第14話・神話の目撃者(ガチ)

 みゃーこは、既に一人で入浴ができる。と言っても、一緒にお風呂に入るなどというのは、強烈な愛情表現だ。それは杞憂きゆう※いらぬ心配であるが、それでもクー子はみゃーこが嫉妬しないかを少し心配した。


 それと同時に、考えた。渡芽わためは、食べ物であれば何を好むのか。また、人の世の物を欲しがるのではないかと。

 とりあえず目下の問題は渡芽わための服である。みゃーこのでは小さいし、クー子のでは大きい。それはとりあえず天拵あまぞんに発注し、今はクー子の服をなんとか着せている。


 育てるコマが二人になると、考えることは二乗である。これは、葛の葉の言葉だった。

 兎に角とにかく、今は、クー子もVTuberをやめることはできない。それによって得られる、人の世の通貨はふたりのためにも必要なものである。

 その、具体的な獲得方法を、わかってもいないくせにである……。


「コンコンにちは! クー子です! 油揚げ大好き、お狐妖怪! 今日も、楽しく配信しちゃうよ!!」


 クー子は特に放送の内容などは決めていない。VTuberであれば、ゲーム実況などが主流だが、クー子が知っているVTuberは陽だけ。陽は……陰陽師系おんみょうじけいVTuberである。あまり、実況をしないのだ。


みっちー:今日も見に来ちゃった! 相変わらず、すごいモデルだね!

そぉい!:本当に謎よなぁ……。どうやって動かしてるんだろう……。

ポリゴン:いやもうほんとに……。毛の一本一本に大量のポリゴンと、ボーンが組み込まれてるとしか思えない……。


 基本的なVTuberのポリゴンモデルを構成する頂点のこと数が10万から15万。だが、頭髪は10万本である。尻尾の毛という話になれば、もっと数が増える。それを足しただけで、VTuberの基本的なポリゴン数を大幅に超えることになる。どんな演算能力のパソコンを使えば、それが動くのだという話だ。


「手作りだもん! うごくよー!」


 だが、そもそも、クー子の体には物理演算ではなく、物理現象が直接作用している。

 神族基準の美貌びぼう※ヲタク用語で顔がいいと、人間とは異なる身体構造。どちらも揃えば、それが現実だと誰も思わないのだ。そう、神族や陰陽師おんみょうじ以外……。


デデデ:うっそおい! 超美麗3Dにもほどがあるだろ!?

秋葉孔明:どうやってこんなの作ったんだよ!?


 実のところ、みっちーという視聴者は企業勢のVTuberのサブアカウントであり、もうひとつの顔だ。超大手VTuber事務所、株式会社秋葉家。VTuber事務所が、広域指てぇてぇ暴力団と呼ばれる原因となった企業だ。その、代表取締役の、3Dモデラーとしての顔。それが、みっちーである。

 クー子は、とんでもない団体に目を付けられていたのである。


「て、手作りだよ!」


 そんなこと、クー子は露知つゆしらずだ。必死に、本当の空狐ではないと表現しようとする。

 そして、視聴者は、手作りとは企業秘密のことだと理解した。


みっちー:まぁ、おしえてくれないよねー……。

ポリゴン:どこで、モデル作成依頼できるんだろ……。

I・K:いや、売ってもらっても動かせんだろ?


 視聴者は順調に増えていった。情報は二つの経路で拡散されている。

 秋葉家経由と、モデラー経由。今は、3Dモデルとしてのクオリティが高すぎることが主な話題だ。

 だが、この日、クー子の話題の種類が増加する。

 みゃーこたちの物音を、クー子の妖術マイクが捉えてしまったのである。


そおい!:男か!?

デデデ:いや待て! ペットかもだろ?

ポリゴン:ヤコちゃんかもしれねーだろ!

I・K:hmhmヤコちゃんなる人物がいるのか……

秋葉孔明:神仏じんぶつである可能性……


 秋葉孔明は、前情報を得ていた。同一事務所のみっちーから、裏で話を聞かされていたのだ。としても、神仏じんぶつとは言い得て妙である。クー子の知り合いには、仏としての顔を持つ神も居るのだ。

 そして、デデデだ。彼は、炎上を瞬間的に防いだのだ。


「そうだ、紹介しよっか! ヤコちゃーん! わたー! 入ってきて!」


 そう、声をかけてからクー子は一言。


「わんっ!」


 人化を解いたのである。

 さすがは神、そしてさすがはネット初心者である。リテラシーなど存在しない。

 ふすまが開かれる。カメラが渡芽わためを映す寸前に、クー子はその頭に木の葉を乗せた。


「コンコン!」


 人化の前段階、幻術をクー子は渡芽にかけた。これにて、渡芽は別人の姿になった。この幻術は、木の葉などを使わないといけないのである。

 視聴者は、新しく二人が放送に加わるも、それどころではなかった。


I・K:狐形態があるだと!?

ポリゴン:ヤバイ! こんな立派な狐いるわけないのに、説得力がヤバイ!

そぉい!:マジで空狐なんじゃね? 妖術で配信してるとか?

デデデ:究極にもふい

秋葉孔明:なるほど、アクセサリーの呼び出しワードを決めてあるのか……。


 個人勢の、しかもVを名乗っているだけのUtuberが、VTuber最大手に影響を与えた瞬間でもあった。


「紹介するね! こっちの狐がヤコちゃん! 初配信の時に名前が出てたでしょ?」


 クー子はコメントなど見ていなかった。

 クー子が紹介すると、みゃーこは前足をちょこんと上げる。


「ヤコです! 野良の狐妖怪でしたが、今はクー子様の狛狐こまぎつねをやっております!」


 コメントはみゃーこの愛くるしさに加速する。しっかりと手入れをした狐というのは、それだけで可愛らしい。しかも、みゃーこの場合、礼儀正しいのだ。


「それで、こっちがわたちゃん。この子がいるときは、私は狐の姿になるの!」


 渡芽のハンドルネームは考えていなかった。よって、苦し紛れに名前を縮めることにしたのである。


「わた……」


 そして、小首をかしげる渡芽。

 視聴者は既に、炎上騒ぎを起こすどころの話ではなかった。なにせ、渡芽わためは巫女服風の幻術をまとっている。

 世界観が、完成していた。まさに、神話の1ページだった。というか、本物の神話の1ページである。

 神と、神にならんとする妖怪、そして神に助けられた人間。その本物が、妖術によって配信されているのだ。映像を見ただけで、霊験れいけんあらたかなのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る