第4話 肩慣らし
スーパー・コノミーに向かう途中、ガタガタと感じる振動は、車が揺れているからなのか、自分が震えているからなのか。どちらかわからないくらい、奏太は動揺していた。
赤地に白抜きのハートマーク。そこにコノミーと赤字で書かれた見慣れた看板が見えた。
開店時間前、コノミーには人の気配がまったくなかった。三〇台ほどの小さな駐車場には、車が一台も停まっていない。
ゲンさんは駐車場を突っ切ってコノミーの入口まで来ると、急ハンドルを切り車を反転させ、後ろから入口に突っ込んだ。奏太は、慌てて背中の鉄パイプにしがみついた。
大きな音とともに、ガラスが粉々に飛び散った。
電灯の点いていない薄暗い静かな店内に、バックドアの開く音だけが響いた。
「ソウタ、やろうぜ!」
バックドアから降りた奏太は、ギターを構えてアンプの電源を入れた。手の平にびっしょりとかいた汗のせいで、ピックがしっかり握れない。
「弾くって、……どんなん弾けばいいんだよ?」
「いつもみたいに、思いっ切り掻き鳴らしゃあいいんだよ!」
ゲンさんが叫んだ。
グゴッ、ゴッ、ビーィィン……。
奏太は思いっきり鳴らそうとしたが、指が震えて絡まってしまう。コードがきちんと押さえられない。
アンプから流れる頼りない音に、何かが反応した。
ガサ、ゴソと聞こえる。うなるような声とともに、ゾンビがだらしなく立ち上がった。
その数、十数体! ふらふらと、しかし確実に、ゾンビたちは奏太に歩み寄ってくる。
「ひぃぃっ!」
奏太は恐怖のあまり、近づいてくるゾンビを前に立ち尽くしている。
ゲンさんは運転席から飛び降りると、奏太に駆け寄り、平手打ちを喰らわせた。
「おいっ! このままじゃあ、俺たちはゾンビに食われるぞ! それでいいんか? 俺じゃあ倒せん。お前がやるんだ! こいつらに、お前のギターをぶちかましてやれっ!」
ゲンさんの平手打ちで、頬がしびれて燃えるように熱い。
奏太は、カッとなってゲンさんを睨みつけた。ゲンさんは、近づいてくるゾンビを気にもせず奏太を睨みつける。
このままじゃあ、やられる! そんなのはいやだっ!
奏太は、素早くアンプに向かうと、ボリュームをいっぱいに上げた。キィィーンというハウリング音が耳をつんざく。
一番近くに来たゾンビがゲンさんに襲いかかろうとする。
奏太は深呼吸をする。ゲンさんはゾンビに背中を向けたままだ。
ゾンビがゲンさんに牙をむいた、その瞬間!
グッギャァァーーーン!
爆音のノイズが、店内に響き渡る。
ゲンさんに襲いかかろうとしたゾンビが、頭を撃ち抜かれたように、後ろに反り返りながら倒れた。緑色の液体が後頭部から噴き出す。倒れていく瞬間、ゾンビに喜びの表情が浮かんだように見えた。
続く一、二体も同じように、バタバタと倒れる。
他のゾンビもギターの音に引き寄せられるように近寄ってくる。目を輝かせながら……。そして、奏太たちの目の前で次々とぶっ倒れていった。
恐怖と快感が入り混じって、訳がわからない。奏太は、ただ無我夢中でギターをかき鳴らした。
ギャァァーーーン! ギャィーーーン……
「もういい、奏太。よくやったな」
ポンと肩を叩かれて、ようやく奏太は我に返った。
目の前には、ゾンビが積み重なって倒れている。奏太はすっかり放心してしまい、その場で座り込んでしまった。
ゲンさんは缶詰や酒、菓子など食料をボストンバッグに詰め込んだ。
荷物がいっぱいになると、今度は倒れている数体のゾンビのポケットから財布を取り出し、金だけ抜き取って財布をその場に捨てた。
奏太は、なんてことするんだと思ったけど、何も言えずにただゲンさんを見つめていた。
「ゾンビに金は必要ないだろ。だが、俺たちには必要だ」
●ギター関連用語
【ピック】弦をはじくために使うもの。さまざまな形、固さ、色などがある。
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