そして垣間見る夢のこと






 魔法少女。

 なんらかの不思議な力を使い、騒動を巻き起こしたり事件を解決したりする少女を指すキャラクター類型である。

 力の根源は各々違う。魔法の国からやって来たお姫様であったり、魔法のアイテムを与えられる辺りが定番だろうか。

当初は日常的な事件解決型が多かったが時代が下るにつれて魔法という戦闘能力を持ったバトル系少女のような派生も増えた。

 現在では魔法を使えれば性別年齢に関係なく魔法少女とする場合も多い。実際男の娘魔法少女や魔法少女(30・既婚)といった方々もちらほら。

 魔法少女は非常に受け入れる幅の広い言葉となった。 


 そのため魔法少女まじかる☆ユエ、魔法天使らぶりー♡みそらも、便宜上“魔法少女”と呼称できる。

 彼女達は変身アイテムを使って魔法少女になる。が、その由来は魔法の国ではなく父・ハルヴィエドの発明だ。

 つまり変身アイテムとしての特性を付与した魔霊変換器であり、変身後の能力は本人の魔力に依存する。

 着ていた服は異空間に保管して、登録された衣装データ(デザイン担当、にゃ)を物質化した魔力で構築。常時魔力障壁と状態異常無効化という過保護仕様の上、ピンチになるとタキシードハカセ様もやってきます。


 それぞれ個人認証プロテクトをかけてはあるが、それさえ外せば理論上魔力を持っている人間なら変身は可能。たとえば魔法少女ゴリかる☆マッチョや魔法天使・苦労人♡アニキでさえ生み出せてしまう地獄のようなアイテムなのだ(ゼロス様ならスリット極キレのチャイナドレスが似合う、にゃ)。

 なおこの発明の経緯は、


  幼みそら『パパー、私もママみたいに変身してみたーいっ』

 ハカセパパ『よーし。パパ頑張っちゃうぞー!』

  沙雪ママ『子供に与えるオモチャのレベルを超えてません……?』


 といった具合で、パッパが愛娘のおねだりに負けた結果だという。ユエちゃんのお家やアリスちゃんジュリアちゃんのところでも同じようなやりとりがあったとか。

 父親というのは業の深い生き物である。


 それらの経緯を一切知らないハルヴィエドは純粋に魔法少女達を頼り、自らの面影と対峙する。

 神霊工学者とはいえ元々は四大幹部の一人。その戦闘力は決して低くない。

 加えて妖精姫が、メタル兵が、魔法少女達が援護してくれている。その攻めは激しく、しかしクピディタース・ラディクスはそれでも揺らがない。


「る、ルルン博士。お願いしますっ」

「うんっ」


 萌花のルルンが花吹雪を、魔法天使らぶりー♡みそらが氷の花を咲かせる。

 美麗だが強力な合体魔法にラディクスの動きは一瞬鈍り、ロリっ娘二人の活躍にSNSでダメな大人のお友達が大興奮している。

 続けて炎の親娘が飛び込んで拳を繰り出す。

 だが相手は10メートル級の猫耳天使。目に見えたダメージは与えられず、何故か新進気鋭の同人作家エレハ・カラブ先生の呟きが狂喜乱舞していた。


「ハルヴィエド・カーム・セイン、気付きましたか?」

「みんな頑張ってくれているが、ラディクスには殆ど効いていない。あれは障壁や魔力の断絶ではない。ごくごく単純な“硬さ”だ」

「つまり、あれを上回る方法もまた、ごくごく単純な“威力”になる……」


 清流のフィオナはその端正な顔を微かに歪めた。

 ラディクスからの反撃はないため、ひとまずエレスやリリア達に前線を任せている。

 ただし腕を使ってガードをしたり避けたり程度の行動はあるため、まったく安全だとも言い難い。

 だが攻撃の手が止まれば輝ける巨大ハカセは服を脱ぎだすので、現状を維持し続けるしかなかった。


「出力なら、ゼロス様や筋肉紳士タキシードマッチョ様の得意分野なんだが」

「だが未来において、ゼロス叔父様はアレと戦うことを拒んだ。加齢により魂が劣化しており……なにより、父様を愛していたからだ」


 声をかけてきたのは新型魔導装甲を纏った少女、ジュリアレーテ・エフィル・セインだった。

 神霊結社デルンケムの首領ヴィラベリートの娘だという彼女は、16歳とは思えない堂々とした態度だ。

 普段はかなりのんびりさんだが、クピディタース・ラディクスと戦う姿は一介の戦士にしか見えない。

 ジュリアは姉妹である花嵐のアリスとの連携を得意としている。

 妖精姫として激しい風の魔法でアリスが援護し、魔力を込めた鞭で中・近距離を制するジュリア。かなりの練度を誇るものの、ハルお父さんはそこそこ露出ありの鎧で鞭を振るうジュリアちゃんがちょっと心配だった。


「ジュリア」

「ふふ。若き父様と肩を並べて戦えるとは、奇縁だが悪くはない気分だ」

「そう言ってくれると嬉しいな、我が娘よ」


 喫茶店ではヴィラ首領とプラモ談義を交わしていたのに、今は凛とした表情をしている。

 勿論ハルヴィエドにとってはどちらの顔も大事な娘の一面。ラディクスを鋭く睨みつけるジュリアを温かく見守る……すると、フィオナから脇腹を小指でちょんちょんと突かれた。どうやらちょっと拗ねている模様。断っておくが、最終決戦の最中である。


「ハルヴィエド・カーム・セイン。あまり時間はかけていられないみたいよ?」

「ああ、清流のフィオナ。どうやら、そのようだ」


 天を舞うゴルディオン・ハルヴィエドンが翼を大きくはためかせた。

 同時にグッと胸元の服を掴み、ゆっくりと、はだけようとしている。

 ヤバい、脱がれる。

 その状況に皆が戦慄し、浄炎のエレスが「わっ、わわ⁉」と顔を赤くしつつ凝視していたし、メタル・ラヴィ(Lリアちゃん)が真剣な顔でごくりと唾を飲み込んだ。

 巨大ハルにゃんが輝きを増す。

 その様は大きな翼も相まって、天使としか表現しようがない。


 だがよく考えてほしい。

 進化の過程において鳥の翼がどのような経緯を経て完成したのかは定かではない。

 しかし一説によれば、翼は爬虫類の前肢が歳月を経て進化したものなのだと語られる。

 それが正しいとするのなら、翼というのは手の変化ということだ。

 

 であれば、背中から翼が生えた天使は、見方によっては手が四本あるとも考えられる。

 すなわち現状で天使に一番近い生命体はドラ〇ンボー〇のテンシ〇ハンさんではなかろうか。

 その仮説を意識していたことは、彼の名前からも伺える。半分くらいは天使=テンシ〇ハンということだ。

 つまり天使の放つ輝きとは、禿げ頭の放つ太陽の眩しさであると言えよう。

 そう、僕達は天使だった。

 

「ハルくん、もう無理なの……?」


 光の奔流にも負けず、メタル・キティこと戦闘員I奈が悲しそうに訴えかける。

 きっと彼女にはあの巨大な敵が幼い“ハルくん”に見えている。同じ気持ちなのだろう、隣に来たLリアが慰めるようにI奈の肩に手を置いた。


「キティ。せめて、あの子を止めてあげましょう」

「……ラヴィちゃん」


 それしかないと、分かっていた。

 可能性に縋ったが限界を迎えてしまった。

 I奈は微かに肩を震わせる。そして静かに、こくりと頷いた。

 よくよく考えたらただハルヴィエドが全裸を晒すだけなので、なんでこんなに悲壮感を出しているのか分からなくなってきた。


「でも、ボクたちの攻撃全然効いてないよ⁉」

「オレのまじかる☆炎王三點手でも駄目だった……」

「ユエちゃん、マジカル付ければ何でも許されると思ってないかな?」


 エレスもまじかる☆ユエも、最前線で戦うがゆえにおっきいハルくんの厄介さは身に染みているようだ。

 だが、ここで止めなければ。


「ねえ父さん、なにか策はないかな?」

「策、というより手段自体はあるにはある」


 花嵐のアリスの問いに、ハルヴィエドは苦々しい顔で答えた。


「どれだけ大きくなったとしてもあれがクピディタースであることに変わりはない。であれば、以前ルルンちゃんがやったように、魔力的な干渉で核だけを抜き取ることはできるはずだ」

「私、ですか? ……そっか、あの時の同級生の、ハルさんの」


 萌花のルルンは一瞬だけ俯いた。

 しかし顔を上げると、決意を瞳に浮かべまっすぐにハルヴィエドを見た。


「なら、私が。飛び込みますっ」

「ダメだ、ルルンちゃん。君にそんな真似はさせられない。……ここは、どうか私に譲ってほしい」

「ハルさん……」


 ラディクスからの反撃らしい反撃はないが、こちらの攻めを避ける為に腕を振り回す程度のことはしている。

 ならば深く懐に攻め入るのは己の役目だろうと、ハルヴィエドは懇願する

 それに負けたのか、少女達から反対意見は上がらなかった。


「でも、あの大きなハルさんはとっても硬いです。前みたいに核を抜き取るのは難しいと思います」


 心配そうなルルンと、何故か顔を赤くするエレスとLリア。

 実はあの二人仲がいいのかもしれない。


「いや、未来でどうだったかは分からないが、今の私はラディクスの組成をおおよそ理解している。前もって分解式を組み上げて実際に触れたなら分解できるはずだ。結局のところアレの原理は怪人や魔霊兵と同じだからな」


 問題はあれの内部まで干渉するために表皮を少しでも削れるか、そして分解し核を抜き取るだけの隙を得られるかどうか。

 おそらく一人なら詰んでいた。だが、今このタイミングなら隙を作ってくれる娘達がいる。


「わ、私が。私の氷で、全力で動きを止めます」

「なら、私がその補助を。ハルヴィエドさんから、合体魔法の手ほどきもしてもらっているわ」

「ママ……」

「みそら、一緒に頑張りましょう?」

「……うんっ」


 魔法天使らぶりー♡みそらが、清流のフィオナが足止めを申し出る。

 次いで花嵐のアリスが、ジュリアが一歩を進む。


「行動を抑制するくらいなら私達がやるよ」

「うむ、妾達が請け負おうぞ」


 もともと姉妹だ、彼女達の連携なら信頼できる。

 浄炎のエレス、魔法少女まじかる☆ユエ。ボクオレ親娘がその拳に炎を宿す。


「ならオレたちは」

「あれの身体を全力でぶち抜く、だね!」

「へへ、母ちゃんらしいな!」

「未来のボクって娘にもそんな印象持たれてるんだ……」


 ちょっと複雑そうなエレスちゃんはさておき、Lリアたちメタル兵も気合は十分だ。


「私達も浄炎のエレスに合わせ、一撃を」

「うん。ハルくんに、外殻を壊せるくらいの魔力をぶつけるレばいいんだよね」


 I奈もようやく覚悟を決めたようだ。

 ちなみにSやかちゃんもいるけど、微妙にノリ切れていないご様子。何となく気持ちは分かるのでハルヴィエドが視線を送ると、疲れたように頷かれた。ごめんね、巻き込んじゃって。


 ふい、と視線を地上に向ければ、ミーニャとその娘ネッコの姿があった。

 あの子達は出張らず、民衆に被害が出ないよう控えてくれている。そうやって陰ながらいつも支えてくれた義妹、その気質は娘にも引き継がれているようだ。

 ただ、どうしてかは全く理解できないが、二人の少女は望遠カメラを構えていた。


「済まない。迷惑をかける」

「気にしないで、ハルヴィエドさん。貴方のせいではないわ」


 清流のフィオナが優しく微笑みかける。

 実際に元凶は猛虎弁だし、この状況まで引っ張ってきたのはI奈ちゃんとLリアちゃんだよね? と思いながらも口にしなかったSやかちゃんは空気の読める子です。

 終わったらN太郎くんと宅飲みしたいなぁとか考えていても、じーっと発言せず姿勢を崩しません。

 

「そうだよ、父さん。内緒だけど実は……私達娘は程度の差はあれ皆ファザコンなんだ。父さんに頼られて、むしろ嬉しいくらいだよ」


 まるで自分が一番軽度だと言わんばかりに花嵐のアリスがクイッと眼鏡の位置を直す。

 悲しいかな、自らを客観視するのはとても難しいのだ。


「ハルヴィエド様。此度の失敗の責はすべてが終わってから負います。ですが今は、全力で事態の収拾に臨ませてください」

「ラヴィ、そう気負わなくていい。今回の件は失策ではなく君の優しさだ。私の補佐役がそういう優しい子で嬉しく思うよ。もちろん、キティもね」

「……お心遣い、ありがとうございますっ」

「ハルるん様、ありがとうございます!(意識してない子にこの発言、フィオナお姉さん大変だろうなぁ……)」


 感極まったらしく、Lリアの声が少しだけ震えた。

 しかしすぐに冷静さを取り戻しラディクスに向き合う。

 他の面々も覚悟が決まったようだ。


「皆、頼りにしている」

 

 号令というには穏やかなハルヴィエドの言葉に、各々が動き出した。

 囮となる者、一撃のために力を溜める者。流水と氷が枷となり動きを阻む。

 ひとまずは目論見通り。ここからは、ハルヴィエドがどれだけ上手くやれるかだ。


「よっしゃ、いこうぜ。ハルヴィ、ケリはつけなきゃよ」


 そして当たり前のようにいるタキシードマッチョ様。

 お前ほんとどっから湧いたの?


「タッチョ様、何故ここに?」

「俺がハルヴィのピンチを見捨てるかよ。まあ、ゼロス様は“お前たちの戦いに横槍を入れるつもりはない。いいとこ取りをするつもりも”ってことだが」


 いえ、ミスったらハルヴィエドのハルヴィエドが全国放送されるので全然横槍入れていいしバンバンいいとこ取りしてほしいんですよアニキ。


「……まあ、援護に来てくれたのなら嬉しい。タッチョ様の魔力量はこの局面では重要な戦力だ」

「任せな、親友」

「ふっ、期待してるぞ親友」

「おうよ!」


 そしてタッチョ様……元神霊結社デルンケム四大幹部が一人、レング・ザン・ニエべはハルヴィエドを担ぎ上げた。


「えっ、待てレング。何をしている?」

「状況は理解をしてるぜ。嬢ちゃん達が足止めしてる間に、お前が懐深く入り込んであの巨大なバケモンに魔力で構築した分解式をぶつけて表面を破壊、核を抜き取る。つまり、だ」


 ニッ、とレングは男くさい笑顔を浮かべた。


「お前が前もって分解式を準備、嬢ちゃんたちの一撃が決まったタイミングで俺がハイパーレング・ハルヴィエド・キャノンを最短距離で放つ! それがたった一つの冴えたやり方ってやつだ!」

「絶対違う!?」


 あとハイパーレング・ハルヴィエド・キャノンってなに?

 それつまりハカセ人間砲弾のことですよね?


「待て落ち着け。何を考えている」

「こんなこともあろうかと俺もトレーニングはしてきた。身体能力一斉強化、そしてお前の周りに魔力を纏わせることで前回よりも堅牢な砲弾を放てる」

「砲弾ってどう考えても私のことだが?」


 ハルヴィエドは大いに焦る。

 その瞬間エレスの、まじかる☆ユエの炎が。Lリアたちメタル兵の高出力魔力弾がラディクスに直撃した。

 好機を見逃すレングではない。

 彼は、数多の戦場を駆け抜けたいくさびとなのだ。

 レングの筋肉が躍動する。足から腰に、腰から胴に、胴から肩にそして腕に。全身の連動から生み出される力が、あますことなく投擲に注がれる。


「いっけええええええええええええええええええええええ!」

「非常に納得いかないぁあぁぁぁぁぁいっ、ポウゥゥゥゥゥ!?」


 オーバースローで投げ飛ばされるハルヴィエド。



 そして、夜の空に。

 一筋の銀の閃光が走った。






 ◆






 夜を駆ける刹那、ハルヴィエド・カーム・セインは不思議な体験をした。

 気付くと彼は古風なBarにいた。先程までラディクスと戦っていたのに、何故か現状に疑問を感じない。

 店内を見回すと、カウンターに若い男性がいた。

 その人の顔を、ハルヴィエドはちゃんと覚えていた。


「よっ、ハルヴィエド。先にやってるぜ」


 男性なのに容姿端麗という表現がぴったりくる美しい顔。

 反してどこか軽そうな雰囲気。

 そして、優しくハルヴィエドを見る瞳。

 彼は……


「父、さん?」


 随分前に会えなくなったはずの父親が、琥珀色の酒で満たされたグラスをゆったりと傾けていた。


「ほら、こっち。父ちゃんの隣に座りなさい。おいでおいで」

「あ、ああ」


 戸惑いながらハルヴィエドもカウンターの椅子に腰を下ろした。

 死んだはずの父が隣にいるのに、やはり疑問が浮かばない。

 店内には誰もおらず、なのに気付けばウィスキーの注がれたグラスが置かれていた。


「飲まないのか?」

「いや、頂くよ」


 言われるがままにウィスキーに口を付ける。

 喉を通る熱が心地良い。夢としか思えないのに、夢だとは到底思えない。奇妙な感覚だった。


「おー、いい飲みっぷり」

「酒は、好きだから」

「そっか。……知らなかった、お前と飲む機会なんてなかったもんなぁ」


 そうだ。

 父はハルヴィエドが成人する前に亡くなった。

 父を養うために精一杯働いていたのに、病気になって倒れた父を上層の奴らは無視した。メディカルセンターにも受け入れてもらえず、道端で寂しく逝ってしまったのだ。

 親子で黙って酒を飲む。得られなかった時間がここに転がっている。

 それを嬉しく思っているのだろうか? それとも、刹那の邂逅を悲しんでいるのか?

 自分の気持ちさえ定まらず、ハルヴィエドはただアルコールを流し込み続けた。


「なあ、ハルヴィエド。お前、母ちゃんのこと恨んでるか?」


 不意に父が静かに問うた。

 母はホストだった父に仕事を辞めさせたくせに、他に男を作って家を出た。

 父と自分の苦難の発端は母にあると言ってもいい。しかし恨んでいるかと問われれば答えに窮する。


「……分からない」

「お、いっがいー。わりと即答で憎いって答えるんじゃね、って思ってた」

「どう、なんだろうか。たぶん昔は相応に憎んでいたような気がする。ただ、私にも好きな人が出来たんだ。だから今は、出て行った母にも母の理由があったのでは、くらいには考えられるようになった」


 きっと恋は人を不合理にさせる。

 ハルヴィエドには大切なモノが多い。恋い慕う誰かのためであっても、全てを放り投げるなんて出来ないだろう。

 だけど母は父の他に好きな人を作って、全てを投げ捨てた。

 それは単に在り方の違いなのではないか。昔ならともかく恋を知った今では、母を安易に責めることはできなかった。


「ただ、どうして一度は父さんを愛したはずなのに、簡単に捨てられたのか。それだけは、分からない」

「あー、そっかぁ。へへっ、ハルヴィエドにも好きな人が。子供はいつの間にか大きくなるなぁ」


 俯くハルヴィエドの嘆きに、父は頬をポリポリと掻きながら曖昧に笑った。


「母ちゃんな、別に嫌な奴じゃなかったよ。ただ母ちゃんはなぁ、女である自分を捨てられなかった。ずっと愛したかったし、ずっと愛されたかった。だから父ちゃんじゃ物足りなくなっちゃったんだ」


 寂しそうなのか、納得しているのか。

 父の声にはあまり未練は感じられない。


「だって、俺はきっと昔のようには母ちゃんを愛してなかった。もしも妻と息子が同時にピンチになったら、迷わず息子を助けに走るもんな。そういう俺に魅力を感じなくなったんだと思う」


 だから自分だけを愛してくれる人の下に走った。

 つまるところ致命的なまでに“家庭に向いていない人”だったらしい。

 正直、憎むまではいかなくとも嫌悪感はある。なのにどうしてか、父は納得している様子だ。


「浮気じゃなかったんだよなぁ。ちゃんと、本気になって出て行った。隠れて男とイチャコラ、なんて真似はしなかった。当面の生活費はおいていったし」

「なんで、父さんは。裏切られてそんな風に……絶対、父さんはあんな死に方をする人じゃなかったのにっ」

「ははっ、なんつーか、嫌うなとは言わねえよ? 母親としてはクズだったし。それを言ったら俺も父親失格だけどさぁ。でもさ、母ちゃん真剣に恋して出て行ったんだ。軽い気持ちで捨てたんじゃない。なんの免罪符にもならんけど、そこだけは知っててほしい」


 そう言った父は、がしっとハルヴィエドの肩を抱いて引き寄せる。

 曲がりなりにも荒事をしてきたのだ、今ではこちらの方が体格はいい。父は、こんなに細かったのか。改めて認識すると少し切なくなった。


「ごめんな、ハルヴィエド。きっとお前が所々抜けてるのは、俺らがちゃんと“子供をやらせてあげられなかった”せいだ。本当なら子供の頃に経験するはずの色々なものを、お前は取り逃してきた」

「そんなことはない。俺は、貴方に大切なことを教わった」


 父が、頭でっかちの天才気取りに“愛すべきバカ”がいると教えてくれた。

 そんな父を尊敬したから前首領セルレイザについて行けたし、ヴィラ首領のために頑張ろうと思えた。

 にゃんj民としてグダグダを楽しめたし、その結果が初恋の成就だ。

 だから父の嘆きを真っ向から否定する。

 あなたは、息子をしっかりと育て上げたのだと。


「でも、不安だろう? 誰かを好きになること。好きな人と結ばれて、いつか父親になること」


 父の優しい言葉は正鵠を射ていた。

 ちゃんと母に愛されず、父を失ったまま大人ぶって生きてきた自分が、果たしてまともな親になれるのか。

 複数の未来を見せられるたびに、沙雪を裏切らないでいられるのかと、かすかな不安が胸を過る。

 26歳になるまで初恋もできなかったのも結局そう言うこと。

 これだけ歳を重ねても誰かに背中を押してもらえなければ一歩を踏み出せなかった。


「大丈夫だ、ハルヴィエド。お前はね、これから昔に拾えなかったモノを少しずつ手に入れてくんだよ」


 言いながら父はハルヴィエドを抱きしめた。

 そう言えば幼い頃、何度もこうしてもらった記憶がある。

 働けない自分を情けないと嘆きながらも父は息子を愛することだけは絶対に止めなかった。


「子供の頃に作れなかった友達を、できなかった楽しい遊びを、食べられなかった美味しい食事を。お前が尊敬するヤツ、お前を慕うガキ。一緒にふざけて笑ってくれるバカ。心配してヤキモキするお人好し。お前が大切に想うだけ、お前を大切にしてくれる人にだってきっと出会える」


 何も教えることができなかったと落ち込んでいた父が、今初めて父としての教えを残そうとしてくれている。

 ハルヴィエドは父のぬくもりを感じながら、優しい声に耳を傾ける。


「誰かを愛して、想い結ばれて、新しい家族だってできる。転んだなら大笑いしつつ手を差し伸べてくれるヤツもいるんじゃね? そんなお前が、いい父親になれない訳がない」

「でも。いい父親になれたとして、その姿を父さんにも、セルレイザ様にも。見てもらえるわけじゃない、だろう?」


 いつか自分を救い上げてくれた人たちはみんな死んでしまった。

 たぶん、拾えなかったモノを集めていっても、その中に取りこぼした何かは含まれていない。


「んなわけないじゃーん。俺はいっぱいお前を愛した。きっとお前は、自分の子供をいっぱい愛する。そうしたら今度は、お前の子供が誰かをいっぱい愛していく。愛って、そうやって繋がっていくもんだ。だから、何も不安に思わなくていい」


「お前は沢山の愛を知って、沢山の愛を誰かに伝えていく。それが、俺やそのセルるる? がいた証になるから」


「どんな道を歩んでも俺は見守っているし、どんな結末を迎えても、お前は俺の自慢の息子だよハルヴィエド」


 ああ、もしかしたら。

 ずっと父にそう言って欲しかったのかもしれない。

 胸の中に刺さっていた小さな痛みが消えていくのを感じる。


「そう、か……。なら、それに恥じない生き方を見せないとな」


 ハルヴィエドは静かに、しかし決意に満ちた呟きを零した。

 それと同時に周囲の景色も、父の姿も薄れていく。

 この邂逅は所詮一抹の夢、いつまでも続くものではない。

 だけど、父の心は受け取れたと思う。

 失ったものは戻らないし、先のことも分からない。だとしても、死してなお愛し続けてくれた父が自慢できるような息子でありたい。


 そうして、景色が完全に崩れ去れる間際、ハルヴィエドは考えた。

 父にもう一度会えたのは嬉しかったが。


 ─────こういう夢は、人間砲弾中じゃない劇的なタイミングで見たかったなぁ……。





 ◆




「ぬぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉」


 夜を切り裂き風に吹かれながらハルヴィエドは意識を取り戻した。

 レングのゴリラ・ゴリラ・ゴリラパワーで投擲された彼は、まっすぐにクピディタース・ラディクスへと直進する。

 そもそもクピディタースは他者の願いに反応する。

 あの夢は、その特性が影響したのかもしれないけど実際はただの走馬灯なんじゃね? っていうか絶対あとでレングぶん殴る。

 


そうして、ハルヴィエドは向かう先に手を伸ばし。

クピディタース・ラディクスに着弾した。



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