響撃クライベイビーズ

懲りた猿

第1話 非常事態

 日比木奏太は、高校一年の二学期から不登校になった。


 理由はいくつかあるけど、一番は気の合う友だちができなかったことだ。

 奏太は中学の頃からロックに夢中で、七〇年代から九〇年代のロックギタリストたちが彼の憧れだ。でも、そんな話を同級生にしたところで、誰も話し相手になってくれない。

 アニメやゲームのキャラに憧れてコスプレに夢中になることと、歴代のギターリストに憧れてギターに夢中になることは、全く同じことなのに。が、コスプレと違うのは仲間がいない。これは重大な違いだ。

 クラスで音楽の話になっても、JポップやKポップ。残念なことに、七〇年代のロックアルバムについて熱く語り合ってくれる同級生はひとりもいない。

 自然と奏太の相手をする友だちはいなくなり、いつの間にかすっかり孤立していた。虐められているわけではないので、学校が辛いわけではない。

 でも、つまらない。絶望的に退屈なのだ。もう学校に行く楽しみなんてどこにも見つからなかった。

 だから、奏太は学校を居場所にするのをやめた。シンプルな話だ。

 


 今日も明け方まで、ヘッドフォンを付けてギターを弾きまくる。

 ギターは、春から始めたピザ屋のバイトで稼いだ金で買ったFenderのJaguarだ。中古だけど八万円もした。

 ゴゴゴッ、グッギャァァーーーン、グッギャァァーーーーン!

 ヘッドフォンから脳の中に突き刺さるエッジの効いたノイズは、奏太にとって極上の点滴だ。電気のような成分が血管中に巡り、鳥肌が全身を駆けめぐる。

 うぉぉぉ、たまらない。ずっと、このままでいたくなるのだ。

 奏太がいる二階の部屋の窓がぼんやり明るくなり始めた。ふとスマホを見やると、通知が三つ入っている。何だ? こんな時間に何の用だろう。

 母さんから一件。

「危険。家の鍵を閉めてどこにも出るな」

 そして、ロクゲン楽器のゲンさんから二件。

「おい、無事か? 今、家か?」「おい、生きてるんか? とにかく連絡しろ」

 ……危険? 無事? 生きてる? もう、なにがなんだか訳がわからない。その時、突然電話が鳴った。ゲンさんからだ。

「はい、奏太だけど」

「おぉっ、奏太! 無事だったか! よしっ、いいか、よく聞け! 今から迎えに行くから、ギターを用意しておけ。十分以内に着く」

 奏太の返事を待たずに、ゲンさんは電話を切った。心臓がバクバクと飛び跳ねている。脇下はいつの間にか汗でびっしょりだ。スマホには緊急アラートが表示されている。

 

 ◆◆◆非常事態。九月二〇日二十二時頃、凶暴化した人物が全国各地で出没。原因は不明。各自安全な場所で待機し、外部からの侵入者に厳重に警戒せよ◆◆◆

 

 なんだこりゃ? 一体どうなってるんだ!

 あっ、母さんは? 奏太は階段を飛ぶように降り、母さんの寝室のドアを開けた。居ない! まだ帰ってきていないんだ。メッセージはもう何時間前のものだった。もしかしたら、まだ店にいるのかもしれない。

 母さんに電話をした。何度コールしても出ない。ああ、クソッ!

 どうしよう、どうしよう! 落ち着け、落ち着け! ひとりで母さんの店に行くか? いや、よくわからないけど、それは危ない気がする。

 ……うん、今はゲンさんを言うことを聞くしかない。

 きっと、そうだ。そうしよう。奏太は部屋に駆け上がると、急いでギターをソフトケースに押し込んだ。ソフトケースのサイドポケットにピックやチューナー、新品の弦、シールドなど思いつくものを詰め込んだ。

 しかし、何でこんなときにギターを持ってこいなんて言うんだろうか……。



 数分後、クラクションが鳴り響いた。

 窓から見下ろすと、一台のワンボックスが停まっている。クリーム色のボディーに赤文字で斜体で「ロクゲン楽器」と大きく書かれてある。いつ見ても恐ろしくダサい。運転席からゲンさんが右手を突き出して、早くこいと手招きをする。

 ギターを担いで家を出る。後部席のドアを開け乗り込んだ。

「ソウタ、お前の母さんはどうした?」

「電話にちっとも出ないんだ。店にいるのかもわからない」

「そうか……」

 ゲンさんは残念そうな表情を浮かべ、ちっと舌打ちをするとアクセルを踏んだ。

「母さんが心配だろうが、まずはうちに連れて行く」

 奏太は黙ったまま、いつもと変わらない明け方の街を眺めていた。 



 道路を走っているのは、この車だけだった。

 大通りの交差点を曲がり片道一車線の道路を百メートルくらい進めば、ロクゲン楽器に着く。奏太は、前方の道の真ん中を酔っ払いらしい男がふらふらと歩いているのを見つけた。奏太は思わず叫んだ。

「ゲンさん、危っ!」

 ゴンッ! ドカドカドカッ! ワンボックスと男が激しく衝突した。

 倒れた男をワンボックスが踏み越えたので、車が大きく揺れ、足元に嫌な振動が伝わった。奏太は、声が出ない。振り向くと、道の真ん中に男がうつ伏せで横たわっている。ぴくりともしない。

 ゲンさんは、興奮して肩で息をしている。

「ゲンさん、今、あれ、あああ……」

「うるせえ! 説明はあとからする。今は黙ってろ」

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