第4話・神様向けの教育番組

 神々の世間話は長いのである。だが、人生の内世間話をしている比率で考えればごく短いということになるだろう。そもそも、クー子は現在三千歳である。水田が生まれた頃から生きているのだ。

 農業が始まる前の豊穣神ほうじょうしん……。氷河期末世においては氷を溶かすために力を使っていた。やがて、氷河期が終わると、食べられる作物の種が決して途絶えぬように力を尽くしていたのだ。


 クー子は豊穣神ほうじょうしんがが最も尊ばれるようになった。そんな時代に稲荷神族いなりしんぞくに加わった古いコマである。時間の感覚など人間とは全く違うのだ。

 玉藻前たまものまえが帰った後で、ふたりはくつろいでいた。みゃーこはクー子の


「さーて、はるちゃんやってるかなぁ……?」


 陽……それはクー子がVTuberを名乗ろうと思ったきっかけである。

 クー子は妖力を電波に変換した。この妖力通信、実に1Pbpsの通信速度が実現できてしまうのである。Pとはペタである。ギガ……テラ……その上のペタである。


「クー子様、お好きですね!」


 クー子の幽世かくりよ、二人しか常在していないが、そこでVTuberはブームである。主にはるであるが……。


「みゃーこは好きじゃない?」


 道入みちしおは神に近づいていく在り方の生物を指す。つまり、みゃーこは道入みちしおだ。そして、クー子は神格を有している。


「好きですよ! 同じ稲荷神族いなりしんぞくですしね!」

「そうだねー! いつか会いたいねぇ」


 二人はそう思っている。だが、事実はそれと異なるのだ……。

 空中に妖術の板が浮遊する。映し出されたのは、またしても狐系の少女だった。

 彼女は白狐、耳も尻尾も真っ白である。尻尾ランキングで玉藻前たまものまえといい勝負をするとは……クー子の見立てだ。


『……さて、今日は……陰陽師おんみょうじについて話していこうと思うぞ! 陰陽師おんみょうじは基本的には古式こしきカウンセラーなんだ! 不安だなぁ、とか。怖いなぁ、とか。そう思うものに名前と形を与えて、退治する。そうやって安心してもらうのが、陰陽師おんみょうじのお仕事だ! 基本的にな!』


 男性的な語り口だが、女性である。ポニーテールでセーラー服で白狐な男性口調のJK退魔師たいましという極めて濃いキャラクターである。クー子は彼女を見て、VTuberが耳と尻尾のある人でもできる仕事だと認識したのだ。


「あ、挨拶あいさつ聞き逃しちゃった……」


 クー子は普段待機組である。今日は玉藻前たまものまえとの世間話が理由で遅れてしまっただけである。


「クー子様、陰陽師おんみょうじは彼女の言うとおりの仕事をしていたのですか?」


 みゃーこは訪ねた。陽の言葉は、妖怪を信じない人に向けた、陰陽師おんみょうじの説明である。


「うん、そういう仕事もしてたってたまちゃんから聞いてるよ! でも、普通に妖怪退治しっかりやってくれてたって! 特に安倍泰親やすちかって言う陰陽師おんみょうじはすごかったらしいよ!」


 安倍泰親やすちか、安倍晴明の五代の子孫である。安倍家は、陰陽師おんみょうじとして最強と言っても過言ではないだろう。特に晴明は、次の世にて神に至ると目される人物である。


「なるほど、陰陽師おんみょうじというのは大忙しなのですね! そして、陽様は、古参の稲荷神族いなりしんぞくの方なのですね!」


 陰陽師おんみょうじが栄えたのは主に平安時代まで。みゃーこにとっては古参も古参である。


『んで、誰かのために何かをする。そんな時にもらえるときは見返りをもらう。恩を着せないために。これを自分の心の在り方にする。これが、応報こたえむくいみちって昔は言われててな。まぁ要するに、道徳心がある人だよねってことだよ! 訓読みなのは、神道の用語だからだ!』


 彼女も思わないだろう。自分のVTuberチャンネルが、神族の教育番組的な扱われ方をされているなどと。

 実際、彼女のチャンネル登録者の内、わずかではあるが神がいる。そして、稲荷神族いなりしんぞくであると思っている神はその中では珍しくないのだ。

 応報こたえむくいみち稲荷神族いなりしんぞくが神になるときに踏破する道でもあるのだ。


「そうだよー! いっぱい神様を助けてくれた逸話いつわがあるんだもん!」


 話は戻り陰陽師おんみょうじの話である。神と陰陽師おんみょうじは仲がいい。一部の神器はそれによって陰陽師おんみょうじ下賜かしされたままになっている。


「なるほど! 陰陽師おんみょうじ様もお仲間なんですね!」


 誤解はどんどん深まった。


「うん! 多分はるちゃんは、陰陽師おんみょうじを復活させたい稲荷神族いなりしんぞくの人だと思うの!」


 もはやはるが人間であると、チャンネル登録神でありながら認識している者はいない。


『んで、キリスト教は自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよじゃん? これ、日本だと慈愛いつくしみあいの道って言われるんだ! 実はこの道の神様もいてね、大国主おおくにぬし様がそうなんだよ! 大黒様って言ったほうがわかりやすいかな?』


 神族の目線でそれは正しかった。実は、大国主は現在の天照大神あまてらすおおみかみ名代であり、ユダヤ教が誕生した時代の高天ヶ原たかまがはらの……いわば内閣総理大臣のような役割だったのである。


「おぉー! 大国主おおくにぬし様はとても優しい神様なのですね!」

「そうだよ! 怪我とかも治してくれたりするしね!」


 そう因幡の白兎に描かれるように、大国主おおくにぬしは治療に助言や助力をくれる。要するに高天ヶ原のお医者さんである。

 大黒神族は神族の病院に行けば、必ず一人は居る存在だ。ただし、心配性が多いのは要注意である。


『んじゃ、今日はこの辺で! 雑談タイムに移ろうか!』


 陽がそう言うと、チャット欄がコメント溢れる。


大黒ヨモギ:今回は大国主様の話も聞けて良かったです! いつも楽しく拝見させてもらっています!

シロ:大黒様……一番お会いしたい神様だなぁ……

日孁おおひるめあけび陰陽師おんみょうじを再び大々的に人の子が名乗ってくれると嬉しいですね!

稲荷クー子:今日もみゃーこと二人で見ました! いつも勉強になります!


 そう、神族のコメントで……。

 妖術によるインターネット接続は、神族の間で一般化している。クー子が発案し、それを宇迦之御魂神うかのみたまのかみ高天ヶ原たかまがはらで議題にして、採決された。

 よって、現在神族に浸透しつつあるのである。

 はるの気づかないところで……。

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