第2話 ゾンビ化
ロクゲン楽器は三階建てのコンクリートの建物だ。その隣に三台分の駐車場とガレージがある。
ゲンさんは、ワンボックスをガレージの中に停めるとシャッターを閉め、室内の灯りを点けた。
奏太はここ数分間に起きたことでパニックになっていて、体の震えが止まらない。
ゲンさんは壁に立て掛けてあるパイプ椅子を二つ組み立て、ひとつを奏太に渡した。
「まあ、座れ。少し落ち着け」
奏太は椅子に座ると、大きく深呼吸をした。膝がガクガク震えるので、両手で押さえつけた。ゲンさんは煙草に火を点けると、奏太をじっと見た。
「お前、なんにも知らないのか?」
「うん、夜十時ごろからずっと弾いてたから……」
「呆れた奴だなあ」
ゲンさんは煙草の煙を鼻と口からもわっと吐き出しながら、苦笑いを浮かべた。
非常事態が起こったのは昨夜の十時頃。
突然街中の人々が変貌しゾンビ化した。ゾンビは普通の人々の肉を喰らい、一度でも噛みつかれると、同じようにゾンビ化して街をさまよう。
コロナウイルスの突然変異だとか、ゲームのように大企業の陰謀だとか、SNSで噂が飛び交っている。
この事態は世界中に広がっているようで、数時間前に一足早くアメリカでゾンビが増殖し始めた。すでに軍隊は出動しているようで、国民も銃を構えてゾンビと応戦しているとのこと。
ただ、日本は緊急対策本部が設置されたという話以外、具体的な対応策はまだ発表されていない。
銃を持たない日本人は、なんの反撃もできない。ただ安全な場所で息を潜めている以外、今のところ手立てはないようだ。
「ただ、アメリカのツィートで面白い情報が入ってきた」
奥二重で無精髭をたくわえた大柄なおっさん。
ゲンさんは、ミュージシャン時代アメリカにいたこともあるので、英語は堪能だ。そこだけは羨ましいし、少しだけ尊敬している。
話はこうだ。
オースティンの野外音楽フェスの最中に、大勢の観客の中から十数名が突然ゾンビ化し、会場はパニックになった。ところが、ゾンビたちはバンドの音に吸い寄せられるようにステージに集まり、スピーカーの近くにいる奴らから次々と倒れていったらしい。
その時の映像もいくつかアップされている。確かに、ゾンビたちがステージの前で面白いようにバタバタと倒れていく。
ゲンさんのタバコ臭い息を我慢しながら、奏太はノートパソコンから流れる映像を食い入るように見つめた。
このような現象は、ロサンゼルスやシアトルなどアメリカ各地のフェスやストリートでも起こっている。
ところが、全てのライブでゾンビが倒れるわけではない。ゾンビがステージに上がってきて、アーティストに噛み付いたりしてるケースもある。
いくつかの映像を見た後にゲンさんが言った。
「この違いがわかるか? ソウタ」
「うーん、何だろう。……弾き語りやジャズっぽいことやってる人は、襲われちゃってる気がする」
「そうだ! もっと正確に言うと、奴らはロックでぶっ倒れているんだ。しかも、ギターがばりばりにノイズ効いているやつにな」
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