第15話・満野狐の道

 放送は渡芽わための負担を考えて、早々に切り上げた。コマを育てに、妖怪退治、クー子は大忙しである。


 育てる、育児と言えば、母親は食事に気を揉むものだ。クー子も例外ではない。昨晩は、白身魚でタンパク質を摂取させた。朝食は卵、昼食はグズグズに煮たささみ肉だった。では、どこまで渡芽わためが腹を壊さずに済むのか、それが悩ましかった。

 子供の成長には、タンパク質が必要不可欠。毎食食べさせたいのが、クー子の本音である。


 台所ではクー子は人型、自分からは渡芽わために近づくことはできなかった。代わりに、二人の間を取り持つのはみゃーこである。

 彼女の欲求は、高次のものに至るまで、満たされている。頼られることによって満たされ続ける、自己承認欲求。そして、それを成し遂げて満たされる、自己実現の欲求。みゃーこにはもう、自分自身が満たされたい欲求が残っていなかった。それは、道を駆け進むようなこと。神への羽化が、急速に近づいていた。


「クー子様。お昼に食べたササミが渡芽わため様のお気に入りだそうです! しかし、違うものを出してはどうでしょう、鶏肉で……」


 いい案である、クー子はそう感じた。


「じゃあ、ササミでつくねを作ってみようかな!」


 グズグズに煮た鶏肉より固形に近い。でも、渡芽わためだって食べられるはずだ。食感を楽しみ、もっと豊かに食事を楽しんでもらいたい。それは、クー子の願いである。


「良案でございます! 満野狐みやこは、つくねうどんが大好きです!」


 クー子は、鍋とうどんで迷っていたところ、みゃーこが答えをくれたのである。


渡芽わためちゃんも気に入ってくれたら嬉しいよねー!」


 作るものが決まれば、材料をかき集めるのは簡単である。ダブルドア氷室ひむろ、神様だからこそ作れる、現代より優れた冷蔵庫である。どこが優れているかというと、電力が不要な点だ。高龗たかおかみ神族のつくる神器であり、5級に分類されている。


「ところで、勿体無いのでは?」


 急に、みゃーこがそんなことを言いだした。


「何が?」


 そう訪ね返して、得られたのは、またしても良案だった。


「クー子様はお料理上手でございます! ならば、ここはひとつ、お料理の姿も、人の子に見ていただけば!」


 それを聞いて、クー子は感じたのだ。


「油揚げが近づく!?」


 と……。もはや革命である。単なる日常生活の一部、渡芽わためが居る今、どうしても避けて通れないもの。それが、油揚げへの道を開いたのだ。


「いかがでございましょうか?」


 大したことを言ったつもりのないみゃーこ。


「天才! 油揚げの道入みちしお様!」


 あまりの脳内革命に、クー子はみゃーこを褒め殺しにした。


「そ、そうでございますか……!?」


 みゃーこもは、自分がどれほどの偉業いぎょうを成したのか、それに自覚が全く追いつかなかったのである。


「うん! みゃーこ大好き!」


 クー子は、あまりに気持ちが高ぶり、みゃーこを抱き上げて、その腹に顔をうずめた。


「離してくだされー! わははは! くすぐったいですー!」


 時に、妖怪でない狐であれど、笑い声を上げる。それは、狐の特徴の一つでもある。狐は、妖怪でなくとも笑い声を上げるのだ。


「あ、ごめん……。つい」


 仕方ないのである。コマがいい提案をして、喜ばない神族は、そもそもコマを持てない。二人のコマを任せられるクー子は、それが少し強めである。


「お褒めいただいたことは満野狐みやこの誇りとします……。では、満野狐みやこ渡芽わため様と遊んでまいりましょう! 寂しい思いは、もうさせませぬ!」


 他人の幸せを願う。そんな、自己を超越した欲求を抱き始めるみゃーこには、ただのコマでいられる時間はあまり残されていなかった。クー子は、それに気づき、クー子の方が少し寂しくなってしまったのである。


「よろしくね!」


 そう言って、背を見送った。コマの成長は、早いなと思いながら……。


「さて!」


 口から気合をひねり出し、たすきを締めて料理にかかる。今回は動画として、公開するつもりだ。


「コンコンにちはー! 料理動画もこれから出していこうと思います、クー子です! 今日作るのは、つくねうどん! きつねうどんと、ちょっと語感が似てるよね? 実は、油揚げを手に入れられないきつね妖怪たちの代用品の一つです! レシピはこちら!」


 神族というのは、本当に便利だ。編集などしなくても、空中に妖力でレシピを出せばいい。ただ、生放送でこれをしてしまうと、狐バレの可能性があると感じて動画にしようと考えたのだ。

 クー子は、料理の注意点を喋りながら料理を進める。出汁をとって、味を整えて。めんつゆなど使わない。これが本当の手作りだったのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日、食卓にてクー子は言った。


「次の妖怪退治、みゃーこも来ない?」


 それを行えば、ただのコマは卒業。成りコマと呼ばれ、神族としての功績こうせきが直接受け取れるようになる。


渡芽わため様が寂しがるのでは?」


 みゃーこの心配はそれである。一日ですっかり、姉のようになったのだ。


葛の葉くずのは様に来てもらってもいいし、たまちゃんがコマを持つようになったらその子ともお友達になって欲しいなって思うんだ」


 玉藻前たまものまえも、葛の葉くずのはも、またそのコマも。全ては、狐だ。渡芽わためが恐れる人間はいない。


「帰る……くる?」


 渡芽わためは不安だった。一度行ってしまえば、クー子は戻ってこないのではないか。そう思ったのだ。


「帰ってこないと死んじゃう!」


 それでも、その決断はクー子の成長だった。以前は、こんなにも気軽に、他人を呼ぶ決断をしなかった。まるで、コマに育てられているようだとすら思った。


「大丈夫でございますよ! クー子様の本性は、引きこもりでらっしゃいます! 必ず、帰ってきますとも!」


 それに、今すぐという話でもない。妖怪など、現代では珍しいのだ。よって、次の退治までたっぷりと時間がある。


「みゃーこひどい!」


 と、言って笑った。渡芽わためは、声は出さないものの、ほんの少しだけ顔がほころんだ。


「なんにせよ、次の退治の時に決めさせていただいても?」


 みゃーこは、どちらかといえば足手纏あしでまといとなる。守られつつ、見て学ぶという段階だ。


「うん、もちろんそれでね!」


 クー子自身も、次に行く時に決めるつもりだった。それまでに、葛の葉くずのはを呼び、玉藻前たまものまえを呼んで、渡芽の気持ちも整えるつもりだったのだ。

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