第6話・教活

 拍手が突然鳴り響いた。

 こんなタイミングの来訪者、一気に増大しすぎる世界のエントロピーにクー子は少し辟易した。


「素晴らしい! けものだけを綺麗にはらうとは……天使様では?」


 表現者の文化が変われば、表現に用いる言葉が違う。日本で妖怪として扱われるそれは、海外ではけものとして扱われる。


「魔術師ッ!」


 クー子は誤認し、そのまま突進した。そして、木に押さえつけ、首元に縁月えにしのつきを当てる。クー子の思考は真っ黒に染まっていた、人間に対する恐怖すら塗りつぶされていたのである。

 縁月えにしのつきは青銅製のものであるが、ただの青銅と思ってはいけない。幾多の祈りを受け続けた神器だ、壊れることは決してない。二級の神器ならば、もはや不壊だ。


「うっ!?」


 確認すれば、魔術師と思ったそれは男だった。身長180センチほどの白人の……。


「答えろ! なぜ、天照あまてらすの瞳を狙う!? 事と次第によっては……」


 そこまで言いかけたところで、先ほど共闘した少女が声をかけた。


「待て! その人、魔術師じゃない。多分、ヴァチカンの人だ」


 現在、魔法が地位を保っている国がいくつかある。ヴァチカンはその一つ、白魔法、祓魔ふつまの国だ。


「そう! そうなのだ! 私は……活中なのだ!」


 魔術師がそう発言した瞬間、ふたりはじっとりとした目を祓魔師ふつましに向けた。

 最初に口を開いたのが少女。


「お宅の宗教、同性愛も売春も、大罪じゃなかったか?」


 パパ活、それは一般的には男性との援助交際の隠語いんごとして捉えられる。


「なぜそんな話になる! 敬愛けいあいすべきのための活動! すなわち、パパ活であろう?」


 表現者の文化が変われば、表現に用いる言葉が違う。


「勘違いして襲ってごめんなさい。でも、あんまり、大声でいうことじゃないと思うなぁ……。援助交際は、今は外聞が悪いらしいよ?」


 そこにとてつもないすれ違いが起きていたのである……。

 クー子は遥か昔から生きている。途中、戦国時代もあった。小姓こしょうにも、そういった側面があった。だから、クー子は時代が時代でなければいいと思っている。そもそも、それが勘違いと知らずに……。


「あ、いやこちらこそ混乱させてすまない。それよりも、パパだ! ローマ教皇猊下だ!」


 そう、ヴァチカン人がパパという言葉を使うとき、それは教皇きょうこうを指す。


「お前、変なところで豪運発揮してるんじゃねぇ!!」


 外国人が日本語を勉強し、略語に手を出した。その最初の単語が、パパ活だったのだ。


「なんだ……勘違いか……。でも、次からは、教活にしとこ?」


 クー子は、祓魔師ふつましが敵でないと気付いた時から、彼の外聞を気にしていた。


「いや、それはそれで……って、何やってる?」


 少女はクー子に訪ねた。クー子は先ほどまでとり憑かれていた少女を、抱え上げていたのだ。


「いや、こんな小さな子が塗仏に憑かれたんだもん。親元には絶対返せないじゃん。虐待されて、死んじゃうと思うよ?」


 塗仏ぬりぼとけ、今回クー子が祓った妖怪の名前である。塗仏ぬりぼとけは、死の恐怖に対面している人物にのみとりくことができる妖怪だ。少女は、死の恐怖に対面していたのだ。それは、親が親として機能していない証拠だ……。


「教会孤児院で預かれますぞ!!」


 と、祓魔師が言うが……。


「あー、法律違反だ……。児相か?」


 それが、法的に正しい行動である。


「それも無理じゃない? この子、もののけだよ?」


 もののけとは、半分だけ妖怪の人間を指す。

 そもそも少女は塗仏の中にあった。命だってただじゃ済まない。それをなんとか救うために、塗仏が持っている妖力を利用する必要もあった。塗仏の力はどうあっても、消してはならなかったのである。


「ふむ、それでは教会には置けません。役に立つとおもって出てきたのに、申し訳ない……」


 この祓魔師ふつましは、日本的に言えばキリスト教が示す慈愛いつくしみあいの道の道入みちしおである。よって、その性格は善良だ。だが、教会にはルールがある。そのルールではこの少女は半分はけものであるとして扱われる。道入みちしおとなっていない教会関係者には、この少女は恐ろしくてたまらない存在になるのだ。


「というわけで陽ちゃん! よろしくね!」


 そう言って、クー子は少女を、共闘していた少女に差し出した。クー子は彼女が陽であると確信している。

 本当はクー子は確認したいことが山ほどある。疑惑に関して言及するより先に、少女のこれからを決めることが優先されているのだ。


「いや、無理無理無理! 俺、JKだぞ!? 子供なんて、育てられるわけねーじゃん! それに法律違反!」


 そう、それは無理難題である。だが、クー子にそんなものがわかるはずもない。クー子はJKほどの見た目の一万歳超えを山ほど見てきた。なんなら、神族には外見が幼女だとしても、地球史を全て見てきた生き証人がいる。


 そこで、もののけであっても陰陽師の下なら人間として生きられると思ったのだ。


「でも、私はコマしか育てられなもん……。法律の問題は何とかするから、お願い!」


 そう、いざとなれば法律に特例を認めさせることができる。それが、神族である。


「まさか……神倭かむやまと家?」


 それは言うなれば、裏の皇室である。道入みちしおとしての力が必要なとき、天皇陛下の神事を影から助ける働きをするのである。

 その血筋は、須佐之男命すさのおのみことの直系である。また、三種の神器の本物はこちらの家が保有しているのである。


「うん、宇迦之御魂様うかのみたまのかみ様に頼んで神倭かむやまと家と交渉してもらうから!」


 これで、法律的な問題は解決である。だが……。


「いや、それでも無理! JKだもん! コマ育てられるなら、人間の子供もそう変わんないから!」


 それでも、クー子には人間の子供を育てられるとは思えなかった。


「うーん……仕方ない。でも、一応陰陽師おんみょうじさんいろいろあたってみてくれない?」


 人は、人として幸せになるべきと思ったからである。


「いや、陰陽師おんみょうじってもう俺と神倭かむやまと家しかいないが?」


 今の日本、それが現実である……。正式に陰陽師おんみょうじとしての道入みちしおとなっているのは、ただそれだけだ。

 後にクー子はこのことを宇迦之御魂神うかのみたまのかみからこっぴどく叱られることになる。

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