神無月さんと葉加瀬さん①



 その日、私こと神無月沙雪は一人で喫茶店『ニル』に寄った。

 今日はクラスの男子が「放課後皆でカラオケに行こう」としつこくて、断るのに少し疲れていた。だから甘いものを食べて気分転換がしたかった。


「あ、いらっしゃいませ、沙雪ちゃん」

「こんにちは、英子先輩」


 同じ学校の久谷英子先輩はこの喫茶店でウェイトレスのバイトをしている。

 とても美人な先輩を目当てに通う男子生徒も多いとか。

 それだけでなくマスターのケーキは絶品で、店は今日もかなり混んでいた。


「ごめん、沙雪ちゃん。今だと相席になるんだけど、いいかな?」

「相席ですか……」


 正直に言うと警戒してしまう。

 家が裕福で、己惚れるつもりはないが容姿もそれなりに整っていると思う。

 妙な男性に声をかけられる機会も多く、相席だと煩わしいことになってしまうかもしれない。


「おや、君は……」


 すると一人の男性と目が合った。

 銀髪に赤と金のオッドアイ。私が今まで出会った男性の中でも飛び抜けた美貌を持った青年が小さく手を振っている。

 名前は葉加瀬晴彦。確か、電子関係の企業に勤める男性だと言っていた。


 前回この喫茶店で知り合った彼の印象は人目を惹く美しさとは裏腹に、接しやすい人といったイメージだった。

 初めは私の友達である結城茜に、『美しいお嬢さん』と言って近付いてきた。

 性質の悪いナンパかと思えば、実は英子先輩やマスターの親しい友人であり、私達に挨拶をしにきただけだった。

 

 その“つかみ”として『女性をスマートに褒めるオトナな男性』を演じようとして失敗する辺り、悪い人ではないのは分かった。

 なにせマスター以外の男性をほとんど褒めない英子先輩が、『ちょっと変なところはあるけど真面目で義理堅い、優しい人だよ』と評価していたのだから、それだけで信頼できるというものだ。


「どうも、神無月さん。席がないなら相席なんて、ど、どうかな。いや、私と一緒が嫌なら早々に席を立つが」

「いえ、お気遣いなさらず。……なら、御一緒させていただけますか?」


 私はくすりと笑ってしまった。

 ナンパどころか、どうやって声をかけるのか悩んでいたのが簡単に察せる。

 かなり年下の私に随分と気遣ってくれている様子だった。


「そう言ってくれるなら。ああ、英子。追加でこの木苺のエクレアを頼む」

「はーい。でもハルさん、食べ過ぎたら太りますよ」

「それが幸か不幸か、忙しすぎて体重はむしろ落ちているよ」


 溜息を吐く葉加瀬さんに、英子先輩は笑いを堪えている。

 

「ハルさんね、以前マスターが勤めていた会社の幹部クラスなの。優秀で生真面目なんだけど、その分社長に頼られ過ぎていつも沢山仕事を抱えてるんだよ」 

「そうなんですか。まだ若そうなのに幹部クラス……凄いんですね」


 驚いて素直な誉め言葉を伝えたが「幹部と言っても何でも屋みたいなものでね」と謙遜している。

 クラスの男子とかは部活や勉学の成果を自慢する人が多いから、やはり大人なのだと好感を抱く。

 

「英子。そんなことよりも注文を通してくれ。神無月さんは」

「あ、ではベイクドチーズケーキを。紅茶はアッサムで」


 はーい、と元気よく英子先輩が返事をする。

 ケーキが届くまでは葉加瀬さんと二人きり。ちょっと緊張するかな、なんて思っていると彼の方から話しかけてきた。


「神無月さん、前回はすみません。初対面だから場を盛り上げようとしたのだが、どうも空回りしてしまって」

「いえ、そんな」


 確かに頭撫で占い2級とか、葉加瀬さんはあまり冗談が上手くないタイプだった。

 でも緊張していたのは見て分かったので、そこまで悪印象はなかった。女性に慣れていないのかな、とは思ったが。


「はぁ……。しかしあの時は、朝比奈さんに助けられた」

「ふふ。萌とお話盛り上がっていましたね」

「優しい子だ。子供だからと侮ってはいけないな」


 意外と話しやすい。

 途中でケーキもきて、葉加瀬さんは美味しそうに木苺のエクレアを食べている。


「甘いもの、お好きなんですか」

「ええ。ただ旨いものなら分け隔てなく楽しむ。とりわけアニキ……失礼。マスターのケーキは絶品だな。自然と笑顔になる」

「……普段はアニキと呼んでいるんですね? ご兄弟では……」

「いや、マスターには以前職場で親しくさせてもらっていて。その、気安い酒の席では、無礼講と言おうか」


 照れて頬を掻く葉加瀬さんは何となく子供っぽく見えた。

 それがおかしくて私は笑う。彼の方もぎこちなく笑みを返してくれた。


「そ、それよりケーキを楽しもう、神無月さん。……うまぁ」

「ふふ。はい、そうですね葉加瀬さん」


 大人の男性なのに隙が多くて反応がかわいい。

 茜の漫画で見た“弄られキャラ”みたい、なんて失礼なことを思ってしまった。

 だけど男の人とお話しているのにあまり緊張しない。ケーキの味は、いつもより少し美味しく感じられた。




 ・

 ・

 ・



527:ハカセ

 どうしようお前らワイ偶然火傷またフィオナたんとお茶してもうた!

 木苺のエクレアとか頼んじゃったけど「情けない奴!」とか思われとらんかな!?


528:名無しの戦闘員

 おお ラッキーじゃん 

 慌てすぎて火傷になってるけどw


529:名無しの戦闘員

 今度はちゃんと喋れたかー?


530:ハカセ

 緊張しすぎて何喋ったか覚えとらん……


531:名無しの戦闘員

 お前は本当にハカセだな!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る