39、クッキーと我儘な俺②【アルバートside】
『お預けプレイ』。
相手の欲しがるモノをすぐには与えず、焦らす事により、そのご褒美をより甘美なモノへと昇華させるプレイ。
まさか、俺にも遂行される日が来ようとは夢にも思わなかった。
───ご主人様が、俺にだけクッキーをくれません。
ニーナ嬢の屋敷を出た俺とご主人様は、何事もなくブラッドリィ家の屋敷に帰還していた。
そう、本当に何事もなくだ。
『ご主人様、良い子にしてました』
『そう、偉いわね』
帰りの馬車の中でも、コレでもかってくらい満面の笑みで、何度もアピールしたのだが見事に
───それなのに‥‥‥。
友人と遊ぶという初体験を済ませたご主人様をニコニコと出迎えに来たローズ様ラバーズのカフスさん達には、会うなり手渡す始末‥‥‥。
皆泣いて喜んでいたので、とても微笑ましくはあったのだが、俺だけ完全に蚊帳の外です。
───あまりにも残酷な仕打ち‥‥‥。
後で絶対に取り返しに行くからな‥‥‥首を洗って待ってろよ、カフスさん。
「良い子にしてました!」
「‥‥‥ホントかしら?」
そして遂には本日の最終イベント、【イチャイチャな会話】まで何事もなく経過してしまっていた。
「ちゃんと牢屋で大人しく待ってたでしょ?!」
ドンッとご主人様の部屋のテーブルを叩いた。
もう、我慢の限界だった。
───本当にこのまま、俺だけクッキーなしなんですか?!
「どうせニーナさんの奴隷と、私の悪口でも言ってたんでしょ?」
───‥‥‥なんで?
俺、レックス君に何か言ったかな‥‥‥。
いったい、何に怒ってるんだ?
「そんな事言いませんし‥‥‥今後の方針を話し合っていただけですよ」
「‥‥‥今後の方針?」
「レックス君が、ガルシア伯爵の嫌がらせがおかしいって言い出したんで」
レックス君とは、その事についてしか話していない。
ご主人様の悪口なんて、一言も話してないはずなんだけど‥‥‥。
「なんて言ってたの?」
「幼稚過ぎるとか、やる事に波があり過ぎるとかなんとか言ってましたよ」
「へぇ‥‥‥流石ね」
「ご主人様もそう思うんですか?」
「お父様にしては、詰めが甘過ぎる」
「もしかして、犯人はガルシア伯爵じゃないんですかね‥‥‥」
「どうかしら」
‥‥‥ふわっとした返事だな。
もしガルシア伯爵が犯人じゃないとしたら、ゲーム通りあなたが嫌がらせの犯人って事になっちゃうんですからね?
「やっぱり俺は、ガルシア伯爵が首謀者だと思ってます」
「‥‥‥」
「ご主人様からすると育ての親なんで、色々思うところはあるかもしれませんが‥‥‥」
「‥‥‥」
無言のご主人様。
やはりあんなでも父親だから、あまり悪く言われるのは嫌なのかな‥‥‥。
「‥‥‥俺にはどうしても、ご主人様が嫌がらせをするとは思えないんです‥‥‥」
「‥‥‥」
「あの‥‥‥聞いてます?」
「‥‥‥?」
「ご主人様、聞いてます?!」
「‥‥‥なによ?」
「ボーッとして、大丈夫ですか?」
コレは無視してたんじゃなく、何か考え事でもしてたのかもな?
「別に」
「もしかして、ご主人様には犯人の目星がついていたりとか‥‥‥します?」
「‥‥‥知らないわよ」
知らないって答えは変でしょ‥‥‥何か隠してるみたいに思っちゃいますから。
「ご主人様、やっぱり変ですよ? 疲れてます?」
「ウジ虫のくせにうるさい」
「きっと、今日は色々あって疲れたんですね‥‥‥俺はもう退室しますから、ゆっくり休んでくださいよ」
「‥‥‥そうね」
とにかく、難しい話は終わりにしよう。
今日は慣れない事をしたから、精神的にまいってるのかもしれないしな。
だけど‥‥‥。
───まだ俺は、本来の目的を達成出来ていないんだ‥‥‥。
もう、素直にお願いしてみよう‥‥‥。
「あと、疲れてるところ誠に申し訳ないのですが‥‥‥部屋に帰る前に、もういい加減、俺にもクッキーくれないでしょうか‥‥‥」
恥も外聞もあったもんじゃないが、このまま引き下がって後悔の念に飲み込まれるよりマシだ。
「‥‥‥あげる」
テーブルに置かれた、紙で出来た可愛らしい袋。
この中に例のブツが入っているのか!
「やった!」
「良かったわね。食べなさい」
───成し遂げた。
俺は遂に、『お預けプレイ』に打ち勝ち、念願のモノを手に入れたのだ。
「あれ? ご主人様‥‥‥コレは?!」
「‥‥‥あんまり深い意味はない」
カフスさん達に渡してたクッキーは普通のモノだった。
「コレは俺で‥‥‥コッチはご主人様。それと‥‥‥あ、ハート‥‥‥」
俺の顔とご主人様の顔、それにハート型のクッキー。
もしかして、俺のだけ特別に作ってくれてたのか‥‥‥。
「だから‥‥‥あんまり深い意味はない。さっさと食べて出て行きなさいよ」
ご主人様の顔のクッキーを食べようと思ったが、よく出来ていて可愛いので後でゆっくりいただこうと思う‥‥‥。
ここは無難にハートかな。
「いただきます!」
───‥‥‥うぉ。
なんだ、この芳醇で豊かな味わいは?!
「‥‥‥なんか、言いなさいよ」
「誠に美味! 流石ご主人様、素晴らしい!」
まさか、コレが‥‥‥コレこそが『お預けプレイ』の力なのか?!
「‥‥‥そう」
やっぱりなんか、いつもよりご主人様の反応が薄い気がするな。
やっぱり疲れてんのかもしれない。
貰うモノも貰ったし、さっさと退散するかな。
「じゃあご主人様、俺は部屋に戻ります。明日からまた学園が始まるんですから、ゆっくり休んでくださいね」
「わかってる」
「クッキーありがとうございます。おやすみなさい」
部屋に戻ったら、ご主人様の顔と俺の顔を並べて遊んでやろう。
2人の間にハートを置いて、部屋に飾ってみたりしちゃおうかな‥‥‥。
本人に見られたら、めちゃくちゃ怒られそうだけど。
「‥‥‥ねえ」
「はい?」
部屋を出ようと扉に手をかけたところで止められた。
「それ、要らないなら置いてって」
「‥‥‥はい?」
それとは俺が大事に抱えているクッキーの事のようだ。
「‥‥‥カフス達にあげる」
「は?!」
「もういいから‥‥‥」
急にどうした?!
俯いている為その表情は定かではないが、なんかめっちゃ怒ってそう。
「ご主人様、コレはもう俺の所有物です。
部屋でゆっくり遊んでから、美味しくいただくんです。
「‥‥‥別に怒らないから、返してよ」
「ご主人様、今日は本当に変ですよ?」
「美味しくないなら、はっきり言いなさいよ‥‥‥」
「だからめちゃくちゃ美味しいですって」
「嘘つき」
「‥‥‥」
俺はいったい、いつ嘘つきになったんだろうか?
「はっきり私の事なんて好きじゃないって言えばいいじゃない‥‥‥」
話がぶっ飛んだぞ?!
なんで急に好き嫌いの話になるんだ?
「クッキーだって、カフス達にあげたら喜んでくれるんだから」
「だから、カフスさん達にはあげませんってば」
絶対俺の方が喜んでます!
「うるさい、それ置いてさっさと出てけっ!」
そう言って椅子から立ち上がったご主人様。
俺から無理やりクッキーの入った袋を奪い取る気だろう‥‥‥。
───絶対に死守。渡すわけにはいかん。
なんだかわからんが、俺の命と引き換えにしてでもクッキーは守る。
ご主人様の魔の手はもう目と鼻の先。
そこで気付いた‥‥‥。
───嘘でしょ?
その顔は、一目でわかるくらい‥‥‥涙で濡れていた‥‥‥。
「な‥‥‥なんで泣いてんですか?!」
「うるさい、コッチ見んな!」
「そんなにクッキーを返して欲しかったんですか?!」
「‥‥‥」
「泣くほど嫌なら、最初から俺なんかに渡さなきゃいいじゃないですか‥‥‥」
どうやら俺は、泣くほどご主人様に嫌われていたようです。
───この世界の好感度っていったいなんなんだよ‥‥‥開発陣のバカヤロー。
「‥‥‥1枚しか」
「‥‥‥はい?」
「クッキー1枚しか食べなかった」
「ええ」
「‥‥‥」
なんだ? それがどうした?!
‥‥‥意味が全くわからん。
「全部ここで食べろと?」
「不味いなら‥‥‥好きじゃないなら、もう優しくすんな‥‥‥アホ」
床に座り、下を向いて泣いているご主人様。
───ああ‥‥‥なるほどな。
この人は、誰もが振り向く容姿をしているのに、なんでか自分に全く自信がない。
ちゃんと言ってあげないと、すぐに拗ねるんだったよな‥‥‥。
「クッキーは本当に美味しかったです。ご主人様が疲れてそうだったんで、部屋でゆっくり食べようと思ってました」
「‥‥‥もういい」
相変わらず俯いたままだ。
それにしても、今日のご主人様は本当におかしい。
───泣くほどの事かよ‥‥‥。
「‥‥‥1人でこっそりクッキーを並べて遊ぶつもりでした‥‥‥」
「‥‥‥何それ」
「ご主人様と俺の間にハートを置いて、部屋に飾るんです‥‥‥」
「‥‥‥」
「俺‥‥‥すごく危ない人みたいじゃないです? こんなカミングアウトして大丈夫なんでしょうか?」
「信じない」
「‥‥‥今のは、あんまり信じなくていいです」
「‥‥‥」
「あの‥‥‥嫌だったら後で鞭でしばいてくださいね」
ご主人様の頭を優しく自分の胸の方に引き寄せた。
「‥‥‥ぁ」
「俺はローズ・ブラッドリィが大好きです」
「‥‥‥」
「ずっと一緒にいたいです。だから、もう泣かないでください」
「‥‥‥」
「本当です」
「私も‥‥‥」
「はい」
「‥‥‥あんたと生きたい‥‥‥」
「はい」
俺はご主人様が泣き疲れて眠るまで、頭を撫でながら抱っこし続けたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【後書きのようなモノ】
欧米ではクリスマスにクッキーを食べる習慣があるらしいですよ。
クリスマスにクッキー食べて抱き合って、目標の10万文字突破だぁ!
I wish you a merry Christmas.
ヾ(ろ╹◡╹)ノ"〜〜〜〜〜♡
2022.12.24
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