3
輸送船の周辺と内部にニゲイターが居ない事をマトリとコヨイが確認し、ミオリを降ろす。
内部は一切の人気が無く、生き残った非常灯などの薄明かりだけが灯っている。
「……み、皆さんは、いらっしゃらないみたい……ですね?」
そろそろと、おっかなびっくりミオリが破壊された船内に足を踏み入れる。前方にはコヨイ、後方にはマトリがそれぞれ付き、周辺を警戒しつつ声を掛けた。
「索敵はリアルタイムでしてるからそこまでガチガチに緊張しなくても大丈夫よ、そこの角からいきなりニゲイターが飛び出してきたりはしないわ」
(……最も、人間の生存者の反応も無いんだけど)
口元まで出かかった言葉を何とか飲み込む……も、前から声。
「でもさ~、生体反応も無いよ? 乗組員どこ行っちゃったのさ?」
その言葉にミオリの肩がびくりと跳ねる。マトリが大きくため息をついた。
「あのねぇ……人がせっかくちょっとは気を効かせたってのに」
「あ……あの? やっぱり、父上様達は、もう?」
「いやいや、落ち着いて……とりあえず、現状では最悪の状況では無いわ」
歩みを進めながらマトリが説明を始める。この船に入るのは初めてだが、同型の輸送艦は何度も利用しているため、ミオリの案内も必要無い。
「でも……誰も見つかりませんよ? 父上様も、会社の皆さんも、どなたも! 人っ子一人ですよ!?」
叫ぶミオリの目には一杯の涙が溜まっている。マトリは『落ち着いて』とジェスチャーで彼女を制する。
「だからよ……よく見て? 通路は落下の衝撃による損傷はあるけど、ドアをこじ開けた跡や弾痕みたいな侵入痕や戦闘痕は無いし、血痕も死体も残されてない。少なくともニゲイターが侵入して暴れ回った可能性は低いわ」
ふんふんふん、と首も千切れそうな勢いでミオリが頷く。いい感じに気持ちがそれた事に内心安堵しつつ、マトリが続ける。ちなみにコヨイは心底つまんなそうな顔で壁の亀裂を12の犠牲者の柄でなぞりながら歩いていた。
「つまり、乗組員は脱出までは無傷だったって事。脱出艇への直通回線や追跡用のパスは救援が来た時の為にブリッジに残しておくのが普通だから、それを確認しましょう」
「えっと……救難信号を確認するのは分かったんですが、それってあなた方の船から確認できないんでしょうか?」
「向こうがニゲイターに拾われる可能性を無視して回線をオープンにしてて、なおかつニゲイターがなぜか妨害電波を出してなければ可能だけど、どちらの可能性も低いでしょうね」
「なるほどー、勉強になります……これから必要になっちゃうかもしれませんし、ね」
しみじみと呟くミオリの表情がまた曇った。そしてそれを見逃すラズルダズルの二人では無かった。
「こらーっ! さっきから顔が暗すぎるぞミオリっちーっ!」
「わ……うわわ、うわわわわぷっ!」
巨大なマシンアームで器用にミオリを引き寄せたコヨイが、ミオリに引っ付く。体格と比べるとかなり自己主張した胸に押し込められたミオリが苦しそうな声を出しているがどこ吹く風だ。
「なぁに政権交代みたいな顔してるんだよぅ! ま~だまだまだ社長交代って決まった訳じゃ無いじゃん? これからじゃんじゃん勉強してけばい~~~~~のっ!」
「ぷはっ! いえ……でも……」
何とかコヨイの胸から脱出したミオリが一息つく。……が、当たり前だがその表情はまだ晴れない。
ミオリの言葉が形になる前に、マトリが柔らかな笑顔で声をふさぐ。
相方が作った隙に追撃を入れるのが重要な仕事なのは、戦う時だけではないのだ。
「大丈夫よ、貴方達が雇った傭兵だって…………腕前だけはちゃんとしてる、から」
コヨイが爆笑。ミオリは困惑。マトリは無視。
「家の部隊が救出作戦に重要な物ベスト2に上げてるもの、何だと思う?」
突然投げかけられた質問に、ミオリが眉を顰める。
「えっと……強力な装備と正確な情報? …………でしょうか?」
「それも大切、いい線行ってる……答えは」
「絶対無事だー、必ず助かるぞーっていう楽観!」
コヨイが話に割り込む。その顔には満面の笑み。一方、自分が言おうと思った事を先取りされたマトリは、少しむっとした表情。
「そういう事。で、もう一つは時間よ。さ、急ぎましょう」
二人の傭兵が足取りも軽く前に出る。その足取りと背中には、全く諦めは無い。
ミオリが浮かびかけていた涙と弱気をぐしぐしと袖で拭い、足早に二人の後を追いかけた。
ブリッジにたどり着いた三人は、即座にコンソールに向かう。
「さぁて、最初の運試しね。ミオリ! 貴方今朝の星占い、何位だった?」
脱出艇と輸送船を繋ぐ通信手段は、指向性レーザー通信である。脱出しつつ配置していたであろう中継器がどこかで寸断されていれば、当たり前だが通信は繋がらない。
もちろんそうならないように、護衛の傭兵は囮として立ち回るし、ダミーも含め多めに中継器を撒くのが通例だが、通信網はどこかで途切れていることも多い。
「私は十二位でしたが、父上様は三位でした」
「オッケー、悪くないわ。カガミ、お願い」
マトリがコンソールにアクセスし、データを船に居るカガミに送る、返事は即座に帰ってきた。
『データリンク完了。脱出艇の艤装ビーコンを取得。運試しには勝てたね、通信回線のラインも確保できてるよ、繋ぐ?』
「ありがとう……通信をこっちに繋ぐ前に、そっちで生存者の確認をしてくれる?」
マトリの気遣いに、カガミが首肯する。
『分かった、まず僕が話をするからちょっとだけ待っててね』
沈黙。心配そうに自分の顔を覗き込むミオリに、手で『大丈夫』と合図を送る。程なくして、輸送船のディスプレイ画面に光が灯り、通信回線が開いた――
「ち……父上様父上様父上様ぁぁぁぁ! ご無事だっだんでずね! 良がっだ! 良がっだでずううううううううううう!」
――瞬間に、文字通りブリッジ中を震わせる大音声が響き渡り、画面の向こうに顔を出した全員が文字通り飛び上がることとなった。
『……お、おお、来ていたんだなミオリ』
「ええ! ええ! 当然ですとも! 本当に、本当にご無事で何よりです!」
先ほどまで暗い表情だったミオリの表情が喜びに輝く。このままゆっくり話をさせてあげたい所だったが、状況を考えるとそうもいかないので、マトリが一歩、前に出た。
「積もる話もあるでしょうが、失礼します。この度救出に雇われました自由傭兵『
手短な自己紹介に、画面の向こうの男が、驚きと喜びが絶妙な割合で混ぜられた表情を浮かべた。
『おお! 君たちがあの有名なコンビ『ラズルダズル』か! ミオリも随分な大御所を引っ張ってきたものだ。おっと……ご挨拶の方遅れてしまい、申し訳ない。蒼月運送の社長を務めさせて頂いております、ソウゲツ・ツヅリと申します。救出に骨を折って頂き、申し訳ないが、貴方方に仕事の変更をお願いしたい』
「……予想はできるけど、一応聞きましょう」
『社の運営についてや今後の事、必要な手続きについて、隠れながらまとめたデータをこれから転送します。これを受け取り、娘を無事、連れ帰って頂きたい』
「え……あの、父上様、それは……どういう?」
自分の父親が何を言っているのか分からない。という表情をミオリが浮かべる。マトリは無表情、コヨイは露骨にむっとした顔だ。
「それは、我々では貴方方を救出できない? と」
不機嫌な相方の心情をマトリが言葉にする。画面の向こうから、重い返事が返った。
『ああ、今資料を送ったが、≪
「カガミ?」
『…………うん、確認した。間違いない……くそっ、何でこんな所でいきなり
「へ? え? いや……あの? どういう、ことなんでしょうか? 説明を……父上様? マトリさん? 連れ帰るって何ですか? まるで一緒に帰れないって言ってるみたいじゃないですか?」
「≪
『いや……まだ≪
「理由は? ちょっとあきらめ早すぎるって」
口をはさんだのはコヨイだ。
『簡単だ。我々の脱出艇を見失ったニゲイターが群れごとこちらに移動してきている。今は動力を最低限にして気付かれないように隠れることができているが、浮上どころかエンジンに火を入れたら奴らに気付かれるだろう』
「位置関係は……うわ、十キロとちょっとか、これは確かに空域離脱する前に群がられるわね」
互いの位置関係を地図に表示。ほんのすぐ先がニゲイターの出現を示す赤で塗りつぶされている。その下に表示されている数字については、もはや見たくも無い。
『こちらが当初護衛で雇っていた傭兵たちを増援としてそちらに合流させる。後はお願いします』
「で……でも、ちょっと待ってください父上様! せっかく迎えに来たのに! ここで見捨てて帰れって言うんですか!」
『ミオリ……私を勝手に殺さないでくれ。今動くと気付かれるからしばらく隠れると行ってるんだ。そっちがきちんと報告してくれれば≪巣窟≫破壊の為の戦力が回されるはずだからな。それが来るまでは籠城するつもりさ』
「大丈夫なのですか? 父上様」
『大丈夫にするために、早く戻るんだ、ミオリ。ここまで探しに来てくれて、嬉しかったよ』
優し気な言葉。しかし、傭兵の二人は気付いている。
――この人達は。生きて帰ることはできない。
今気づかれて無いのは、ニゲイターが≪巣窟≫の規模を拡大することを重視しているからだ。
奴らの習性として≪巣窟≫の規模が一定に達し、群れの数が増えるまでは、外側でなく内側の守りを重視する。要するに、見つかっていないのではなく、まだ探していないだけなのである。
距離もここまで近いのであれば、巣の規模がもう少し大きくなるだけでニゲイターの群れに発見され、中の人間は駆逐される。
一方、判断のつかないミオリは頼りなく、心配そうな表情でコヨイとマトリの顔を交互に見る。どうしてよいか分からない迷いと、家族を失う恐怖に揺れる瞳が、答えを出して欲しいと訴えていた。
迷える彼女に何と返事を返したものか、二人が視線を合わせ、ミオリには聞こえないよう通信を開く。
『二人はどう思う、この戦力での救出』
マトリが口火を開く。『籠城による生存』はもはや奇跡でしかないので、傭兵たちは言及しない。
『へ? 決まってるよ、超ワクワクする』
コヨイの即答に、マトリが内心で大きなため息をつく。
『成程、人間がやる仕事じゃない……って事ね、カガミはどう思う?』
『僕は…………』
いつもはすぐに響くオペレーターの返事が遅い。
やがて、噛みしめる唇が透けて見せそうな悔しさをにじませた声が、自分の立場として言わなければいけない言葉を返した。
『≪巣窟≫が出現してるし、既に確認されてるだけでも大量のニゲイターが出現してる。救出作戦の成功率はかなり低いって結論を出すしか無い。時間も無いし、依頼内容の変更についての交渉は僕からしようか?』
傭兵は契約で動く。もともと救出作戦として契約している以上、ミオリが救出作戦を強行すると言えば、傭兵である彼女たちは全力で答えるしかない。
と、すれば、彼女には残酷な決断をしてもらう必要がある。そのための交渉の席に、カガミが着くことを提案。
『そうね……お任せするわ』
正直気の乗る仕事ではないので、押し付けるのも心苦しいのだが、ここは彼の心遣いに甘える事にする。
確かに、ミオリにこの残酷な決断を迫ることに、思う所はある。
しかし、お互いに命さえ拾えれば、許してもらえるかは別として、謝罪はできる。個人としてなら、ミオリには会社の立て直しに手だって貸せるだろう。
しかし死んでしまえば、何も残らないのだ。
『えー? でもさぁ、本当にそれでいいの? せっかくここまで来て、まだ生きてる要救助者見て、尻尾巻いて逃げるの?』
口をはさむコヨイ。
『解ってるわよ! でも現状の戦力であの規模のニゲイターから救助作業を守り切って逃げるのは不可能よ。悪いけど、命にだって賭け方って物があるわ』
『ん~、まぁそうなんだけどさぁ……そうなんだけどさぁ……何か可哀想じゃん? ミオリっち。なんか騙すみたいで気分悪いし』
『気持ちは分かるよ……コヨイちゃん。でも、これは僕もちょっと賛成できない』
『む~~………』
まだ納得が行ってはいないようだが、とりあえずコヨイも言葉を飲み込む。
話がまとまったところで、カガミがミオリに依頼内容と作戦の変更を提案すべく、通信を繋ぐ。
「……残念だけど、貴方の家族が生き残るのは無理よ、ミオリ」
が、その前にマトリの口から冷たい言葉が放たれた。
『ちょっ! マトリちゃん!』
カガミの驚いた声が響く。ミオリは驚きの表情でマトリに向き直り、コヨイは口笛一つで相棒の言葉を称賛する。
「え? あの……えっと、それは……どういう」
「そのままの意味よ、ここで彼らを残して帰れば、間違いなく彼らは死ぬわ」
死……その言葉の衝撃に叩きのめされ、ミオリは俯き、拳を握るしかできなかった。
『マトリちゃん! いくら何でも!』
「で? どうする?」
カガミの抗議の言葉を遮り、マトリがミオリに数歩歩み寄る。投げかけられた言葉に、ミオリが顔を上げた。
「…………どう? する?」
「ええ、どうする? このまま逃げて、家族の思いを継いで生きるのも立派な生き方だもの、誰にも否定はできないわ」
一つ一つの言葉をしっかりと刻むように告げる。厳しい言葉とは裏腹に、その口調には若干の優しさと迷いが滲んでいることに気づき、コヨイは唇の端に笑みを浮かべ、カガミはディスプレイの向こうでため息をつく。
「じゃあ! どうしろって言うんですか! 私だって……分からない訳じゃ無いんです! あんなに沢山のニゲイターがいて! さらに増えるんでしょ! どうしようも無いって事ぐらい、私だってちゃんと……ちゃんと……」
目に涙を一杯に溜め、ミオリが叫ぶ。ここまで溜めに溜めて来たものがついに堰を切り、涙と叫びとなってあふれ出ていた。
「何でわざわざ言うんですか! せめて……せめて騙して下さいよ! それなら……それなら」
「罪悪感も少しはマシになる、とでも言いたいの? 後で私たちのせいにする、言い訳が欲しいってこと?」
「そこまで解ってるならっ!」
「解ってたら何? 私達傭兵は報酬が支払われる限り、貴方の銃であり盾になる。けど、貴方の十字架を背負ってあげる義理なんて無いの。自分の決断は自分で背負いなさい!」
マトリの気迫に、ミオリが一歩退く。
「さぁ! もう一度聞くわ! 『どうする?』」
重い沈黙が一瞬二人の間に横たわる。
静かに、言葉が紡がれる。
「私たちはプロよ。一度依頼を受けたからには、貴方か私たちが死ぬか、仕事を完遂するか、貴方が契約を違えるまで決して裏切らない……この意味、解る?」
言葉の意味をミオリが頭の中で咀嚼する。それが繋がった瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「それって……まさか! いやいやいやいや! あり得ませんよ! だって……絶望的だって言ったのは貴方達なんですよ? 私たちと一緒に死ぬような物なんでしょ? それなのに何で!?」
「んっふふ~、そりゃあさサクラちゃん。私たちが傭兵だからだよ『敵が多いから依頼ほっといて逃げました』な~んてやらかしたら私達もう二度とお仕事来なくなっちゃうじゃん」
この言葉で、ミオリは気づいた。
今の自分は、この二人……いや、カガミと自分を含めた四人の生死を握っている。
自分の言葉。
自分の命令。
自分の判断。
これ一つで、目の前の傭兵達は死地に向かう。向かってしまう。
『命をポイ捨てする仕事』『背負うことなんてない、一方的に背負わせるだけ』先ほどまで二人と交わした会話と、その内容の意味を、ミオリは初めて理解できたような気がした。
「私たちは銃であり盾。どう使うか、貴方の考えを聞かせてくれる? 私たちという暴力装置を使って、貴方は逃げたい? 助けたい?」
『待て、傭兵諸君! 気持ちは嬉しいがミオリを無事に!』
「部外者の言葉に従う義務は無いわ。私が聞きたいのは依頼主の意思だけよ」
口を挟もうとするツヅリを、一言でマトリが制する。
ミオリは自分の肩に乗せられていることに気づいた命の重さに震えながら、ゆっくりと口を開いた。
「…………助けられるんですか? 皆を」
「全力は尽くすけど、正直分からない。まぁ少なくとも、レイズに値する手札であるとは自負してるけどね」
「……………………」
恐ろしく長く感じる、重く苦しい沈黙。
コヨイの鼻歌のリズムだけが、正確な時間の流れを知らせる。
「解りました」
ぐしっと、ミオリが目に溜まった涙を乱暴に拭う。顔を上げて二人の傭兵を見つめるその瞳には、力があった。
「お願いします。…………父を、家族を、皆を助けて下さい!」
決意を込めた一言に。二人の傭兵がハモって返す。
「「お願いも何も、元からそういう契約よ(でしょ)」」
決意を込めたミオリとは裏腹に、ごくごく当たり前といった口調だった。
もちろん、それぞれのモニターの向こう側で、ツヅリとカガミの男二人が深い溜息を着いたのは言うまでもない。
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