彼女の再考

BQQ

第1話

 昨日今日で結果が出せるものではない。と西條将美は走りながら考えていた。

そして、走りはじめてまだ一週間、自分はここで根をあげるようでは男ではないと。こう至るにはもちろん訳があった。大学時代の仲間と飲みに行った際に一人に言われた言葉が西條の心に火を付けた。早い話嫌味を言われてそれが癇に障った。

それは嫉妬ではなく羨望の眼差しもあっただろう。そして、馴れ合うお互いを知った馴染みだから言える事だと思いたい。が、陳腐な皮肉の言葉を流せればその場だけの笑い話で終わっただろう。確かに以前より金回りは良くなった。否定はしない。仕事が増えて日々の生活に追われることは無くなった。衣服は変わらないが、その代わりに体重は増えたのは確かだった。仕事が増えれば付き合いが増える事と西條はそう考える。実際にそうだった。癇に障ったのはそれだけではない。その発言には同調者がいた。飲み会に参加していたのは男だけではなかった。紅一点はその仲間のアイドル的な女性だった。大学時代に西條と交際をしていた。美人で頭も良く、才女で通っていた。それは西條にとっても自慢の彼女だった。今でも気兼ねなく会える仲間の一人でお互いに独身の身であるから顔を合わせれば西條の中では多少の未練が残る。

西條たちが大学生だった当時は就職氷河期。新卒採用の就職は順調というわけではなかった。お互いに就職活動に奔走した。そのうちに、自然と疎遠になっていった。

 そうしているうちに、西條が先に就職先が決まった。それがより、彼女との距離を遠くさせたかもしれない。その後、彼女から西條の下へ都内の小さな事務機器メンテナンスの会社に就職が決まったと連絡があった。しかし、彼女ほどの才女がいくら就職難の時代とはいえ、名も知れぬ零細企業に就職とは少しばかり寂しい気持ちになった。これが失われた二十年かと。当時は失われた十年と呼ばれていた。それほどに当時の日本が疲弊していた。しかし、周囲の心配をよそに彼女は何処へ行っても彼女だった。仕事は猛烈に出来たのだろう。そして得意先であった大手の総合商社にヘッドハンティングされた。その後、出世をした。今では女部長だ。仲間内では最も出世したのではないか。そんな、西條から見て評価が著しく高い女性に、先の皮肉を同調されては、見返してやろうと思わざるを得なかった。四十なった中年が考えるとすれば幼稚に思える。正直くだらないが、しかし、男の動機は年齢に関係なく幼く単純である。

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