第12話・狐に養子入り

「あの、本当に大丈夫ですか!? もうすぐ、高天会議じゃ?」


 現在午前六時三十分。神の時間感覚がバグっているせいで危機感を感じるのだ。高天会議は午前九時から、そして主神ともなれば、距離などあってないようなものだ。

 二時間半前、クー子のそれを二十歳の人間に例えるのであれば、感覚的に一分前だ。慌ててしかるべきである。


 そんな折、宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、クー子の幽世かくりよ縁側えんがわでお茶を飲んでいた。

 逆に宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、昨今の多忙につき時間感覚に変化が起きた。


「十分もあれば、会議の準備は充分さ! 最近気付いた!」


 ちなみに宇迦之御魂神うかのみたまのかみは年齢が、27億歳である。これは、シアノバクテリアが地球に現れた時に生まれたということになる。地球の、植物の歴史を全て知った生き証人である。


 故に、宇迦之御魂神うかのみたまのかみの時間感覚はとんでもなくバグっていた。だが、あれこれやっていると、時間は感覚よりもう少しゆっくり進んでいることに気づいたのだ。

 なお、シアノバクテリアが生まれたから宇迦之御魂神うかのみたまのかみが生まれたのか、はたまたその逆か……。それは、神族永遠の謎である。


「そ、それならいいんですけど……」


 そんな折、居間から声がした。


渡芽様わため!? ヨダレが! 満野狐みやこの尻尾がベトベトです!!」

 どうやら、クー子の尻尾枕が無くなって、渡芽わためはみゃーこの尻尾を枕に選んだようだ。

「あはは! 駆兎狐くうこ、こりゃ洗ってやらなきゃだねぇ!」

「そうですね!」


 その程度のことでみゃーこが怒らないというのは、二柱とも知っていたのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、その圧倒的経験から、ほとんどなんでもできる。人化も、自由自在だ。毛皮や口元は狐、そして骨格はほぼ人間。そんな都合のいい人化もお手の物だ。

 一方クー子は、中間を作り出すのは無理だった。よって、完全な狐姿で居間に戻った。


宇迦うか様!!??」

 宇迦之御魂神うかのみたまのかみの尻尾は狐界一美しく、また特徴的だ。五穀それぞれの色の毛が、美しく入り混じる尾を持っている。だから、一目見れば誰でもわかるのである。

 狐は九尾……900歳までは尾を増やすが、それ以降は減らすのだ。3000歳以上は一本が常識である。


「うか……さま?」


 そう、知っていればだが……。


「うん、宇迦うか様だよ! お米とか、お野菜とかの神様!」


 知らない渡芽わためにクー子は説明する。


「駆兎狐だって、そうじゃないか!」


 植物のことは、とりあえず稲荷神族に頼めば良い。肉は、国常くにたち神族が畜産担当、諏訪すわ神族が狩猟担当である。


「そんなこと言ったら、みゃーこだって最近御利益出せるようになりましたよ!」


 みゃーこも、成長中だ。まだ、25歳。それにしては、目覚しいのである。


「とまぁ、あたしはその米や野菜の神のまとめ役! 宇迦之御魂神うかのみたまのかみっていうのさ! お稲荷いなりさんでお馴染みの、狐だよ!」


 伏見稲荷大社などの中の人が、ここに降臨しているのだ。渡芽には分かっていないが、人知を超えた出会いである。


「かみ……さま?」


 渡芽わためは訊ねた。


「そうだとも! でもね、このクー子も立派な神さ」


 まだ神と呼べないのは、ここに置いて満野狐みやこのみである。


「そう……なの?」


 渡芽わためは神に助けられた子である。人類で最も死から遠い。


「そうだよー! ここには、神族しかこないよー!」


 なんなら、玉藻前たまものまえも神であるし、陽は……現人神あらひとがみ寸前だ。そもそも、ここは聖域中の聖域。いかなる邪も、ここでは瞬く間に消え失せる。


満野狐みやこ……も?」

「あ、満野狐みやこはまだ修行中です! 狛犬こまいぬをご存知ですか? 満野狐みやこはクー子様の、狛犬こまいぬならぬ狛狐こまぎつねです!」


 狛犬こまいぬが有名なだけで、コマは犬限定ではない。なんなら、人ですらコマになることがあるのだ。要するに、神様から教育と庇護ひごを受けていれば、それはコマである。


「コマ……?」


 そう言って、渡芽わためは自分を指さした。


「ち……」


 クー子が言いかけるのを遮って、宇迦之御魂神うかのみたまのかみが言う。


「まだ違う。でも、あんたはそうなりたいかい? なったら最後、人の世には戻れないよ?」


 宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、クー子が言葉足らずになってしまいそうなところを補ったのだ。


「戻る……嫌」


 そうだろうなとは、クー子は予想していた。少なくとも今は、戻るなんて恐ろしすぎるはずだと……。


「そんじゃ、クー子。面倒見てあげな!」


 宇迦之御魂神うかのみたまのかみがそう言った。それは、クー子の予想しないことだった。


宇迦うか様、たまちゃんのコマはどうするんですか?」

 玉藻前たまものまえのコマになると思っていたのだ。彼女は、コマを持つのにふさわしい。


「そっちはもう決まってるのさ。東京に尾崎おざきになっちまった狐がいてね。それを、善狐ぜんこに戻してもらいたいのさ」


 それも、玉藻前たまものまえなら適任だと、クー子は感じた。尾崎とは尾崎狐おざきぎつねのことであり、悪狐あくこの一種だ。



「ダッキーはどうします?」


 妲己だっきも一応コマを持った経験がない。従一位の癖に、である。

 葛の葉くずのはという狐が正二位の有名どころだ。コマを3回卒業させた実績を持っている。従一位でもおかしくないのだが、人間の子を産んだため、昇進が見送られているのである。


「あいつは、まだコマはダメだね! でも、真意を先に言いな!」


 クー子は、既に別れるなら涙である。


「あ、はい……。途中で取られることがなさそうで安心しました!」


 これ以上、情が沸こうものなら、クー子は絶対別れられなくなるところだったのだ。助けた日の、押し付けとは違う。今度は、奪われる可能性を潰していたのである。


「いて……いい?」


 クー子は目線を渡芽わためにあわせた。


「居て欲しいな。ずっとね……」


 渡芽わためは、クー子の仮のコマとなった。一年出ていこうとしなければ、本当のコマになる予定だ。


「んじゃ、あたしは帰るよ! どうせあんたなら、立派に育てるってわかってるから! でも、大事にしておやりよ!」


 それに関しては、絶対に抜かりのないのがクー子である。


「うん! 立派な稲荷いなりになってもらいます!」


 ただ、クー子にはそんな教育しかできないのであるが……。

 帰った、そう思ったとき宇迦之御魂神うかのみたまのかみは戻ってきて言った。


「あ、クー子。次やったら拳骨ゲンコツだからね!」


 それは、真意を先に言わないことで渡芽を傷つける行為に対してだ。


「は、はい!!」


 次にやるときは、クー子が過剰な罪悪感を負うことになる。そんな、予言でもあった。

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