お狐家族日誌

第11話・主神賢母

 次の日のことである。


 クー子は強烈な神通力を感じて目を覚ました。ただ、そこに在るというだけで、世界の法則になるほどの力。

 クー子はその力を知っていた。


 飛び起きて、みゃーこと渡芽を確認した。二人はまだ起きていない。おそらく、力は自分に向けてのみ放出されている。呼ばれているのだ。

 クー子は静かに少し離れて、それから駆け出した。途中人化して、力の源に会いに行った。

 それは、幽世かくりよの入口に居た。


宇迦うか様!!」


 顔を見たとたん、クー子はこらえきれず抱きついたのだ。

 宇迦之御魂神うかのみたまのかみ稲荷神族いなりしんぞくの最高位にして正一位の位を持つ神族の最高位である。油揚げを独占している側になってしまった神の一柱でもある。

 だが、それには理由があるのだ。宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、油揚げを配給制にしたい。そうでもしないと、全ての稲荷神族いなりしんぞくに行き渡らないからである。しかし、それは神族の法に特例を設けることになる。よって、法案が通らないのである。

 もし、普通に神族の市場に油揚げを流したら、それを買い占めてしまうのが妲己だっきという神だ。妖怪の時代に一つの国を牛耳ったその財力は、計り知れない。

 妲己だっきと、玉藻前たまものまえ。実は別人物である。


駆兎狐くうこ、久しぶりだね! 2年ぶりかい?」


 2年ぶり。クー子の感じるこれの感覚を人間に治すと、一ヶ月ぶりですらかなり大げさだ。


「そのくらいですねー! あ、お忙しいって聞いたのですけど。おかわりありませんか?」


 実際、宇迦之御魂神うかのみたまのかみは二年前から多忙を極めている。だが、彼女は正一位……主神だ。故に、何でもありである。


高天会議たかまかいぎの前だからね。来た! そうそう、話したいことが二つあるんだ」


 現在午前四時である。宇迦之御魂神うかのみたまのかみが起こさなければ、クー子は寝ていた。


「はい! お時間が許されるのであれば!」


 クー子は、宇迦之御魂神うかのみたまのかみを敬愛している。応報おうじむくいるる道の唯一の完全踏破者にして、クー子を育てた神である。


「じゃあ、まず一つ目。クー子、外に出たね! 人間を怖がっていたのに、協力までして、偉いじゃないないか! あたしは、鼻が高いよ! それこそ、天狗になっちまうくらいだとも!」


 そう、宇迦之御魂神うかのみたまのかみは、クー子を褒めに来た……というのが、半分だ。


「運も良かったんです! 出会った人間は、みんないい人でした! 祓魔師ふつましの方は、ちょっと日本語が変わってましたけど……」


 祓魔師ふつましに関しては、運が悪かったのだと思う。日本語で略語を使う。それ自体は、日本語という言語に対する親しみだ。だが、選んだ言葉が悪かっただけである。


「まぁ、二人共道入みちしおさ。悪いわけもないね! でも、道入みちしおじゃなくてもいい人間はいるものだ。駆兎弧くうこには、それを見つけて欲しいって思うよ……」


 正一位の神、こうしているとただのいい母親である。親子の概念は彼女だけにはある。なにせ、彼女には親神おやがみが居るから。


「分かりました!」


 宇迦之御魂神うかのみたまのかみが居ると言えば、それは居るのだ。なにせ、彼女の目は、世界の端まで届く千里眼だ。


「それじゃあ、二つ目だ。こっちは、あんたが助けた女の子について……」


 そして、もう半分の来訪理由。


「は、はい!」


 クー子は緊張した。なにせ、特殊な場合を除いて禁止されている、神隠しを行ったのである。


「あんた、不安がってる子供の前で押し付け合いしてるんじゃないよ! むしろ、取り合いな! ああいう子はね、不安なんだよ! 愛してもらったこともない、生きてることが許されないんじゃないかって思ってる! だから、うちの子になって欲しいって全力で伝えな! 問題が出たら、あたしが解決してやるから! もし、人の世に戻さなきゃならなくても、あたしがやるから!」


 だが、宇迦之御魂神うかのみたまのかみが怒ったのは神隠かみかくしを行ったことではなかった。渡芽わために不安を与えてしまう可能性があったこと、それを怒ったのだ。

 クー子には、それがわかる経験があった。故に、クー子の中でふつふつと罪悪感が湧き上がった。

 徐々に青ざめていくクー子の顔、それを見て宇迦之御魂神うかのみたまのかみはクー子に拳骨ゲンコツを落とした。

 クー子は、びっくりして、頭を抑えて彼女を見た。


「ごめんなさい……」


 ただ、クー子の心は、拳骨ゲンコツを受ける前よりずっと晴れやかだった。


「いいさ。仕置は受けたんだ! あんたも反省しているし、これで説教は終わりだよ!」


 宇迦之御魂神うかのみたまのかみ拳骨ゲンコツは、過剰な罪悪感をはらうためのものだったのである。


「うん、もう絶対しません!」


 クー子は宇迦之御魂神うかのみたまのかみから見たら、まだまだ子狐だ。これからも、成長していく。そもそも、彼女自身が、自分ですら成長中と思っているから余計に。


「よし! あたしのコマだっただけあるね! あの子のことは、神倭かむやまと家に話を通しておくよ。だから、あの子の名前を教えておくれ」


 神ともなると、名前の一部を知れば、個人を完全に特定できる。


「えっと、本当の名前がわからなくて……。渡芽わためちゃんって、呼ぶことにしてます」


 それが、ニックネームや、仮の名前であってもだ。


「わかった……。ん? それが、真名まなになってるよ……」


 ただ、渡芽わための場合は、その名前が魂の最奥に刻まれていた。道を進むと思い出す、神になった時に名乗る名前、それが真名まなである。

 渡芽わためにとって、その名前をもらったのが嬉しすぎたのだ。故に、無意識に、その名前を魂に刻んだのである。


「え!? ちゃんと、名前考えたかったのに……」


 クー子は、渡芽わためのためにもっといい名前を、考えるつもりでいた。だから、それを少し残念がった。


兎に角とにかく、その渡芽わためって子とは、話さなきゃいけなくなったね……」


 真名は道に入る第一歩になったりする。道に入る方法も、道自体も無数にある。だが、稲荷神族いなりしんぞくのそばにあって道入みちしおとなれば、宇迦之御魂神うかのみたまのかみは放置できないのだ。

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