ほわいとふぇざーすのこと


 アイナ・ルノ・リハーにとって世界はひどく狭いものだった。

 彼女のいた次元での成人年齢は15歳、基礎教育もそれに合わせて修了となる。

 しかし産まれた時から神霊結社デルンケムにいたアイナは日本に来るまで学園に通ったことがなかった。


 もっとも勉強自体はちゃんとしている。

 組織には物好きな人物がいて、基礎教育に相当するテキストや参考書を自作し若年層に無料配布してくれるのだ。名前も知らない相手だが、そのお人好しにはそれなりに感謝していた。

 

 ただ、窮屈さを感じないわけではない。

 

 両親がともに戦闘員であり、組織育ちのため故郷もない。知人友人もデルンケムの関係者。アイナの全ては基地内で完結していた。

 だから彼女は、古参が「頼りない!」と悪し様に罵る首領ヴィラベリートに対して、一方的な共感を覚えた。

 同じく組織で産まれ、理由は違えど基地以外に居場所のない籠の鳥。

 戦闘員の大規模離脱の際も両親に「組織に残りたい」と願い出たのは、ヴィラベリートが純粋に心配だったからだろう。


 そういう彼女にとって神霊結社デルンケムの大幅な路線変更は喜ばしかった。

 父はハルヴィエドの経営する合同会社で働き、アイナ自身はヴィラや萌と同じ中学に通う。学校帰りには友達と遊び、恋人のM男お兄ちゃんとデートもして、SNSで好きに呟き、豆大福を堪能し、戦闘員仲間とお泊り会なんかもしている。

 自由で、心地よくて……だからたぶん、調子に乗り過ぎてしまった。


 偶然出来た弟の“ハルくん”。

 よくよく考えれば問題があると気付けたはずだ。なのに弟を世話するのも振り回すのも楽しすぎて、色々なことから目を背けていた。

 ハルくんは少しオドオドしていたけど頭が良く、素直ないい子だった。

 いっしょにおやつを食べたし、遅くまでゲームもした。

『お姉ちゃん』という呼び方に言いようのない喜びを感じた。

 リリアも一緒になって勉強を見てくれて、まるで本物の家族が出来たように思えたのだ。

 

 その結果が、煌めく巨大な天使だ。


 何かを間違えた訳ではない。クピディタースである以上、いつかはああなると約束されていた。

 もしかしたら戻るのでは? そんな期待が胸のどこかにある。

 けれどこれ以上我儘を押し通すことはできない。

 狭い基地の中だけの世界に生きていた時は気付かなかった。


 自由には相応の責任が伴う、それは理解しているつもりだった。

 なのに周囲のことが見えていなかった。

 マジメでちょっとカタい友達も、冷たく見えるオモシロ上司も。こんな事態になっても文句一つ言わず責めもせず、それどころかアイナを慰め、体を張って事態を収束しようとしてくれる。


 ……好き勝手の代償を払うのが自分ならまだよかった。

 でも、実際はバカをやれば周りの優しい人たちが無茶をする。

 アイナは変わり果てたハルくんの姿に、迂闊さが招いたこの景色に、己が罪過を嫌というほど思い知らされた。

 



 その時、夜の空を銀の閃光が切り裂く。

 ポウゥゥゥゥゥゥ! という謎の音と共に。




 銀の輝きがクピディタース・ラディクスに直撃する。

 たぶん、そこで色々なものが終わった。

 天を舞う異形も……アイナのただ幼かっただけの時間も、また。




 ◆




 魔霊兵にしろ怪人にしろ、クピディタースにしろ根本は変わらない。

 物質化した魔力を身体組成とし、生物のように構築する。ただしクピディタースは外的要因によって変化するという特性上不安定で、疑似体細胞同士を無理矢理に繋ぎ止めるための、構造の設計図を刻み込んだ魂に似た霊結晶───“核”が存在している。

 抜き取れば疑似体細胞は結びつきを失くし、物質化が解かれ元の魔力に戻り霧散していく。

 ごくごく単純な構造でありながら未来世界で対応しきれなかったのは二つの要素があったせいだ。


 一つ、ラディクスの発見が遅れたせいでじっくりと育ってしまった。

 二つ、根本的に次代の魔法少女達は親世代の妖精姫よりも弱かった。


 ラディクスの構造が分解式では結合を分断できないほどに安定しており、単純な接触では体細胞の破壊ができず核も抜き取れなかった。

 単純な出力で表皮を砕けもしなかった。

 つまり、この結果はある意味でアイナとリリアの功だ。

 急激に成長したおかげでその防御力とは裏腹に構造自体は不安定なまま。既にクピディタースの全容をおおよそ理解していた砲撃(ハカセ)なら簡単に貫くことができた。


 クピディタース・ラディクスは銀の閃光に破れた。


 ロスト・フェアリーズもメタル兵も、魔法少女達もその最期に目を奪われていた。

 カラダが魔力に戻り、光の粒子となって大気へと還る。

 “ハルくん”の表情は苦悶とは程遠い。まるで天寿を全うする老人のように穏やかだった。


「ハルくん……」

「すみません。わたし、が。私達が、貴方を」


 アイナの、リリアの寂しそうな呟きがそっと風に乗ってそのまま消えた。

 プログラムされた人格は果たして一個人足り得るか。問いの答えは、彼女達の横顔が雄弁に語っている。

 完全に消えてしまう間際、“ハルくん”の口がわずかに動く。アイナとリリアだけがそれに反応した。


『ありがとう、ごめんね……』


 耳には届かない声を心で受け取り、少女達は小さく頷く。

 満足したかのように、クピディタース・ラディクスは一際大きく光を放つ。

 ふわりふわりと空へ昇る魔力は天使の羽を思わせた。

 ああ、どこかから讃美歌まで聞こえてくる。(vocal.ミーニャ・ルオナ、謎の魔法少女猫ネッコ)

 叶うならば、あの羽根が報われぬ魂を安寧の地へと導いてくれますように。

 願いの行き先は誰にも分からないまま、猫耳天使は煌めきながら空に溶けた。


 大切な弟との別れに、アイナは一筋の涙をこぼした。

 悲しいし、寂しい。けれどあの子は優しいから、泣いている姿なんて見せたらきっと安心できない。

 だから弟の旅立ちに、精一杯の笑顔を贈る。

 

「……ねえ、リリアちゃん。私ね、いつかお兄ちゃんと結婚して、子供が生まれたら。ハルヴィエド……ううん、ハルって名前を付けたいな」


 そんな日が訪れたならいいと思う。 

 その時に子供に聞かせてあげるのだ。あなたには叔父さんがいたんだよ、と。


「ええ。その時は、私にも会わせてくれますか?」

「もちろんだよっ。いつかきっと、またみんなで……」


 アイナとリリアは寄り添い、今は形もない憧憬を夢見るように静かに微笑む。

 どうにもならない別れを受け入れた少女達は、昨日よりも少しだけ大人になった。







 近く遠く聞こえていた讃美歌が途切れる。

 ほどなくすれば目を焼いた眩しさも収まり静かな夜が戻ってくるだろう。


「ああ……っ⁉」


 天使の末期を呆然と眺めていた少女達の中で、“それ”にまず気付いたのは清流のフィオナだった。

 クピディタース・ラディクスが消えて、薄れゆく光の中心に彼女は人影を見つける。

 

 ハルヴィエド・カーム・セイン。

 

 力を使い果たし、脱力してしまったのか。銀髪の青年は光り輝く羽根が舞い踊る中、静かに空から落ちてくる。

 煌めく粒子が漂う夜の街は黄金の海原のようだ。

 そこに酷薄な美貌の持ち主がゆっくりと落下してくる様はひどく優美で、宗教画に似た神々しさがあった。

 一瞬惚けてしまったフィオナだが慌てて彼の下へと走る。

 おそらく魔力の影響のおかげだろう、落下速度は遅い。しかしいつ途切れて地面に叩きつけられるかは分からない。

 早く、速く。肌を撫でる風さえももどかしい。

 

 フィオナは思う。

 そう言えば、子供の頃はこうやって必死に走った経験なんてなかった。

 富豪の家に生まれ下心ありきの人間関係ばかり。嫉妬に晒されるのも日常茶飯事。彼女自身も、周囲の人間に対して諦めに似た感情を抱いていたような気がする。

 けれど今は勝手に体が動く。動き出せるようになったこの心がなによりも嬉しかった。


 ハルヴィエドは重力に引かれて落ちる。

 地面はすぐ近く……でも、間に合った。

 フィオナは垂れ込みそうな彼をしっかりと抱きとめる。体重を全部預ける形になっているためかなり重い。けれどその重さが信頼されている証のように思えて心地よかった。

 

「大丈夫、ですか?」

「ああ、終わったよ、全部。てかあの野郎どこ行った?」

「タキシードマッチョ様さんなら、俺はただの援護だから勝利は当事者で分かち合ってくれ、と去っていきました」

「逃げやがったな。マジでぶん殴る」


 安堵からか、少し言動が子供っぽい。

 フィオナは微笑み、抱きしめる力を僅かに強くする。


「あまり無茶をしないでください。私だって泣きますよ」

「はは。私は無茶をする気がなかったのだが……すまないな」


 優しい声が耳をくすぐる。

 お互いの鼓動を肌で感じられる距離。ああ、本当に、彼が無事でよかったとフィオナは心底安堵した。

 遅れて他の少女達も達もやってきた。……いや、違う。今の今まで、邪魔をしないようルルンが他の少女達を止めていたようだ。あの子は彼を兄と慕っており、幼く見えるが気遣いを忘れない。フィオナを思って、彼を助ける役を譲ってくれたのだ。


「パパ、よかったぁ」

「怪我してないですか、晴……ヴィエドさんっ!?」


 みそらもエレスも彼の無事を喜んでいる。

 しかし誰も“ラディクスを倒せてよかった”とは言わない。

 アイナとリリアは少なからず傷付いている。それを無視して喜べるような子はいなかった。


「ああ、大丈夫だ。皆もありがとう……ミーニャも、ネッコも」


 ハルヴィエドがそう言うと二つの猫影が姿を現した。

 ミーニャ・ルオナと謎の魔法少女ネッコ。

 この親娘は派手な戦いには参加せず、ラディクスの存在によって活性化した通常のクピディタースを人知れず狩っていたのだ。


「こっちの方が私は性に合ってる、にゃ。でもネッコは付き合わせてごめん」

「気にしない気にしない。影には影の役割があるにゃん」


 自分の役割はこういうものでいいと二人して平然と語る。

 今回の勝利は全員が自分の出来ることをやったからこそだったのだろう

 皆が改めてハルヴィエドの無事を確かめる最中、アイナが一歩前に出た。その隣には支えるようにリリアが控えている。

 二人は頭を下げて、何度目かも分からない謝罪を口にした。


「すみませんでした」

「ハルるん様、ごめんなさい」

「だからキティ、ラヴィも。もういいと言っただろう。……むしろ、憎んでくれていい。私は、君達の家族を奪った」


 けれどハルヴィエドに責める気はないようだ。

 それどころかアイナを慮って自虐的な発言をする。彼の悪い癖だ。周囲の少女達は心配そうにその流れを見守っていた。


「そんな、ことないです。私が、悪くて」

「誰かを想うことが悪いなんて。世間がどうあれ、私はそう考えたくはないな」


 傍から見れば騒動の一員を担ったのは間違いない。

 それでも彼は悔やむ必要などないと語る。一般の倫理からズレた考え方をするのは、やはり彼が悪の科学者だからだろうか。

 

「それに、反省し過ぎて元気をなくすような真似をされると困る。君なら、多少周りを振り回すくらいの方が喜ばれるよ、なぁラヴィ?」

「……はい。ハルヴィエド様の言う通りです」


 リリアも、本当に嬉しそうに頷く。

 そのおかげでアイナの表情が少しだけ柔らかくなった。


「やっぱり悲しいです、寂しいです。でも……大事な弟がいたって、ずっと覚えています。そしていつか、自分の子供に……ハルくんって名前を付けて。あなたの名前は、すっごく大切な、宝物なんだって。そう、伝えてあげたいです!」


 空元気でも元気は元気。

 アイナは精一杯の笑顔でそう宣言する。

 そんな少女の強がりを見て、ハルヴィエドはぎこちなく笑った。


 魔法少女達の登場から始まった一連の騒動は、こうして終わりをこうして終わりを迎えたのだった。



















 おまけ・遠く離れたところで状況を見ていた人達。




 横やりを入れるつもりはない、そう言いながらも元統括幹部ゼロス・クレイシアは離れた場所で状況を観察していた。

 傍らには元幹部レティシアと戦闘員A子もいる。

 劣勢に傾くようならば乱入するつもりではいた。

 もっとも、ラディクスは攻撃らしい攻撃をせず、可愛い弟も少女達も無事で済んだ。

 結局手出しは必要なく、ゼロスは安心してその場から離れようとした。

 ……のだが、戦闘員A子が何故か肩を震わせていた。


「……どうした?」

「圧倒的っ、ツッコミ不足……!」


 A子が絞り出すようにそんなことを言い出した。


「黄金天使なハルさんとか、ハルさん人間砲弾なレングさんとか。戦いも何も知らない人から見たら壮大なボス戦みたいになってるのが凄い引っかかる……!」

「お、おう?」

「というか茜ちゃんとリリアちゃん、“おっきいハルさんが硬い”って萌ちゃんの発言でちょっと反応してたよね? なんなの? 思春期なの?」

「いや、落ち着かないか?」

「ラディクス倒した後に落下してくるハルさんも。天使の羽が舞う中落下してくるハルさんとか、どうしたらそうなるの? 皆呆けて眺めてたけど、それただのハルさんだから。なんにも神々しくないから」


「あと、アイナちゃんも。自分の子供にハルさん由来の名前つけるとか、将来的に絶対問題になるヤツだしなんか浮気の匂わせみたいになってるから。雰囲気に飲まれてリリアちゃんも軽々しく同意しちゃダメ……」


 会話の内容はゼロス様が唇を読みました。


「沙雪ちゃんもなんかヒロインみたいな役になってたけど思い出して。ハルさん人間砲弾されて落下してきただけだから。別に感動のシーンじゃないから」


「ミーニャさんも、ネッコさんも、自前で讃美歌を用意しないでください。しかもすっごい上手なのがまた……」


「というか、サーヤちゃんもなんでちょっと感極まった感じで両手を組んでたの? 流されやすすぎない? これ頭のてっぺんからつま先まで茶番だよ?」


 もう限界である。

 これでも結構心配していたA子だが、眼前で繰り広げられるツッコミなしの長丁場コントに精神がかなりすり減っていた。


「ああ、うん。エーコ。君の怒りももっともだ。よし、もう帰りにどこかでちょっといい夕飯でも食べていこう。それがいい」

「ゼロスさん……凄く綺麗に終わった感じなのに、すごく納得がいかないんですよ……」

「うんうん、そうだな。今日は奮発するから、何でも言ってくれ」

「外食よりゼロスさんのチーズのリゾット食べたいです……」

「任せてくれ。腕によりをかけるから」


 ハルヴィエドの奇行を目の当たりにして妙なダメージを喰らったA子を慰めようと、ゼロスはつとめて明るく振る舞う。


「さあ、レティも行こう。……レティ?」

「すみません、少し友人たちに色々報告をしていたもので。私も、ゼロスさんの料理食べたいです。お手伝いさせてもらっていいですか?」

「もちろんだ」


 先程からスマホをポチポチしていたレティシアも、優雅な微笑みを見せてついてくる。

 つまり、世は並べて事もなし、という話である。

 












114:名無しの戦闘員

 ああ笑った

 さすがの実況力だぜせくしーちゃん


115:名無しの戦闘員

 アニキとA子ちゃんと一緒にハカセの奇行を観戦できてかなりテンション上がってたなw


116:名無しの戦闘員

 反面A子ちゃんがなんかダメージ負ってるけどw


117:名無しの戦闘員

 とりあえず決着がついてよかったンゴ

 ……ワイ将、ハカセ社長代理から明日お説教ないかちょっと不安


118:名無しの戦闘員

 猛虎弁は根性も矮小だな


119:名無しの戦闘員

 ま、それはそれとしてこっからは俺らもハカセのためになることするか


120:名無しの戦闘員

 おー またネットで結構な騒ぎになってるしな


121:名無しの戦闘員

 今度は猫耳黄金ハカセ天使がデルンケムともハカセとも関わりがないっていう風に嘘記事乱立させる感じかな?


122:名無しの戦闘員

 あと、ハカセと魔法少女ちゃん達のことも

 アンチスレも結構伸びてるし擁護スレとかもやるか


123:名無しの戦闘員

 ハカセはともかくロスフェアちゃんやLリアちゃん達に誹謗中傷が行くのは嫌だしな


124:名無しの戦闘員

 工作工作ぅ


125:名無しの戦闘員

 ネットでぐだぐだしてる俺らもちゃんとやれることをやってやらなきゃな


126:名無しの戦闘員

 新刊同人書かなきゃ(使命感


127:名無しの戦闘員

 新しいフィギュア作らなきゃ(使命感


128:名無しの戦闘員

 ロスフェア画像まとめ更新しなきゃ(使命感


129:名無しの戦闘員

 お前らの使命感はいらねえw



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