第7話・安倍ちゃん

 祓魔師とは別れ、クー子と陽は歩いていた。ふたりの帰る方向は同じだったのだ。これは、偶然ではない。

 クー子がもしも、荒御魂あらみたま※荒ぶる神だった場合、高天ヶ原たかまがはらの主神格が討伐しなければいけない存在だ。そんな存在が、住んでいる。それだけで、周辺地も霊的な重要度が上がる。陰陽師おんみょうじとしては放置しておけない場所になるのだ。だから、陽はクー子から見て一番近所に住んでいる人間である。


「陽ちゃん……なんだよね?」


 道中、クー子はようやく、積もり積もった疑問を解消できる事となった。


「あ、あぁ! まぁ、その中の人だ。んで、もしかして放送見て駆けつけたのか?」


 今回に至っては、神族と誤認していたことが幸いした。少女に憑依し、現出した塗仏はかなり大きかった。陽も一人では危ういと思っていたのだ。神族と誤認して確認に来たクー子がいなければ、死んでいた可能性も低くはない。


「うん、陽ちゃんのこと稲荷神族いなりしんぞくだと思ってた……」

「うぇ!? なんで!?」

「むしろ、なんでそんなに神様のことよく知ってるの!? 人間でしょ!?」


 そう、陽は人間であるとしたら神に対する知識量がおかしいのだ。少なくとも、永和の世の人間では絶対にありえない。

 クー子は陽を人間と言っているが、クー子は陽の声を稲荷神族のものとして聞いてた時間が長い。思考が勝手に稲荷神族いなりしんぞく認定しているのだ。


「あー、若干なぁ……。前世の記憶があるって言ったら信じる?」


 クー子はむしろ、無いと言われた方が信じられなかった。


安倍晴明あべのせいめいなんでしょ?」


 なぜなら、前世にアタリをつけていたから。


「一発であてんな!」


 それは、正解だった。むしろ、ほかに候補がいないのだ。神に近い人間で、神倭かむやまと家じゃない。そんな人物は、一人しかいないのである。


「まぁ、それで、どういうわけか女になっちまったんだよ……。最悪だ……」


 クー子は、陽のその言葉で考えた。きっとそれが晴明に足りなかった、道の最後の一歩なのだと。神族には父性的考え方も、母性的考え方も、両方必要だ。だから、人間であれば大概の人は両方の性を経験する必要がある。晴明はママとしての経験が足りなかったのである。

 だが、クー子はそれを陽に教えない。教えてしまえば、道の踏破を遠ざけてしまうから。


「でも、稲荷神族じゃなかったんだね……。知ってる? 陽ちゃんって、神族の教育番組的扱いを受けてるんだよ? 神族だって思ってるコマがたくさんいる!」


 そして、クー子の正体がバレる相手は、そういった相手だ。あと、この陽や神倭家である。


「マジかよ!? チャンネル登録者数が一気に伸びた日があったけどそれって……」

「多分、私が新しい妖術を奏上した日だね!」


 その言葉を聞いて陽は口をあんぐりと開けた。


「お前の神族での立場って!?」


 奏上……つまり、主神格に提案ができる。そんなの、神の中でもひと握りである。


宇迦之御魂うかのみたま様の元コマだよ!」


 宇迦之御魂うかのみたまのコマというだけで神としては箔がついている。だが、元がつくのが、より驚嘆に値するのである。即ち、ヤバイ。


「高位神族かよ!?」


 正一位が主神であり、従一位がその側近である。一位とつく神族は基本的に高天ヶ原たかまがはら在住だ。玉藻前たまものまえは現在、従一位である。


「うん! 正二位」


 そもそも、人間は神族の全容を把握していない。よって、過去に朝廷がつけた神階は不完全だったのだ。大国主おおくにぬしが、ゆっくり神託を下そうと考えた弊害である。


「俺のリスナーどうなってんだよ……」


 陽には朗報である。陽のチャンネル内ではクー子が一番神階が高い。それ以上の神は存在しないのだ。

 だが、悲報である。玉藻前がコマを持つようになったら、間違いなくチャンネル登録を行うだろう……。


「だって、コマたちに聞いて欲しくなるようなこと発信してるもん!」


 言うなれば、陽の放送の一部は、神のコマ向けの歴史の授業である。


「陰陽話やめよっかな……。あ、て! 俺、二位様になんて口を!?」


 陽も恐縮の至だ。だが、こと稲荷神族には恐縮する必要がない。


「やめてよ、両方! 一緒に田植えした仲じゃん!」


 日本では、豊穣神は田植えをする。野菜も植える。大和民族と豊穣神は、一緒に泥まみれになった仲なのだ。と言っても、田植えにはクー子本人は参加していない。参加したのは、他の稲荷神族である。


「それって、何年前の話……ですか?」

「まぁ、三千年行かないくらい前からの話だよ! それより、敬語やめて!」


 神族にとってはそれが、一代の間だ。そもそも神族は代替わりしないのだから。


「おぉ……時間のスケールがちげぇ……違いますね……」


 と、陽は思っていた。


「なんで敬語なの!? 平安時代くらいだったら、まだ一緒に田植えしてたじゃん!」


 だが、陽も当事者の時代の人間である。ただ逆に、平安時頃は、クー子が当事者ではない。ひきこもりだった時期だ。


「いや、田植えしたことない……ので」


 安倍晴明は京在住だったのである。

 そんな話をしていると、陽の家と道が別れる場所までやってきた。


「あ、そういえばお別れか……。Linneリンネやってる?」


 近年では仕事のやり取りなども、これで行うようになったアプリケーション。SNS、Linneである。


「やって……ますけど。やってるんですか!?」


 クー子はすっかり現代人の側面を帯びていた。神族一のネットユーザーの名は伊達ではないのである。


「うん! ほい!」


 クー子が言うと、画面が空中に浮かぶ。その画面の機能は、パソコンでありスマートフォンでもある。


「神って何でもありですか……」


 それにはさすがの陽もドン引きだった。

 陽とクー子はそこで別れた。別れた直後、クー子は陽にLinneでメッセージを送る。ご丁寧にスタンプ付きで。


『次会うとき敬語使ったら、神罰だからね!』


 クー子はそれを落とす権限がある。が……、大したことをするつもりはない。クー子が人間に対して行えば、お尻ペンペンも一応神罰である。

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