内けいだいを掃除します! 一緒にやってくれる?」


 そんな、くだらないことだった。


「もちろんですとも!」


 と、手を上げるみゃーこ。


「うん……」


 渡芽わためは戸惑いつつも、初めてのコマ修行である。

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