【短編】双子の片方と付き合い始めたらもう片方がすごくヤキモチを妬いてくる

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

第1話:双子

「すいません、せっかく告白していただいたのですが、それは1組の唯月ゆずき朝凪あさなぎさんではないでしょうか?」


「ごめん、ちょっと意味がよく分からないけど、俺がいま告白してるのは、クラスメイトの唯月ゆずき夕凪ゆうなぎさんで合ってるよね?」


「はい、夕凪は私ですが……」



 彼女がオロオロし始めた。


 唯月夕凪さん、俺のクラスメイト。見た目はバッチリ好みで、すごく可愛い。


 目がきれいで、髪もロングでいつもツヤツヤ。それなのにいつも謙虚で、周囲に気を配りまくっている女の子。


 高校に入学して、同じクラスになってすぐに彼女のことが好きになって、あれから3か月。ついに告白することにした。


 まさか、そんなことがあるとは思わないじゃない?


 好きになった女の子と全く同じ顔、同じ声の双子のお姉さんが別にいるとか。



「私、根暗だし、友だちいませんけど……?」


「全然気にしない。究極、きみがいれば他のヤツはどうでもいいと思ってる」


「私、付き合ったら多分、依存するし、束縛して息苦しくなると思いますけど……」


「束縛してくれるの? 大歓迎! 好かれてるって気がするし!」


「クラスメイトから『地雷女』って呼ばれてるんですけど……」


「『地雷女』がどんなのか分からないけど、俺はきみと付き合いたいんだ!」


「現実がバグり始めたのかな……妄想が現実を侵食し始めた……」


「よろしく!」



 俺は手を差し出した。


 彼女は、恐る恐る手を取ってくれた。もうちょっと泣いてるし。可愛い!


 彼女の手が俺の手に触れた瞬間、俺には彼女ができた。



「よろしくね、唯月さん」


「うわーん、よろしくお願いしまーす! 好き!」



 昨日、学校の屋上でそんなやり取りをしたこと自体、クラスメイト達は知らなかった。




 ■唯月ゆずき夕凪ゆうなぎさんとは

 そもそも唯月さんとは、高校で同じクラスになった。可愛い見た目ときれいな長い髪が印象的で一目で恋に落ちた。


 彼女に注目すると色々なことに気づかされる。


 クラスメイトに話しかけるのに どうするか迷っていたり、人知れず教室の花瓶に花を活けていたり、彼女の行動は本当に細やかだ。


 気にしなかったらその存在自体も気づかないかもしれない。


 友だちと仲良くしようと頑張って話しかけようとしていたり、うまくいかなくて放課後 教室で一人泣いていたりと彼女はすごく繊細だ。


 でも、小さなことに心を砕き、色々な人のことを気遣う彼女のことをもっと好きになった。

 そして、俺は我慢できずに彼女を呼び出して、告白したのだった。



 ■付き合い始めた翌日

 翌日、登校したら唯月さんが、指でちょいちょいと廊下を指示していた。何だろうと思って、廊下に出たら、すっごく小声で話し始めた。



「あの……告白 本当ですか? 教室でクラスメイトが集まって『嘘でした!』みたいなイベントは……」


「ないない! そんなのある訳ないじゃない!」



 唯月さんは変な心配をしているようだった。



「じゃ、じゃあ、あの……これ、よかったらお弁当です!」


「え!? 作ってくれたの!? ありがとう!」


「私なんかと付き合ってもらったら、損ばっかりだと思うので、せめてお弁当くらい……」


「全然損とかないし、むしろクラス中に言いたい!『俺は唯月さんと付き合い始めたぞ!』って」


「や、やめてください! 積木つむきくんの株が下がってしまいます!」


「株? 全然そんなの気にしないから! 手つないでいい? 教室に戻ろ?」


「あの、は、恥ずかしいので……。あ、いえ、積木くんと手をつないでいるのが恥ずかしいのではなく、積木くんが私なんかの彼氏だと思われるのが恥ずかしくて……」


「ごめん、我慢できないや」



 俺は彼女と手をつないで教室に入った。


 教室では特に誰が騒ぐわけではなく、俺たちはそれぞれの席についた。



 *



「積木、唯月さんと手をつないでたけど、どうしたの?」



 教室では友達の岸江きしえおさむが話しかけてきた。



「ああ、唯月さんと付き合うことにしたんだ。それで弁当を作ってきてくれたみたいで。いーだろう!」


「え!? マジで!? 1組の唯月さんじゃなくて!?」



 そう言えば、昨日屋上で彼女も言ってたな。1組にも「唯月さん」がいるのかな?



(ガラガラ!)「積木つむき博之ひろゆきっている!?」



 大きな声とともに、一人の少女が教室に入ってきた。

 そこに立っていた少女は信じられない姿をしていた。


 彼女は、つい昨日俺の彼女になった唯月さんと全く同じ姿をしていたのだ。



「お姉ちゃん!」



 そう叫びながら、唯月さんが近づく。



「唯月さんが……ふたり!?」



 顔かたち、髪の長さなど全く同じ。鏡に映したみたいに全く同じ姿。



「そんな訳ないでしょ! 私は唯月ゆづき朝凪あさなぎ! 夕凪の双子の姉よ! あなたが告白しようと思った相手は私でしょ!?」



 見た目は全く同じなのだけど、性格が違うのはその言動から見て取れた。



「いや、俺が告白したのは夕凪さんだけど?」


「いや、私の間違いでしょ! 夕凪はうじうじしているけど、私はモテるし、入学以来週10人くらいに告白され続けているわ!」


「俺は、夕凪さんにお姉さんがいるとか知らなかったし、きみを見たのは今日が初めてだと思う。第一クラス違うし」


「だから、私を見て好きになって、それが夕凪だと勘違いしたんでしょ!?」


「いや、教室にいる夕凪さんを見て好きになった!」



 夕凪さんが俺の袖を摘まんで、俺を制止した。



「あの……みんなの前で好き、好きって……」



 顔を真っ赤にしながら小さな声で言った。

 あ、照れちゃったかな。唯月さんの悪口を言うから ついむきになってしまった。



「あんたのせいでね! 夕凪が昨日の夜、ノートにあんたの名前をびっしり書いてたんだから! どうしてくれるのよ!」



 唯月さん……妹の方だから、夕凪さん……を見る。真っ赤になって俯いて「ごめんなさい、ごめんなさい」と小さな声で謝っていた。



「よくフルネーム分かったね。ありがとうね」



 お礼を言うと、無言でふるふると首を振る夕凪さん。ああ、可愛い!



「うううううーーーーーー! もうっ!」



 突然教室に飛び込んできた少女は捲し立てるようにキレ散らかしたかと思ったら、地団駄踏んで突然教室を出て行ってしまった。



「なんだったんだ……」



 台風みたいな子だった。あれがもう一人の唯月さん……夕凪さんのお姉さん。俺が途方に暮れていると、岸江が話しかけてきた。



「本物の唯月さん初めて見た~。ホントにそっくりだったね!」


「本物?」


「うん、入学以来 成績学年トップで、スポーツ万能、笑顔も可愛くて話題も多くて、めちゃくちゃモテてるらしい」


「へー」


「積木が好きになったのも、あの唯月さんかと思ったよ」


「あんな勘違い自信過剰女にはピクリとも反応しない。俺が好きになったのは、クラスの唯月さん。夕凪さんさんの方だよ」


「ああー、そうなんだ」



 残念そうな声を上げる岸江。



「うちのクラスの唯月さんは『じゃない方』とかって言われてるんだよ……」


「みんな見る目ないなぁ」


「あのっ、突然、お姉ちゃんがごめんなさい」



 夕凪さんが頭を下げてペコペコ謝る。



「いやいや、びっくりはしたけど、別にいいよ。妹のことが心配になっただけでしょ?」


「積木くん……」



 不安そうな顔をしている夕凪さんを見ていると、自然と頭を撫でていた。



「積木くん優しい……好き……」



 夕凪さん、もうちょっと泣いてるし……



「なんか、面白いことになって来たね」



 岸江が満面の笑顔で無責任に言った。



「あのなぁ……」



 ■昼休み

 昼休みには、せっかく弁当を作ってもらったということで、夕凪さんに声をかけて一緒に屋上で食べることにした。



「いいの!? 私なんかが積木くんと一緒に食事しても!」


「いや、付き合い始めたんだし、むしろ積極的に一緒に食べようよ!」


「積木くん、神……」



 なんで、もうちょっと泣いてんの?


 屋上に準備されたベンチに座り、夕凪さんは横に座った。



「私は、寂しがり屋で執着してしまうみたいで、積木くんの名前を覚えようと思って、ノートに書いてたんです」



 ああ、朝の話か。びっしり俺の名前が書かれたノートを想像するとちょっと怖いけど、それだけ俺のことを考えてくれたと思えば嬉しいもんだ。



「寂しくならない様に弁当食べたらLINEのアカウント交換しよう」


「はい! お弁当2秒で食べます!」


「いや、ゆっくり食べようか。気になるなら、アカウント交換だけ先にしてもいいし」


「ホント!? 積木くん優しい!」



 うーん、夕凪さん、感動のハードルがこう……圧倒的に低いな。段差すら感じないくらいに低いな。バリアフリーだな。


 アカウント交換をすると、スマホを天に掲げ夕凪さんが感動していた。目がキラキラしていた。すごく可愛い。


 うーん、感動のハードルも低いな。徹底的に低い。



「じゃあ、ゆっくり弁当食べようか」


「はい」


「それはいいんだけど……なんでお前達までいるんだよ!」



 俺たちが座っているベンチの隣に、朝凪さんと岸江が座っていた。



「私は たまたま屋上でお弁当を食べたくなっただけで!」



 朝凪さん……絶対嘘だろ。分かりやすい人だ。俺達の様子を見に来たに違いない。



「俺は、屋上で面白いものが見れるって聞いて」



 誰にだよ! 誰に聞いたのか小一時間 岸江を問い詰めてみたい。


 まあ、邪魔しないならいいか、と思って弁当箱を膝の上においてふたを取る。



「おお! おいしそう!」


「ホントですか!? 積木くんが嫌いな食べ物は入ってなかったですか? ご飯は大丈夫と思ったんですが、積木くんのSNSが見つからなかったので、何が好きで何が嫌いか分からなくて、宗教的な理由で牛肉や豚肉がダメだったらいけないので、主にお肉は鶏肉です。お野菜もどこまで大丈夫か分からなかったので、一般的に好かれているお野菜のアスパラやブロッコリーまでにしてます!」



 急に早口の夕凪さん。



「……めっちゃ考えてくれたんだね! 俺、基本的に好き嫌いないから何でも食べられるよ。あと、無宗教だし。肉は何でも好きだよ」


「よかった……」



 彩もいいし、味の方は……一口パクッと食べる。



「あ! おいしい!」


「ホント!? よかった!」



 ほっと胸をなでおろす夕凪さん。本気で色々考えてくれたんだなぁ。



「あんた、それ、夕凪が朝4時に起きて作ったやつなんだから、もっと味わって食べなさいよね!」



 朝凪さんが横から茶々入れてきた。



「ホント?」



 夕凪さんの顔を覗き込むようにして聞いた。



「あの、その、あの……すいません。重いですよね」



 なんかいっぱい考えてくれたみたいだから、時間かかったのかなぁ。その間中、ずっと俺のことを考えてくれていたと思ったら、ちょっと感動してきた。



「ありがと。今度作ってくれる時はもっと気軽でいいよ。俺なんでも食べられるし」



 つい頭を撫でてしまっている。



「積木くん……ありがとう! 嬉しい! 優しい! 大好き! 私、毎日作ってきます!」


「毎日は大変だから、時々ね」



 なんでお弁当作ってくれた方が感動しているのか。夕凪さんは、胸のところで手を合わせて涙目だ。


 こうして付き合い始めての初イベント(?)の「一緒に弁当を食べる」も終わった。


 次はもっと会話してお互いの理解を深めよう。



 *



「それにしても、どうして教室で夕凪さんの評価が低いのか理解できない」



 俺は引き続き屋上のベンチに座ったまま、率直に疑問を口にしてみた。



「私、教室で『地雷女』って言われてるし……」


「それが分からない。なに?『地雷女』って」



 夕凪さんに聞いたところで、岸江がスマホ片手に割り込んできた。



「『地雷女』ってのは、付き合うと男を困らせる女のことで、見た目は清楚系、可愛くて、ネイルや髪の毛には手入れを怠らない、一方で精神面では情緒不安定で自己中心的。怒りやすく、自虐的。恋人に依存しがちらしいよ」


「ウィキペディアか、お前は」



 口頭で教えてくれるあたり、Siriか、アレクサか、コルタナかもしれない。ok googleは名前なのか?



「私……情緒不安定で自己中心的で依存する方かもしれません……」


「そうなの? じゃあ、不安になったら連絡してね」


「積木くん……」



 不安そうだったから、夕凪さんの手を握って安心させた。



「ちょっと!ちょっと!ちょっと! 昨日付き合い始めて、今日もう手を繋ぐのってハレンチ過ぎない!?」



 朝凪さんが俺たちの間に割って入った。


「ハレンチ」って何だっけ? リアルで初めて聞いたんだけど……



「それより、週末デートをしたいんだけど、夕凪さん予定ある?」


「なっ、ないです! 全然ないです! 積木くんに誘われなかったら土日ベッドの上でずっと体育座りで過ごすところでした!」



 うーん、それはどうだろう。



「まあ、空いててよかったよ。どっか行ってみたいとこある?」


「積木くんとなら、どこへでも! 地の果でも!」


「夕凪さんは もうちょっと自分を大事にしよっか」


「はいっ!」



 行き先とかはまたメッセージ送っとけばいいかと思っていると……



「ちょーーーーーっと 待ったーーーーー!」


「どうしたの!? 朝凪さん!」


「あんたのことだから、デートとか言って甘い言葉で誘い出して、部屋に連れ込んで夕凪に一生心に傷が残る辱めを受けさせたり、二度と表を歩けないような過激なイタズラをするつもりでしょ!?」



 朝凪さんが急に早口になった。微妙に時々夕凪さんと似てるかもしれない。



「部屋に連れ込むかどうかは別として、好きな人にそんな酷いことするわけないだろ!?」


「好きな人…好きな人…好きな人……」



 朝凪さんが軽く目眩を起こして倒れそうになる。俺はそっと支えて助ける。



「ちょっと! 気軽に触らないでよ!」


「ったく……」



 助けてやったのに……



「お部屋に…お部屋に…お部屋に……」



 こっちはこっちで、夕凪さんが軽く目眩を起こして倒れそうになってる。俺はそっと支えて助ける。


 やっぱ、よく似てるなぁ! この二人! やっぱ双子だよ!



 ■翌週明け月曜日


「よっ、おはよ! 積木!」


「おはよ、岸江」



 軽く挨拶をして、俺は教室の自分の席についた。



「確か、週末は唯月さんと初デートだったんでしょ? どうだった?」


「聞いてくれ! 最高だった!」



 そう! 先週末は夕凪との初デートだった。


 月並みだけど、映画を見て、喫茶店で話して、その後ウインドウショッピングして、最後はうちに招いて俺の部屋を見せた。


 えっちなことは……まだ早いかな、と。でも、キスはした! 


 いい雰囲気だったし。部屋で肩を抱きしめた時、夕凪は目を閉じて顎を少し出して、キスしやすくしてくれた。


 目を閉じてるんだけど、緊張からか瞼がちょっとピクピクしてて……これがまた可愛いかった。


 でも、本題は家族に会わせることだったので、父さん、母さんとも会わせた。


 夕凪は感動して泣いてたし。


 母さんが先走って「いつお嫁に来るの?」なんて聞くから、夕凪が「すぐに来ます!」って言ってた。


 俺はとりあえず「卒業してからね」となだめておいた。



「でも、最高だった……」


「よかったね。それにしても、すごい勢いで仲良くなっていくね」



 岸江が感心していた。



「そりゃあ、繊細な子だし俺が支えたいと思ったからな」


「ほら、唯月さん今もこっち見てるよ」


「あ、ホントだ」



 夕凪は、先に教室に着いていた。俺はその事を知っていた。


 なぜなら、彼女は色々なことをメッセージで教えてくれていたから。

 なんなら、教室に着いた時間まで分単位で分かる。


 とりあえず、ちょいちょいと手招きした。

 夕凪は小走りで寄ってきた。なんか子犬みたい。可愛すぎる。



「お、おはようございます! じゃなかった。おはよう! 積木くん!」


「おはよう、夕凪」



 俺が隣の席の椅子を手繰り寄せると、夕凪がそれに座った。



「なに? いまの」



 岸江が小首を傾げながら聞いた。



「挨拶のこと? 夕凪がいつも俺に対して敬語だから、普通にしようって話してたんだ。俺も夕凪を呼び捨てにすることにした」


「その方がもっと仲良く感じられるからって……積木くんが……」


「いいなぁ。初々しくて。リア充爆発しろって感じ」



 岸江はちょっと呆れ気味みたい。

「それでいいんだよ」とばかりに俺は夕凪の頭を撫でる。


 猫のように目を細めて嬉しそうにしてる夕凪は、最高に可愛い!


 そんな会話をしていると、クラスメイトの話しているのが、漏れ聞こえて来た。



『なにあれ、唯月さんめちゃくちゃ可愛くない!?』

『誰だよ地雷なんて言ったの!』

『積木って毎日弁当作ってもらってるらしいぜ』

『あのレベルの子に毎日弁当作ってもらえるとか羨ましい。恨めしい!』

『唯月さん積木にベタぼれじゃないか!』

『やっぱ、1組の唯月さんと同じ顔だし、スペック高いよな!』



「何あれ。見事な掌返しじゃない!?」


「全くだ。 夕凪は元々可愛いぜ!」


「そんな、私なんて……」



 俺達は噂話なんて気にしてなかった。



「ところで、積木。唯月さんって地雷要素ないの?」


「ないな」


「1日にメッセージ何件位送ってくるの?」


「夕凪から? 100件くらいかな」


「ひゃっ……! で、電話は?」


「ビデオ通話で毎日3時間くらいかな」


「さんっ……! 積木は、それで大丈夫なの?」


「まあ、付き合い始めだし。こんなもんだろ」


「いや……お似合いだよ。二人とも」


「サンキューな」



 岸江に褒められた。いいやつだな。



 ■昼休み屋上

 この日も天気がいいし、屋上で夕凪と弁当を食べることにした。


 ただ、ちょっと用事があるから、先に食べていてほしいとのこと。ついさっき教室で言われた。


 朝凪さんに呼び出されたらしいから、なんか用事があったのかも?

 一人寂しく屋上に行き、いつものベンチに座って弁当のふたを開ける。



「おおー! 今日も美味しそう!」



 なんか、日に日に内容が豪華になってないか!?

 そんなことを考えている、まさにそのときだった。


(バターン)勢い良く屋上の扉が開けられた。



「おまたせ! 積木! じゃあ、一緒にお弁当食べるわよ!」


「……」


「どうしたの? さ、食べるわよ。今日のおかずは何かしら〜♪」



 夕凪と全く同じ顔、形。同じ髪型、同じ服装のそいつは……



「お前、朝凪さんだろ」


「ぐっ、なっ、なんで分るのよ!」



 ちょっと意外そうな顔をする朝凪さん。なぜ分からないと思ったのか!?



「お前と夕凪は全く違うわ! すぐ分かるわ!」


「何が違うっていうのよ! 細胞レベル、遺伝子レベルで同じなのよ!」


「うーん、同じ顔なんだけど、ドアを開けた瞬間から もうおかしいと思ってた」


「すっ、姿を見る前から!?」


「なんで こんなことすんだよ! 夕凪はどうしたんだよ!」



(ガチャ)再び屋上のドアが開けられた。


 恐る恐るドアの外に誰もいないか確かめながら出てきたのは、今度こそ夕凪だった。



「お姉ちゃん、これでいいのかな? イチジクの缶詰買ってきたよ?」



 察するところ、朝凪が夕凪を呼び出して買い物に行かせたな。しかも、簡単に見つからないイチジクの缶詰。


 夕凪は夕凪で、どこで手に入れたんだよ、それ!



「あんたなんて、夕凪の見た目だけで寄ってきた輩でしょ!? 私と見分けなんかつかないんだから! あんたなんか、夕凪と釣り合わないんだから!」



 たった今、秒でバレたヤツが何を言ってるのか……

 俺は夕凪のすぐ横に行って頭を撫でてやる。



「お前こそ、夕凪の何を見てるんだよ。どんなに真似しても秒で見破ってやる。缶詰持って退散しろ」


「くっ! なっ、何なのよ! あんた!」



 地団駄踏んで逃げて行った。あいつほんとにクラスの人気者か!?



「夕凪、大丈夫か? どこまで買い物に行ったんだよ」


「えへへ、ちょっとそこまで。お姉ちゃんに頼まれちゃったし……早く 積木くんに会いたくて走って買ってきたの」



 健気だなぁ。よしよし。追加で頭を撫でておくか。夕凪が気持ちよさそうに目を細める。



「なんであんなに突っかかって来るんだろうな?」


「それは……私の一番の理解者がお姉ちゃんだったから……」


「そうは言っても、俺は夕凪をあいつから取り上げたりしないし、姉妹なんて縁を切ろうと思ったって切れるもんじゃないだろ」


「……そうだね。お姉ちゃんに言っておくね」



 なぜか、満面の笑みの夕凪。笑顔も可愛い。最高の彼女だ。

 そして、俺の肩に頭を預けて甘えてきた。

 なに、この可愛い生き物は!? 当然、俺は頭を撫でつつ、思うさま甘えさせ続けた。


 そして、昼休みも終わろうとしている時間で初めて気づいて、屋上のベンチで夕凪が作ってくれた弁当を一緒に食べるのだった。



 ■登下校デート

 朝の登校と夕方の下校時に時間を合わせて一緒に行くようになった。時には腕を組んで歩いたりして、それなりにスキンシップも自然になってきた。


 いつもにも増して夕凪がニコニコしているので、ちょっと聞いてみた。



「いま、どんなことを考えてるの?」


「どうすれば積木くんのカッコよさを全人類に知らせることができるのかな、って」



 その目のキラキラ具合はどういう状態かな……



「うーん、スケールが大きすぎるな。俺と夕凪だけで考えようか」


「うん、積木くんと私だけの世界でいい!」


「極端! 夕凪はゼロか100しかないのかな?」


「うーん、積木くんと会うのがゼロになったら、私は多分生きていけないと思う……」


「それはヤバいな」


「負の感情に抗いきれないと思う……」


「じゃあ、一緒にいて楽しく過ごそうか」


「うん! そうする! 一緒にいる!」



 ぎゅーっと腕に抱き着いてくる夕凪。可愛さのゲージがカンストしているな。



「週末またデートしない?」


「で、デート!」


「……」


「……」


「……」


「……」


「夕凪、顔が真っ赤だけど、いますごく色々考えてるよね?」


「ああーーー! 思考が映像化される技術が開発されてしまったら、私はきっと恥ずかしさで死ぬ!」



 なぜか、頭を抱えて悶絶する夕凪。この子もだいぶ面白いな。



「人類の技術はまだそこまで届いていないから、しっかり生きていこう」


「……うん。積木くん好き」


「話は戻るけど、今度のデートは図書館デートでどうかな?」


「……積木くんにそんな趣味があるのなら……私……がんばる!」


「なんか、変なこと考えてるよね? もうすぐ試験があるから、一緒に勉強できたらなぁって」


「!」



 夕凪が止まってしまった。フリーズ?

 次の瞬間、両掌で顔を覆ってしまった。



「私は恥ずかしい人間なの。私の様な人間は消し炭になって消えてしまえばいいのに……」


「夕凪が消えてしまったら俺が困るから生きて」


「はい! 私は積木くんのために生きます!」



 夕凪はとても面白いし、とても可愛い彼女で、最高だな。



 ■図書館デート当日

 図書館デートは、待ち合わせ場所を外にせずに、夕凪の家に迎えに行くことにした。彼女の場合、外で待ち合わせにしたら、すごく早い時間から待っていそうなので、何かあったら心配だ。


 朝凪さんともめるのはちょっと心配だけど、夕凪に何かあることを考えたら全然そちらの方がいいという判断だった。


 ただ、前日から俺はなにか違和感を感じていた。何だろうこの違和感の正体は……まあ、体調が悪い訳じゃないしいいか。


 夕凪の家に着くちょっと前にメッセージが届いた。夕凪からだ。



『すいません、ちょっと都合で待ち合わせを家の前の公園にしたいのですが……』



 夕凪の家の目の前は公園だ。何か家の中でトラブルでもあったのだろうか。



「分かった。公園で待ってるよ」



 もしかしたら、朝凪さんとまた何かあったのかも……俺がわざわざ家に行って事を荒立てると夕凪の負担になってしまう。大人しく公園で待つことにした。


 元々の待ち合わせ時間の10分前に公園に到着。

 すると、そこには夕凪が既に待っていた。実に彼女らしい。



「おはよう! 待った?」


「いえ、いま来たところです。ここは私の家の前ですし、全然負担とかではありませんから」


「そか。よかった」



 今日の夕凪は、ピンクと白のワンピース。襟や袖、裾にはフリルがあしらわれていて、可愛さが引き立っていた。髪型もいつも以上に決まっている。


 同系色の可愛いバッグも持っていて、どこからどう見ても美少女だった。



「じゃあ、早速行きましょう!」


「……いや、お前。夕凪じゃないな! 朝凪さんだろ!」


「なっ!」



 急に顔を真っ赤にする目の前の少女。



「な、何言ってるの。私はお姉ちゃんじゃないよ! 夕凪だよ」


「いや、お前は朝凪さんだ!」


「なんで分かるのよ!」



 やっぱりそうだ。油断も隙も無い。

 俺が朝凪さんと対峙していると、家の方から夕凪が走ってくるのが見えた。


 驚くべきことに朝凪さんと全く同じ服装だったのだ。



「か、可愛い……」


「積木くん……」


「ちょっと! なんでよ! なんで私って分かったのよ! 夕凪と同じカッコでしょ!?」



 さすがに今回はちょっと分からなかった。ただやっぱり、双子といえども仕草や声の調子などちょっとは違うもんだ。


 あとは、違和感の正体に今更ながら気づいた。昨日からメッセージが届いていないのだ。


 俺はスマホを取り出した。



「あ! やっぱり! 『夕凪』が2つある!」


「ちっ!」



 朝凪さんが舌打ちした! 夕凪と同じ顔でそういうのしないでもらっていいかな。


 友達登録した後に、「朝凪」の名前を「夕凪」に変えたのだろう。いつの間に俺のスマホを……


 そして、アイコンを夕凪と同じものにして、本物の夕凪の通知をオフにしたら完成だ。



「どおりで昨日からスマホが鳴らないと思ってた」


「なんでよ! なんで分かるのよ!」


「んー、なんていうか、雰囲気?」


「私たち双子は、昔から服もお揃いだったし、髪型もお揃いにしてきた!」


「ふーん」


「夕凪のことは私が一番理解してるのに! 後から出てきたぽっと出のあんたなんかに!」


「しょうがないだろ。好きになったんだから。好きな人のことは知りたいし、どんなに似てても他と間違えたくない」



 俺は傍らに夕凪を置いて、腰に手を当て抱き寄せていた。一方、朝凪さんとは対峙している形だ。



「なんでよ! なんで私じゃダメなの!?」


「なんでも何も、俺が好きになったのは夕凪だからだ!」


「うううーーーーーっ」



 朝凪さんが前のめりで唸りながら涙をボロボロ流している。どうしたいんだ、この子は!?



「服だって一緒じゃない!」


「まあな。ビックリしたわ!」


「仕草だって、喋り方だって夕凪そのものだったでしょ!?」


「驚くほどの成長ぶりだよ!」


「なのになんで分かるのよ!」


「お前こそ双子なめてるだろ。いくら双子でもそれぞれ別の人間なんだよ」


「うううーーーーーっ」



 またも、地団駄踏んで帰って行った。



「ホントになにがしたいんだよ、まったく……」


「私には分かるかもしれません……」



 夕凪が静かに話し始めた。



「双子って、テレパシーみたいな超能力みたいなものはないとしても、小さい時から同じ体で、同じ目で同じものを見て、同じ経験をしてきます」


「……」


「私たちも、服とか、進路とか、意図的に一緒にしてきたところがあります」



 なるほど。たしかに、同じ学校にいるしな。



「だから、同じ人を好きになることだって……」


「それは困る! 俺は双子じゃないし!」


「私もお姉ちゃんに取られてしまったら困ります。私にとって絶対勝てない相手だし……」


「そんなことはないだろ。夕凪の方が優れている事だってあると思うし」


「でも、お姉ちゃんが本気になったら、勉強だって、お料理だって……」



 俺は、夕凪を抱き寄せて耳元で言った。



「それでも、俺は夕凪が好きだ」


「積木くん……」



 またちょっと泣いてるし。



「しょうがないなぁ……」



 俺は頭をガシガシ搔きながら続けた。



「今日は、予定変更で夕凪の家か、俺の家か、朝凪さんも誘って3人で勉強するか」


「……いいんですか?」


「なんか一人だけ除け者みたいにしてるのも気分良くないし。夕凪さえよければ」


「はい! お姉ちゃんに声かけてみます!」



 この日は、夕凪の家で3人で勉強することになった。意図せず夕凪の家に行くことになり、ご両親に挨拶するイベントまで起きてしまったし、俺は俺でいっぱいいっぱいだったのは秘密だ。



 ■図書館デート改めおうちデートの翌日

 おうちデートでは、終始 朝凪さんが変なテンションだった。


 一緒に勉強して、分からないところを教え合ったのだけど、どんな問題も朝凪さんは解けていた。学年1位の成績は伊達じゃなかったらしい。


 勉強ばかりじゃなく、休憩時間にお菓子を食べたり、趣味の話を聞いたり、それはそれで得るものがあった。


 朝凪さんとも少し仲良くなれたと思った翌日のメッセージがこれだ。



『昼休みに勝負よ! 今度こそケチョンケチョンにしてやるわ! 屋上に来なさい!』



 これ、ホントにクラスで人気の人~!?

 ちょっと仲良くなったと思ったのに、1歩進んで2歩下がってる感じがする……


 昼休み、弁当を持って夕凪と共に屋上にのぼる。

 屋上は誰もおらず、がらんとしていた。



「……まだいないみたい?」


「そうですね。お姉ちゃん待ちますか?」


「いや、先に弁当食べ始めてしまおう。いつ来るか分からないし」



 そういうと、俺はいつもの調子でベンチに座った。夕凪も俺の横に座った。



「あ、積木くん! ちょっといいですか?」


「なに?」


「その……昨日はせっかくうちに来てもらったのに、お姉ちゃんもいたし、お父さんもお母さんもいたから……」


「うん」


「その……お姉ちゃんが来る前に、ちょっとだけキス……できたら……」



 KAWAII!!!!!



 幸い、屋上には誰もいない。ドアが「ドカーン」と開く前に。こういうのはお約束だから。


 キスする直前でドアが「ドカーン」って開いて、朝凪さんが飛び込んでくるのがお約束だから!


 俺は、お約束が発動する前に夕凪の腰に手を回して軽く抱き寄せた。

 夕凪は、目を静かに瞼を閉じると軽く顎を出してキスしやすくしてくれた。この辺りがまた可愛いところだ。


 夕凪の唇に優しく触れる様なキスをした。



(ガチャ)予想通り、少し離れたところで屋上のドアが開けられた音が聞こえた。


 残念ながら、俺には「お約束」は効かなかったようだな。朝凪さん!

 あれ? そういえば、夕凪はキスの時 目を閉じると緊張からか瞼がピクピクしていたはず。


 さっきは、気付かなかった。慣れてしまったのか?

 それはそれで、嬉しい半面、少し寂しいような気もする。



 そして、屋上のドアの前に立っている少女は……夕凪!?



「あー! お姉ちゃんいたー! もう! 私に買い物頼んで先に行っちゃうなんて!」



 なにーーーーー!?



 腕の中の夕凪を見ると、いかにもいじわるそうな顔のしたり顔でこちらを見ていた。



「夕凪ー! 見たー!? こいつは女と見たら誰彼構わずキスする男よー! 現に私がいま、キスされたわー!」



 朝凪さんが大声で夕凪を煽る。



「わーーーーー! 違うんだーーーーー! まさか、教室からずっと朝凪さんだとは思わずに!」


「お姉ちゃん! 積木くんは渡せない!」


「何を言ってるの! 夕凪も見たでしょ! たった今、私のファーストキスを……」



 そこまで言うと、顔が熟れ過ぎたトマトのようになり、ボンッと頭の上にきのこ雲でも上がりそうな勢いで湯気が上がった。



「ちょっとキスしたからって、調子に乗るんじゃないわよ! あんたのことなんか好きでもなんでもないんだから!」



 捨て台詞(?)を大声で叫びながら、朝凪さんが走り逃げて行った。



「ごめん、夕凪。今度ばかりは気づかなかった」



 朝凪さんの夕凪化スキルが急激に上がっているのだ。



「積木くん! 浮気しても最後には私のところに帰ってきてくださいね!」



 ちょっと涙目でとんでもないことを言う夕凪。俺が浮気したみたいになってる!



「見てたろ! 俺は騙されて……」


「積木くん、お姉ちゃんとキスしてた……私とも屋上ではしたことないのに……」



 うわ! ここにきて、手が付けられない状況に!



「ねえ! 積木! 俺の『おもしろセンサー』が『今こそ屋上に行け』って言ってたんだけど、今どういう状況?」



 よりによって岸江まで来る始末! もう、どうにでもしてくれ!



「ねえ! 積木くん!」



 俺のまだ交際は始まったばかりなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】双子の片方と付き合い始めたらもう片方がすごくヤキモチを妬いてくる 猫カレーฅ^•ω•^ฅ @nekocurry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ