38、クッキーと我儘な私①【ローズside】
「良い子にしてました!」
「‥‥‥ホントかしら?」
拗ねた顔でコチラを見つめてくるのは、私の奴隷。
「ちゃんと牢屋で大人しく待ってたでしょ?!」
ドンッと私の部屋のテーブルを叩くアル。
───‥‥‥本当に欲しがってくれてるのかな?
屋敷に戻ると、出迎えに来たカフス達にはいつものお礼にとすぐに手渡した。
皆とても喜んでくれたので、多めに作っておいて良かったと思う。
‥‥‥だけど、肝心のコイツには、渡すタイミングを完全に逃してしまっていた。
───たかがクッキーなのだから、さっさと渡してしまえば良かった‥‥‥。
コイツは優しいから、さして必要なくてもニコニコと受け取ってくれるとは思っていた。
でも、本当に欲しがってくれているのかどうかを確かめたいという、ツマラナイ自尊心がよぎってしまい、ズルズルと今に至っている。
牢屋へ迎えに行った時にすぐにあげてしまえば、こんなに悩む事もなかっただろうに‥‥‥。
会うなり、ニコニコと手渡していたニーナさんが羨ましい。
───私もあんな風に、可愛らしくなりたいものだ‥‥‥。
そして時間が経てば経つほど、喜んでくれるのだろうかとか、口に合わなかったらどうしようなどと考えてしまい、自分でもよくわからない状況に陥っていた。
「どうせニーナさんの奴隷と、私の悪口でも言ってたんでしょ?」
───我ながら、本当に可愛くないな‥‥‥。
「そんな事言いませんし‥‥‥今後の方針を話し合っていただけですよ」
「‥‥‥今後の方針?」
「レックス君が、ガルシア伯爵の嫌がらせがおかしいって言い出したんで」
確か、ニーナさんの奴隷は『教養』が70近くまで上がっていたはず。
王宮の事務官でも60くらいの人ばかりなので、かなり頭がキレると思って間違いない。
「なんて言ってたの?」
「幼稚過ぎるとか、やる事に波があり過ぎるとかなんとか言ってましたよ」
「へぇ‥‥‥流石ね」
「ご主人様もそう思うんですか?」
「お父様にしては、詰めが甘過ぎる」
「もしかして、犯人はガルシア伯爵じゃないんですかね‥‥‥」
「どうかしら」
本人から聞いたわけでも、証拠があるわけでもないが、お父様が主犯で間違いないと私は確信している。
でも‥‥‥今回未遂に終わったニーナさんの鞭を壊すだとか、次のリディアさんのお弁当にイタズラするような幼稚な嫌がらせは、お父様ではなく他の人間によるモノだったと思い初めていた。
───おそらく犯人は‥‥‥。
私が最初に記憶してるのは、路地裏で凍えて震えている6歳か7歳くらいの幼い自分。
強く頭でも打ったのか、私にはそれ以前の記憶が全くない。
ここがどこなのか、自分が誰なのかも分からないまま、必死に残飯を探し食べるか、人から盗む事でしか生きる術はなかった。
でもそんな生活では長く生きられるわけもなく、身体は徐々に衰弱していく。
盗んだシーツに
───カフスを連れたお父様。
優しく笑うお父様は、幼い私には神様に思えた。
私はお父様がいなかったら、もうこの世にいない。
そして、この人に喜んでもらえるように生きると決めた。
あの日、ニーナさんと話しながら犯人を探してはいたが、特に怪しい人物はあの部屋に出入りしていなかった。
つまり、犯人は元よりあの部屋にいた人間なのではないのかと思う。
最初にリディアさんの奴隷を襲撃する暴漢を雇ったのは、もちろん私ではない。
そこで、お父様が他の令嬢への妨害工作をしていると、今の私のように薄々勘づくのだろう。
不甲斐ない自分のせいで、お父様に迷惑をかけている。
大会で優勝し王妃になる事のみが、私の生きている理由。
おそらく、自分も動かねばいけないと考える。
決意を固めるが、人を傷つけるだけの勇気も根性もない。
おのずと、行動は制限されるだろう。
イジメのような幼稚な嫌がらせ───
───犯人は‥‥‥私かもしれない‥‥‥。
だから今回は、何も起こらなかった。
残念だけど、それなら全て納得できる。
「───ます?」
‥‥‥?
「ご主人様、聞いてます?!」
「‥‥‥なによ?」
「ボーッとして、大丈夫ですか?」
「別に」
コイツと出会う前の私ならやりかねない‥‥‥。
「もしかして、ご主人様には犯人の目星がついていたりとか‥‥‥します?」
「‥‥‥知らないわよ」
コイツにはまだ自分の考えを話せていない。
嫌な人間だと思われたくないという、自分勝手な理由からだ‥‥‥。
───可愛くないだけじゃなく、性格も最悪ね‥‥‥。
それ以前に、どんな理由があるにせよ自らも犯行を行っていたのなら、処刑されて当然な人間でもある。
‥‥‥人に好かれるはずもない。
「ご主人様、やっぱり変ですよ? 疲れてます?」
「ウジ虫のくせにうるさい」
「きっと、今日は色々あって疲れたんですね‥‥‥俺はもう退室しますから、ゆっくり休んでくださいよ」
「‥‥‥そうね」
「あと、疲れてるところ誠に申し訳ないのですが‥‥‥部屋に帰る前に、もういい加減、俺にもクッキーくれないでしょうか‥‥‥」
「‥‥‥あげる」
「やった!」
そう、クッキーくらい最初からさっさと渡せば良かったのよ。
───私は自分を見失っていた気がする。
コイツには、ニーナさんのように素直で可愛い人の方が似合っている。
嘘でもなんでもいい、少しでも喜んでくれるなら、いずれ処刑されていなくなる私にはそれだけで十分だ。
「良かったわね。食べなさい」
「あれ? ご主人様‥‥‥コレは?!」
クッキーの入った袋を開けて、中身を確認すると、アルの動きが止まってしまった。
───そういえば、ニーナさんに流されて、悪ノリしてしまったのよね‥‥‥。
「‥‥‥あんまり深い意味はない」
カフス達に渡したモノと違い、コイツ用に作ったクッキーは3種類。
「コレは俺で‥‥‥コッチはご主人様。それと‥‥‥あ、ハート‥‥‥」
コイツと私の顔を真似て作ったモノと、ハート型のモノがそれぞれ3枚入れてあった。
‥‥‥割と可愛く出来た自信はある。
「だから‥‥‥あんまり深い意味はない。さっさと食べて出て行きなさいよ」
───馬鹿みたいにやりすぎたかもしれない‥‥‥。
「いただきます!」
アルはハート型のクッキーを頬張りながら、黙って目を閉じてしまった。
───まさかの無言‥‥‥。
「‥‥‥なんか、言いなさいよ」
美味しいの一言くらい言ってくれたって‥‥‥。
「誠に美味! 流石ご主人様、素晴らしい!」
ニコニコといつもの笑顔でそう言うと、他のクッキーを袋に直し始める。
「‥‥‥そう」
───1枚しか食べないんだ‥‥‥。
口に合わなかったのね。
コイツなら喜んで沢山食べてくれるんじゃないかと、期待していた自分が情け無い。
「じゃあご主人様、俺は部屋に戻ります。明日からまた学園が始まるんですから、ゆっくり休んでくださいね」
「わかってる」
「クッキーありがとうございます。おやすみなさい」
律儀に要りもしないクッキーの入った袋を持って、部屋を出て行こうとしていた。
───無理しなくても良いのに‥‥‥。
やっぱり私には、人を喜ばせる生き方なんて出来そうにない。
部屋を出ようとするアルを見ていると、目頭が熱くなってくるのを感じた。
───乙女でもあるまいし‥‥‥柄じゃない。
私は俯いて、ただ必死に感情を抑える事に集中するのだった。
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