依頼内容『行方不明者捜索』

端瑞 幽

1

「やっほーーーーーーっ! マトリーーーーっ!」

 ARで読書を楽しんでいたマトリの元に、抜けるような青空から、突然に相棒が降ってきた。

「ちょ……え? へ?」

 現実を理解する前にマトリの全身に衝撃。空から降ってきた相棒ごと、体を預けていた安楽椅子から転げ落ちる。

「全く……突然何かしら? コヨイ」

 頭をさすりながらマトリが体を起こした。

 色素の薄い白銀のロングヘアが流れ、その下のアイスブルーの瞳が呆れに歪む。

 すらりと伸びる手足と慎ましやかな体はちょっとしたことで折れてしまいそうなほどに細く、まるで天使をモチーフにした彫像の様だ。

「えーっ? だってだってさぁ、今日ってすっごくいい天気じゃん?」

 マトリの視界いっぱいで、にかっとコヨイの笑顔が広がる。

 薄い桃色の髪に、アーモンド形の目の中できらきらと輝く深紅の瞳。外見年齢はマトリより2~3歳低いだろうか? 十代中盤から前半に見える。

 引っ付いている相棒、マトリが慎ましやかな事もあってか、小柄ながら見事な砂時計型の体形が目立つ。

 とはいえ、相棒の胸に引っ付いて、飾り気の全くない楽しそうなにっこり笑顔を浮かべる様は、外見年齢以上に幼く、まるで子犬の様だ。

「いい天気とフライングボディアタックに何の関連性も見いだせないのだけど」

「え~!? だってテンション上がるじゃんかぁ! 構って構って構って構って構え~っ!」

 喚きながらコヨイが相棒をがっしりとホールドする。何とか振り払おうとマトリがもがくものの、がっちりとくっついた相棒はちょっとやそっとじゃ引きはがせない。

「あ~も~鬱陶しい! 丁度読書が良い所だったんだけど?」

「そんなのいつでもできるじゃんかぁ」

「私達に明日の保証なんて無いでしょうが。これで今日戦死したらホントに呪うからね?」

「えっ!? ここで読書妨害しとけばマトリは死んでもくっついてきてくれるの!?」

「キラキラした目をしないでよちょっと! ああもうヤブヘビだったわ!」

 青空の下を二人の少女がもつれ合って転がり合う。それだけ見ると平和でのんびりとした光景だ。

 ただ、二人の少女がじゃれ合っているのが軍から払い下げられた突撃艇の甲板という一点が、違和感を凄まじい物にしている。

『二人とも、ちょっと良いかな?』

 甲板で転がり合う二人に直接通信が入る。引っ付こうとする相棒を手で制しつつ、今この船のブリッジに居るであろうオペレーターに二人が返す。

「んん? どったのカガミ」

「あら、いいタイミング。そっちのほうでコレ、どうにかできない?」

 コレ呼ばわりされているのは、当然隣に引っ付く相棒の事である。

『あはは……残念だけど戦闘用サイボーグとガイノイドの間に入るのは僕にはちょっと荷が重いかな』

「ちょっと侵入して手足ロックするだけでしょ、意地悪ね」

「こわっ! ちょっとマトリぃ……私って一応友達だと思うんだけどなぁ~?」

「だって言っても聞かないじゃない? 私にだって私の安らぎを守る権利があるわ」

 容赦のない言葉。しかしその表情は悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

『うん、侵入は普通に重犯罪だから、何とか平和的に解決してね。……で、要件。そろそろ作戦エリアに入るから、二人とのハンガーで準備をお願い。依頼人も心配してるみたいだし、ね』

 どこまでもお気楽そうな「はーいっ! りょーかいっ!」というコヨイの返事と、

 少し気だるそうな「ウィルコ、もうそんな時間なの? ロクに読めなかったじゃない」というマトリの返事が重なる。

 対照的な二人の返事に共通するのは、にじみ出る確かな自信。まるで今から向かっているのがショッピングモールでもあるかのような、プロの自由傭兵としての余裕。

 二人の姿が甲板から消える。それを確認したカガミがモニターを切り、柔らかな笑顔を背後に向けた。

 黒髪の下にはまだ幼さの抜けきらない童顔に、まるい黒の目。線の細い体つきは見るからに頼りないのだが、それが逆に警戒心や緊張感を緩め、安心感を与える雰囲気を持っていた。

「……とまぁ、あんな感じの二人何ですが、安心してください。大丈夫、二人とも一流の傭兵ですから」

 声の先は客席……と言ってもブリッジの隅の邪魔にならない所に用意された、他の椅子よりも(ほんの少しだけ)座り心地の良い椅子に座る依頼人だ。

 女性だが、まだどちらかと言えば少女に近い。一応黒のスーツに身を固めている物の、緊張でがちがちになっていて着られてしまっている感が抜けておらず、学生服の方がよほど似合いそうだ。

 それでも彼女――ミオリは今、輸送会社の代表代理としてここにきて、彼の前に座っている。

「は! はいっ! 大丈夫ですっ! 信じています! 信じておりますともっ!」

 やたらめったらに威勢の良い、はっきり言って空回りしてしまっている返事。

 しかし、彼女のおかれている状況と依頼内容を考えればそれも無理からぬことだろう。

(だからこそ、言い辛いけど言わなきゃなぁ……)

 カガミが内心でため息をつく。これも自分の仕事と自分に一度言い聞かせてから、女性に向き直った。

「これから作戦区域です。貴方の命は我々の力の及ぶ限り全力でお守りします。……ですが、過去に起こった事は、我々にもどうしようもありません。何を見る事になったとしても、覚悟は持っていて下さい」

 真剣な表情。その言葉の中にある物を、しっかりと咀嚼して、女性は大きく頷く。

「はい……大丈夫です。何があったとしても、覚悟はできていますっ!」

『ちょっとちょっとー、ダメだよカガミん、そんな言葉で依頼主脅かしちゃー!』

 二人の会話を聞いて(基本、任務中のブリッジの様子や会話は館内の関係者で共有されている)コヨイが口をはさむ。

『ねぇね、依頼人さん。……ってめんど~~い! ミオリちゃんって呼んでいい?』

「え? ああ、はい」

『大丈夫だよ、安心して。ミオリちゃんの家族なんて、マトリがババンと見つけちゃうから!』

『ちょっと、なんでそこで私なのよ、アンタも仕事しなさい』

 ミオリからマトリやコヨイら自由傭兵『凪の天球C・C・M社』にもたらされた依頼は、仕事中に襲撃を受け、輸送船ごと行方が分からなくなった、父親と社員の捜索。こうしている間にも何かあるかと思うと、心配するなというのが無理だろう。

『それにしても、サクラちゃんも大変だよね。私たちと同い年くらいなのに代理社長なんでしょ?』

「え……ええまぁ、父上が見つかるまでの緊急代理ではありますが……」

 やんわりと訂正するミオリ。しかし、現在行方不明の父親に万が一のことがあれば、代理の字が外れてしまうのだが、それをわざわざ言葉にするようなことは誰もしない。

「……でも、私からすれば、貴方たちの方がすごいですよ。私は父上が行方不明になってもあなた達に頼るしかできないんですから。確か、お二人の年齢は外見と同じなのですよね」

『うん、そだよ』

『ごまかす意味もないしね』

 義体化技術が進んだ現在、外見年齢と実際の年齢が一致しない事なんて珍しくない。傭兵の戦いさえ娯楽動画として消費される今の社会では当然のことと言える。

 ただ、ここにいる二人の傭兵少女……マトリとコヨイ(ついでにカガミも)については、それに当てはまらず、年端も行かない少女の外見と中身が一致している例だった。

 それはすなわち、三人が割とロクでもない人生を歩んでいた証拠でもあるのだが、幸か不幸かミオリはそれには気づいていない様子だ。

「二人とも、私とそう変わらないじゃないですか……なのに、後ろでわたわたして、人任せなだけの私と違って、自分でしっかり働いていて、誰かをこうして守るために戦えるっていうのがその……なんていうか、すごいです」

 嫌味でも何でもない、素直な羨望のまなざしが二人に向く。

 マトリは少し含みのある微笑み。

 コヨイはにかっという無邪気な笑顔。

『ん~、そんなことないと思うよ、ミオリちゃん。私たちなんかホラ! 自分の命すらポイ捨てしてる訳だし』

『そうね……私たちは契約者の安全と命には責任を持つけど、ただそれだけ。貴方みたいに誰かの人生を背負う訳じゃ無い、一方的に背負わせるだけの傭兵だもの、気楽なものよ』

「え……あ、ありがとうございます。はい」

 おそらく、言葉の意味が全ては伝わらなかったのだろう。ミオリが曖昧にお礼をする。

『とにかくそういう事よ、依頼人さん。大丈夫、仕事はきっちりと果すから安心してちょうだい……ってこと、ごめんなさいね、2人とも。余計な無駄話しちゃったわね。以上オーバー

『えへへ……あとでもっとお話ししようね、ミオリっち! おーばー』

 2人からの通信が途絶える。カガミも自分の仕事をするために、操縦席に座りなおす。

「まぁ……あんな感じの二人ですけど、大丈夫です。必要な時には必要なだけ力を入れられる子たちなので」

「はい……信じてます」

 その返事に頷き返すことで答え、カガミは全員が無事に帰還できることを、静かに祈った。

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