第8話・今更

 行きは音速、帰りは背負った少女のためにゆっくり歩いたクー子。ようやく幽世かくりよにたどり着いたのである。


「お帰りなさい! クー子様! ……背中に、どなたか?」


 帰ってきたクー子を見てみゃーこは背中の少女に気がついた。


「ただいま! 困っちゃったんだよ! 出た妖怪が塗仏ぬりぼとけでね、憑依ひょういされちゃってたから、親元にも返せなかった……」


 そう言って笑うクー子を見て、みゃーこはとってもクー子らしい行動だと感じた。そして、今平気な顔で人間を自分の背に乗せていることも、クー子らしい。


 それでも、みゃーこは敏いだった。助けるのに精一杯で、怯えるどころではないクー子の心がわかった。クー子は今、いっぱいいっぱいなのだ。


「とりあえず、お布団にご案内しましょうか!」


 幽世かくりよの中、神社のような一軒家。そこで、みゃーこは待っていた。ただ、待っているだけではなくできることをしていたのだ。

 八畳ほどの居間、そこに布団が敷かれていた。少し曲がってはいるものの、みゃーこが一人で頑張ったのだと思うと、クー子は少し感動したのである。


「お布団敷いてくれたんだ? ありがとう!」


 クー子は少女を布団に寝かせた。

 そして、クー子は全ての危機を脱する。みゃーこという存在がクー子にとって、どうしようもないほどの安心だったのだ。

 神がコマを愛するのではない。コマが神を愛するから、神はコマを愛さずにいられないのだ。それは、クー子の子育てから宇迦之御魂神うかのみたまのかみが手を引いた時の言葉だった。


「何の! しかし、大丈夫でございますか? 人の子で、ございます……」


 みゃーこには、一つだけ急がねばならないことがあった。少女の目が覚める前に、クー子がこの少女が人間であることを理解させなくてはならなかった。

 少女が目覚める前ならまだ、みゃーこが代わりに受け止めればいい。クー子の人間に対する恐怖を……。


「そ……そうだよね……。人間だ……。人間……」


 気を抜いた瞬間ふつふつと湧き上がる恐怖。その根本にあるのは、まだ子狐だった頃の記憶だ。

 ただ役に立ちたかっただけ。役に立とうと、頑張っては失敗を繰り返してしまっただけ。それなのに、クー子はあっという間に村八分にされた。

 村人にとっては、ただの愛玩動物あいがんどうぶつだったのだ。クー子が夜な夜な害獣を追い払っていることなど知る者はいなかった。


 おそらく、クー子のそれが知られていれば、村人たちがクー子を許していれば。きっと、家守神族の主神はクー子になっていただろう。

 だが、そうならなかったのは、クー子が愛されていたのではなかったからだ。ただ、愛玩されていただけだからだ。

 そのせいで、クー子は一度荒御魂あらみたまになりかけたのだ。


「はい、人間です。ですが、外はどうでしたか? 時代は、変わったのではありませんか?」


 みゃーこが拾われたのは、ここ20年のことである。故に、朧げながら一昔前の中津国なかつくに※現世のこと記憶があった。クー子よりは今に詳しいのである。

 その時、折り良く、Linneの通知音が鳴り響く。クー子はLinneの利用は始めたものの、友達は陽だけである。


『すまない! 一応あのあと、ダメ元で親に相談の電話をかけたけど、俺が育てるのはやっぱり無理だ!』


 そんなの、わかりきっているのに、陽は確認をしてくれた。それが、クー子には嬉しかった。

 説明だって難しかったはずだ。冷静に考えれば、子供を拾いたいなんて話をどう説明するのか、クー子には思いつかなかった。 

 でも、陽はそれをやったのだ。きっと、いらぬお叱りを受けただろう。


「人も妖怪も、一緒なのかな?」


 クー子はみゃーこに訊ねた。みゃーこは心が先に育った。体はまだ追いついていない。


「ええ、いろいろなのでございます。同じと言えるものはございませんとも! 悪弧あくこもおれば、善狐ぜんこもおります。神に近づいて、稲荷の戸を叩く狐もおります。満野狐もクー子様も他の皆も違うのです!」


 みゃーこは着実に道を進んでいく。稲荷に愛されて育ったコマとしても、誇らしいほどの成長だった。


「よく考えたら、今日人間といっぱい出会ったや! 今更、怖がれないね!」


 それは、とても強引な暴露療法ばくろりょうほうだったのである。

 それでも、クー子の手は未だ震える。やはり、人間が怖いのだ。それでも、陽という人が居た。クー子は人間に対して、恐怖と同時に希望を抱き始めたのだ。


「良き出会いでもあったのでございますか?」


 みゃーこは、クー子をどこまでも信頼している。自分を愛さなくなる可能性など、毛ほども考えない。誰かに取られるなんて、発想がない。


「うん! あ、陽ちゃん、稲荷神族いなりしんぞくじゃなかったよ……」


 だが、代わりにみゃーこは、どんなどうってことないところでショックを受けた。


「そんなの、嘘でございます!!!」


 でも、クー子は、陽がそのうち稲荷神族いなりしんぞくになるのではないかと思っている。なにせ同じ道の道入みちしおだから。

 クー子は陽にLinneを返す。

『ごめんね、無理に確認してくれてありがとう。あとは、あの子の意思に任せることにするよ! 稲荷神族いなりしんぞくになっちゃったりして……。追伸:敬語やめてくれてありがとう。神罰、怖かった?』


 それから、クー子はみゃーこに話した。陽のことを、出くわした可笑しな祓魔師ふつましのことを。

 みゃーこは陽のことにはショックが大きかったが、祓魔師ふつましのことは笑って聞いていた。意外にも、クー子たちを救った最後の言葉は祓魔師ふつましの“パパ活”発言である。


 真面目な話に潜む、とんでもなくくだらないことは、ときに心を和ませるのだ。

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