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「ねぇねぇマトリ、ぶっちゃけさぁ……ミオリちゃんの会社の人たち、どうなってると思う?」

 格納庫への道を歩きながら、コヨイが口を開く。

「生きてようが死んでようが私たちの人生には関係ないわ。で、今そんな余計な事を考えてもしょうがない。全く、コヨイはいつもそうね」

「いやぁ……だってさぁ? ねぇ?」

 自分の言いたいことを上手く言葉に表すことができず。コヨイが複雑な表情を浮かべる。

 マトリはぷい、と横を向くだけだ。

「ま……私たちの人生に全く関係ない事なんだし、どうせだったら生きてると良いな、とは思うけどね」

「素直じゃ無いなぁマトリは、ホントに関係ないなら救出や警護の手間が減る分死んでるほうが良い筈じゃん?」

 にやにやと笑いながらコヨイがマトリの顔を覗き込もうとする。

「こら、やめなさい! ……ねぇカガミ、ニゲイターは出てるの?」

 話を逸らすためにマトリが一度切った通信をもう一度繋ぐ。

『うん……非常に残念な所なんだけど、既に広域センサーに引っかかってる。こっちに来てるよ。二人とも……頑張って、無事に帰ってきてね』

「ウィルコ、ちょっと行ってくるわ」

 激励の言葉。そのなんてことない言葉が嬉しくて、マトリの唇が無意識に笑みの形を作る。

 当然、それを見逃すコヨイではない。

「あ~あ、まぁたノロケてんのぉ? うっれしそうじゃん?」

「否定はしないわ。実際、ちょっと元気出たしね」

 会話をしているうちに二人が目的地……格納庫に到達。

 彼女たちが来たのを確認し、整備員たちがサムズアップで戦闘の用意ができている事を知らせる。

「ありがとっ! 行ってくるねっ!」

 コヨイが満面の笑顔で返し。

「次は私達の仕事ね、出撃準備!」

 マトリが小さな敬礼で返す。

 ジャケットを脱ぎ捨てた二人がそれぞれの装甲強化服の収められた『ドレッサー』に飛び込み、着装開始。

 接続服の周りを制御パーツが覆い、それを人口筋肉の束が包みこみ、互いを繋いでいく。続いて外装が接続され、少女の体を覆い隠していく。

「突入要員『白』アモウ マトリ、外装接続良し」

「同じく『黒』モチヅキ コヨイ、だいじょぶだよ~」

 『鎧』の準備が滞りなく完了。ついで壁が開き作業用アームに接続された『剣』たちが次々とその姿を現していく。

「『白』。右腰部ハードポイント、電磁加速砲『ゲイレルル』接続」

 整備員の合図とともに、ハードポイントに凶悪だが美しい兵器が接続される。僅かな滞りも無く、二人の少女が死神に変わっていく。

「左腰部ハードポイント、機関砲『ハウリングソウル』接続良し」

「左腕部敵弾銃『シリンダー』接続良し」

「全武装、自動給弾機能とのリンク、問題無し」

「『白』作業完了、発進位置へ」

 カタパルトに向かう。その顔には経験に裏打ちされた絶対的な自信から生まれる微笑。

「『黒』。背部『空の棺桶グレイブ・ディガー』接続」

「武装管理システム異常無っし! 『黒』作業完了! いつでもどきゅーんっていけるよーっ!」

 カタパルトに向かう。その顔には経験に約束された確信的な喜びから生まれる笑顔。

 二人が並んで出撃位置へ。ゲートが解放され、外の風が二人を誘う烈風となって吹き込んでくる。



 ――――無言。



 ただ、お互いに視線だけを送り合う。

 そして、きっかり一秒。

「『白』マトリ……準備完了」

「『黒』コヨイ……いつでもいーよ!」

「了解! 突入要員2名、発進!」

 加速、射出。

 白と黒の死神が、青い空に解き放たれる。

『へへへ……先に行くよっ! 援護よろっ!』

『ウィルコ。離れすぎたら援護しないからね』

 あっという間に消えていく相棒に、マトリが冗談で返す。

 彼女のすらりとした体を包むのは、競泳水着の様な純白の接続服と急所を護る白い装甲版――彼女のシルエットをほとんど崩さず、最低限の防御性能と武器を固定するパワーアシスト性能だけを確保した、高機動戦闘を重視した装甲強化服が細い体を守る。

 その背中には鎧同様、純白に黒く細い縞模様をアクセントとしてペイントした人造の翼――重力偏向式推進装置G-スラスターが浮遊。風を捉える代わりに莫大な推力を生み出し、少女の体を弾丸のように加速。

 装甲で包まれた腕には、腰のハードポイントから右脇腹を通して、翼同様白地に黒のラインで塗られた巨大な砲身を携える。

 白銀の髪と翼を翻して飛ぶその姿はまるで、鎧を身に纏い、槍を構えた古の戦乙女を近代化したようなシルエットを描いていた。

 そんな彼女に、先行するコヨイから変化を知らせる声がかかる。

『あ~! 居た居たっ!』

『へぇ? 思ったよりは多いわね』

 彼女たちの前方が、そこだけ夜になっている。

 空間が歪められ、可視光線が正しく通らなくなる事によって起こる限定的な暗闇……これこそ、アイツらの出現する合図だった。

 亜空間に作られた格納庫から、歪められた次元を通して複数の機械が出現する。

 大きさは一つ一つは1.5メートルほど、直角三角形の平たい体に、それを左右から挟み込むような形でセンサーと侵入用ケーブルをまとめた円柱状のユニットが二つ張り付いている。

 いわゆる手足に相当する部分は無い。あるのは斜辺に沿って展開する突撃用チェーンソーと上部に設置された機関砲のみと、まさに『破壊』以外の機能を全て削ぎ落されたデザインは、現代の恐怖の象徴にふさわしい。

 今なお命令を忘れず、虚数空間で吐き出され、殺戮と破壊を繰り返す無人兵器群『ニゲイター』。

 かつて作られ、そして棄てられたモノ達の群れが黒い雲となり、当時インプットされた敵である『人類』を殲滅するべく、展開する。

『ん~? 全部で三十くらいかな? 量は悪くないけど小さいのばっかりかぁ』

『そんなにぶーたれないの、さ、叩き込むわよ』

 見送りの言葉と共に純白の翼が向きを変え、マトリの体に急ブレーキをかける。

 上半身を大きく後ろにそらした射撃姿勢で、腰だめに構えた砲の先を前方へ。

 火薬ではなく電磁力で弾丸を加速、目標に向けて射出する電磁加速砲≪ゲイレルル≫の白い先端が、全く揺れることなく目標を捉えていた。

 静かにトリガー。射出された砲弾は回避行動も許さずニゲイターに命中。

 電磁加速された弾丸は一機程度では止まらず、まとめて2、3機を貫き、引きちぎり、食い破っていく。

『きゃっほーっ! 行くぞ行くぞ行くぞ行くぞーっ!』

 桃色に染め上げた髪の下に、元気をそのまま形にしたような満面の笑みの顔を浮かべたコヨイがまっすぐ群れに突っ込んでいく。

 最低限のセンサーヘッドセットのみを装備しているマトリと違い、頭の上半分をすっぽりと重厚なヘルメットが覆い隠し、大きな胸も窮屈そうに重厚なアーマーへ押し込まれている。その下は健康的に引き締まったおへそも眩しい、動画映え第一の黒いビキニ型接続服が覗く。

 しかし、そこから伸びる四肢には、巨大な幽霊でも取りついたかのような、鋼でできた巨大な手足が覆い被さっている。

 これこそが彼女の愛用する『鎧』。近接戦闘特化のハイパワー、重装甲の強化外骨格ユニット≪デュラハン≫の姿だった。

 華奢な背中をすっぽりと覆い隠す≪デュラハン≫の背後には、巨大な棺桶を模した鉄の塊が4つ、彼女を中心に浮遊。本体であるコヨイを護る盾を兼ねた、超重量の体を無理やり突撃させる大出力ブースターユニットが彼女の体を加速させる。

 すべてが光を吸い込む漆黒で塗装された全身の中で、パワーアームや棺桶に施された細い縞模様のペイントと、少女の細く小さな体の白い素肌が一層に輝き、見るモノを一層引き付けるモノトーンを描く。

 空を軽やかに飛び射撃戦で制圧するマトリとは正反対。重装甲と高出力に物を言わせ、あらゆる障害を正面からねじ伏せ、踏み潰す空飛ぶ人型戦車の威容が敵の群れに突っ込んでいく。

 砲撃により完全に臨戦態勢となったニゲイターたちが一斉に装備された機関砲を連射。しかし、黒い死神は揺るがない。

『そーんな豆鉄砲! きくかーっ!』

 棺桶の盾を前に並べ、全く速度を落とさずに突っ込む。

 一見無謀な突撃のようだが、その実重厚な棺桶の正面装甲とその表面を覆う防御力場に加え、弾丸の進入角度も計算して防御姿勢まで取っている、結果として雨の様な弾丸は彼女に傷一つ付ける事も出来ずにその突撃を許してしまう。

『さぁ! 私の番だよーっ!』

 鋼鉄の手が背後に伸ばされる。彼女に追従する棺桶の蓋が解放され、中に収納されていた長い柄と無数の部品が勢いよく引き抜かれた。

 姿を現したのは、彼女の愛用する(というより一つしかない)武器≪12の犠牲者トゥエルブヴィクティムズ≫。

 分割された複数のパーツを変形、合体させる事で、様々な戦闘に(無理矢理)対応可能というのが売り文句。

 製作者の男の子部分が暴走していたとしか思えないトンデモ多目的近接兵装にして動画再生回数製造機が、持ち主の操作に合わせて(無駄に)ガチャガチャと変形し、凶器としての形を作る。

 彼女が今回選んだのは、コヨイ自身の身長すらも優に超える、超大型冷却鎌≪第四の犠牲者:飢餓ヴィクティム4:ファミン≫。

 完成した凶器を頭上で(無意味に)回転させて、びしりと切っ先を敵に向けて見栄を切る。

 彼女のやる気に答えるように、三日月型の刃からは極低温の白煙が吹きあがった。

『そりゃーっ!』

 気合の叫びと共に、大鎌が横一文字に振るわれる。哀れにもその線の上に居たニゲイター達は一刀両断され、吹き飛ばされて視界の外に消えていった。

『まだまだーっ!』

 止まらず……いや、寧ろ加速しながら二度、三度と刃を振るう。もはや死その物と言っても過言ではない刃金はがねの暴風が吹き荒れ、人類の敵をその刃に捉えていった。

『ねぇねぇマトリーっ? まぁだサボってるのーっ? このままじゃぜーんぶ居なくなっちゃうよ?』

『冗談。暴れたがってた貴女の意見を汲んであげたのよ』

 軽口で返しながら、相棒をフォローできる位置にマトリが移動し、狙いを定める。高速で飛行するニゲイターたちの行動パターンを解析、コヨイの刃を恐れて回り込む、もしくは距離を取ろうとして僅かな隙を晒すニゲイターを照準に捉える。

 そして、静かにトリガー。火薬の爆発とはまた違った発射音と紫電を纏って弾丸が射出。一切のぶれなくニゲイターのど真ん中を撃ちぬき、反対側に抜けていく。

 突っ込み、かき回すコヨイ。

 把握し、掌握するマトリ。

 一対の死神の戦闘は、まるで流れの決まった一連の舞踏の様に、一切の無駄なく殺戮を進めていく。

『マトリっ!』

『ウィルコ!』

 二人のセンサーが同時に異常を検知。即回避行動。

 直前まで二人の居た場所を小型のミサイルが通り抜ける。高速で飛来する鉄の猟犬は向きを変え、なおも追いすがる。

 もちろん、こんなものに簡単に食われる二人ではない。

 マトリはミサイルの軌道が重なった瞬間を狙って射撃、まとめてミサイルを撃墜。

 コヨイは≪12の犠牲者≫の冷却鎌の能力を解放、衝突寸前で極低温の霧にさらされたミサイルは起爆する力を失い、ただの鉄塊になり果てて叩き落とされる。

『なぁんだ、中型かぁ』

 ミサイルを放ってきた≪ニゲイター≫を確認したコヨイがため息をつく。

 ミサイルの軌道の先に居たのは、蟹の鋏を大型化したかのような四つのクローに小型のミサイルポッド。大型の機関銃を炭素性筋肉繊維で無理やりねじ込み、束ねたような異形の巨体。

 大きさは約6メートル。空中に浮かぶ戦車の様にも見える中型ニゲイター、コードネーム≪クアシザ≫の姿を確認する。

 即座にコヨイが加速・接敵。大上段から≪12の犠牲者≫を振り下ろす。

 ニゲイターの鋏とコヨイの刃が空中で激突し、火花を散らす。

『ふふふふふふふ』

 不敵な笑みと共に、コヨイがさらに刃を押し込む。人工の四肢とブースターの全ての力を受けてじりじりと鎌がニゲイターに近づく。

 しかし、押し込まれながらもニゲイターが残り三本の鋏を持ち上げ、反撃の体制へ。

『あら、駄目よ? 貴方はもう少し私たちと遊んで頂戴』

 マトリの小さな言葉と共に、振り上げられたクローの関節部分に射撃。正確無比な弾丸がアームを粉砕し、ニゲイターの反撃能力を奪う。

『そお……れっ!』

 それとほぼ同時にコヨイが力比べに勝ち、鎌の切っ先がニゲイターの装甲に突き刺さる。

 瞬間に能力を解放。刃を通してニゲイターの内部に液体窒素が噴出。

 その巨体を暴れさせる暇すら与えずにその体を瞬間凍結。まるで死に瀕した生物が痙攣するかのように、小さく動いてからその動きを止める。

 戦局を塗り替えることが不可能と判断した生き残りの小型機が退却。先ほどまでの戦場に、静寂が戻ってきた。

『へっへーん! 私たちの勝ちぃ!』

 鎌を引き抜き、眼下に転落していくクアシザを見送り、コヨイが巨大な強化外骨格で器用にピースサインを出す。一方のマトリはそんな相棒には目もくれず、油断なく周囲の情報を収集し、母艦で待つカガミへと送信していた。

 一瞬の間の後に、解析の結果が返る。

『うん……やっぱりまだ反応は消えてない。規模は分からないけど、こいつらとは別に本隊が居るみたい』

「……って事はここももう安全航路じゃないって事ね。連中、どんどん活動域を拡大してるわね」

『人類も駆除に専念できてる訳じゃ無いからね……どうしても難しいのかもしれないね』

 マトリとしてはなんてことない愚痴だったが、カガミの声はまるで自分が責められたかのように沈んでいる。ちょっとまずかったかな? と内心思いつつ、言葉を返す。

「でもいいわ。考えようによっては一稼ぎするチャンスだしね」

 ニゲイターの群れを駆除できれば、傭兵組合から悪くない額の報酬が出る。とはいえ、たったの二人で……しかも他の任務中にやるようなことでも無い。

 もちろんそれを理解していないマトリでは無いのだから、今の言葉も本当に唯の景気付けの物だろう。

『ダメだよ、あんまり欲を出しちゃ。任務もあるし、無茶をしないようにね』

「ウィルコウィルコ……それで? 見つかったかしら」

『ああ……ちょっと待ってね。うん、見つかったよ。そこからでも望遠すれば見えるはず』

 座標のデータを受け取る。コヨイも同じデータを受け取っており、そちらにもう視線を向けていた。

 そこでは地面の樹木がなぎ倒された巨大な跡が残る。その先には輸送船の残骸が骸を晒していた。

「確認したわ。突入要員、先行して安全を確保する」

「おっけーっ! 先行くよっ、マトリ!」

 元気の良い返事と共に相棒が飛び出す。先に横たわる巨大な船体は、まるで巨大な生き物の口の様な巨大な穴を見せていた。

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