37、リア充のススメ。



 由諸ある家の令嬢達が通うセントバラバラ学園には、週に1度休みが設けられている。

 その休日を利用し、令嬢達は習い事でスキルを磨いたり、将来の為に色々な経験を積んだりするそうだ。


 ───そして、今日はその休日。


 ご主人様は、ある初体験を済ませようとしていた。


「おとなしくしてなさいよ」


「はい」


 薄暗い部屋。

 窓がないため、光源は壁に取り付けられた蝋燭ろうそくのみである。

 揺れる蝋燭の光に、チラチラと照らされたご主人様の顔は、誰もが振り向くくらい綺麗だ。


「それじゃ、私イクからね?」


「俺の事は気にしないで楽しんでください」


「ねえ‥‥‥本当に、もうイクわよ?」


「だから俺は大丈夫ですってば‥‥‥」


「‥‥‥そう」


 ───不安なのはご自分の方なんでしょ?



「ローズ様、アルバートさんとレックスさんは仲が良いみたいなので、心配いりませんよ」


 ご主人様の後ろから、顔を覗かせたのはニコニコと微笑む、笑顔が素敵なおっとりニーナ嬢。


 ───コレが、ご主人様の初体験。


 俺とご主人様は、ニーナ嬢の屋敷に遊びに来ています。

 コミュ症万年ボッチのご主人様にとって、コレは生まれて初めての大きなイベントのようだ。

 ブラッドリィ家から馬車に乗り出発する際、カフスさんを筆頭とする多くの執事と侍女達に泣きながら見送られていた。

 カフスさん達のあの喜びようからして、おそらくご主人様は一度も友人などの家に遊びに行った事がないのだろうと思われる。


 

「仲良くすんのよ。喧嘩しちゃダメよ?」


「‥‥‥はい」


 その言葉、そっくりそのままお返しします。

 

「ローズ様、そろそろ行きましょう。今日は頑張って美味しいクッキー作って、お2人に喜んでもらいましょう!」

 

「‥‥‥そうね」


 それにしても、ニーナ嬢がこんなにグイグイとご主人様を引っ張ってくるとは思わなかったな‥‥‥。

 確かゲームでもいい人で、ヒロインのリディアともかなり仲が良かったはずだ。

 ニーナ嬢は、おそらく誰にでも友好的な性格なんだろうな。


「ご主人様、美味しいクッキー期待してます」


「良い子にしてないとあげないから‥‥‥ねえ、少しくらい寂しがってもいいのよ?」


「あ‥‥‥大丈夫なんで」


 何か言いたげな顔でニーナ嬢と共に、地下室から出ていくご主人様。


 ───良い子も何も、ここじゃ何も出来ませんから‥‥‥。


「仲良さそうで良かったね」


 そして俺の横に立っているのはニコニコしているイケメン。


「レックス君、お邪魔します」


 俺が連れて来られたのはベル家の地下室にある牢獄。

 牢屋だからって、別に悪い事をして捕まったわけではない。

 調理中は暇だろうからと、レックス君の部屋に遊びに来ただけだ‥‥‥。


「ゆっくりしていってね」


「‥‥‥う、うん」


 牢屋でくつろぐ趣味は俺にはないですけどね‥‥‥。

 

 ───それにしてもだ。


 俺がレックス君のスウィートルームに入ると同時に、鉄格子の鍵はしっかりと閉められていた。

 いい人オーラ満載のおっとりニーナ嬢も、やはり奴隷は牢屋に閉じ込めるようだ。

 いつもあんなにレックス君とイチャイチャしてんのに、いったいどんな思考回路をしてんでしょう‥‥‥。

  

「今日はわざわざごめんね。ニーナが無理言ってアルの主人を誘ったって聞いたよ」


「ウチのご主人様は人とあんまり話さないから、色々と刺激になっていいと思う」


「あんまり無理言っちゃ駄目だよって、ニーナには言ってるんだけどね」

 

 やれやれとため息をつくレックス君。

 ‥‥‥牢屋に閉じ込められてる奴隷が、主人の事で謝罪してるよ?


 ───もう上下関係がよくわからん‥‥‥。


「美味しいクッキーが食べれるなら、俺としてはラッキーかな」


「それなら良かった。まだ作るのに時間もかかるだろうから、自分の部屋だと思ってくつろいでいってよ」


「ありがとう」


 レックス君ごめんなさい。

 俺の部屋はもっと素敵です‥‥‥。





「ガルシア伯爵はまだ不在なの?」


「相変わらずあの人は全然帰って来ないね」


 床に敷かれた腰蓑と同じ素材で出来てそうな、レックス君の寝床に横並びに座っている俺達。

 他に座る場所がないので、自然とこうなります。


「ガルシア伯爵の『教養』はかなり高いんだよね?」


「うん」


 当初はステータスの存在なんて知らなかったレックス君。

 ニーナ嬢に購入され大会に参加する事になってから、自分では確認こそ出来ないようだが、その存在はもちろん理解していた。

 ガルシア伯爵の『教養』が最高値の100だということも伝えている。


「どうも腑に落ちないんだ」


「‥‥‥と、言うと?」


「そんなに頭良い人が、鞭を壊すなんてくだらない嫌がらせを本当にするのかな?」


「あそこで鞭を壊されてたら競技に出場出来なくなるんだ。1位だったニーナ嬢にとって、かなり痛い嫌がらせじゃない?」


「うん、それはその通りなんだけどね」


 ローズ・ブラッドリィによる鞭破壊イベントはゲームでは絶対回避出来なかったため、かなり鬱陶しいイベントである。

 まだ4回戦と競技数も少ないので、敢えてギリギリの2位に付けておいて、他の令嬢が嫌がらせを受けるように調整しておくのが俺と妹が考え出した攻略の定番。


「嫌がらせなんだから、そんなもんじゃないの?」


 あくまでも乙女ゲームの中の令嬢達の戦いなわけだし、基本的に嫌がらせは、イジメの延長上のような事案が多い。

 次の嫌がらせなんて、リディア嬢が頑張って作った奴隷へのお弁当が何者かに捨てられるのみ。競技には全く関係ないし、精神にダメージを与えてくるモノだ。

 ‥‥‥まあ、リディア嬢のお弁当がアレなわけだし、ネロ様はもしかしたら喜ぶかもしれないが‥‥‥。


「でも初めの嫌がらせでは、ネロを襲撃してきた」


「そうだね」


 リディア嬢の選択した奴隷が華麗にゴロツキを倒し、怯えるリディア嬢を抱きしめてイチャイチャする胸キュンイベントだ。

 ちなみにここで奴隷は軽い怪我をするだけで、負ける事は絶対にない。


「それに、大会の終盤ではネロを誘拐するんだよね?」


「‥‥‥最終局面で焦ったんじゃないのかな」


 言われてみたら確かに嫌がらせの波が激しい気はする‥‥‥。

 ただ、こんなクソゲーを作る開発陣の考えたシナリオ、そんな矛盾点なんて数えだしたらキリがなくらい、いくらでもあるんだ。

 まず、令嬢に愛されているのに、なんであなたはこんな牢屋に閉じ込められてるんですか?

 コレもなかなか意味不明です。


「それに、今回の嫌がらせはリスクが高すぎるよ」


「リスク? そんなに危険かな?」


 ただ鞭を壊すだけだよ?


「人の目があるだけで今回みたいに失敗しちゃうんだよ? それに、もし現場を見られたら王宮の衛兵達にすぐ捕まっちゃう」


 王宮には執事や侍女の他に、近衛兵の方達もウロウロしていた。

 確かに嫌がらせをするなら、わざわざ王宮で行われる4回戦ではなく、別の場所を選んだ方がいい気もする‥‥‥。

 

「まあ、そう言われると確かにね‥‥‥」


「ガルシア伯爵が首謀者だとしたら、嫌がらせがあまりにも幼稚すぎる。自らが計画を考えたり、手を下してないような気がするんだ」


「‥‥‥ほう」


 ‥‥‥開発陣の方々、自分達の作ったキャラに駄目出しをもらってますよ?


「だから、嫌がらせが失敗した事で、本人に何か動きがあるんじゃないかと思って、少し心配してたんだ」


 確かにストーリーを変えてしまったのだから、何が起こってもおかしくない状況かもしれない‥‥‥。


「レックス君、色々ありがとう」


「今の僕には心配する事くらいしか出来ないけどね‥‥‥」


 視線を落とすレックス君。


 ───おや?


 珍しくその顔から笑みが消えている。


「そういえばレックス君、身体中傷だらけだけど‥‥‥大丈夫?」


 レックス君の身体には、鞭で打たれたと思われる傷がいたるところにあった。

 昨日はこんな傷はなかったと思う。


 ───昨晩は、随分とニーナ嬢とお楽しみだったのかな?


「アル、僕は『教養』が100になる唯一のキャラなんだよね?」


「うん」


 レックス君の教養とゴードンの体力だけが、MAX値100になるのを俺は確認している。


「ニーナはあまり鞭をくれないんだけどさ、お願いして多く打ってもらうようにしたんだ」


「‥‥‥へ、へえ。レックス君、ニーナ嬢と結婚する為にやる気になったんだね」


 『教養』を最大まで上げたレックス君には、『教養』の関係する競技では勝てなくなってしまう‥‥‥。

 コレは最大のライバル出現なのでは?!

 

「それもあるけど‥‥‥ガルシア伯爵が本気になった時に、今の僕じゃ全く太刀打ち出来ないと思うんだ。このままじゃアルを救えない‥‥‥」


「え?」


「その時の為に強くなっとかないとね」


 ───やだ‥‥‥レックス君、カッコいい‥‥‥。









「帰るわよ」


「はい」


 ちゃんと迎えに来てくれたご主人様。


「レックスさん、見てください! 初めてなのにこんなに上手に焼けたんです」


「凄く美味しそうだね」


 そして俺たちの隣で、ニコニコと見つめ合うニーナ嬢とレックス君。

 

 ───とても絵になる微笑ましいカップル。


「ローズ様に教えてもらいながら作ったんですけどね。ご自分も初めて作ったらしいのに、すごい手際が良くって、私にも丁寧に教えてくれたんですよ」


「それは良かったね」


 ニコニコとレックス君。


「ニーナさんは作り方を知らなかっただけ。料理の素質、あると思うわ」


「うわぁ、凄く嬉しいです!」


「そう」


 ───良かった。


 どうやら何事もなく、ご主人様はニーナ嬢と仲良く過ごせたようです。


「ローズ様、外までお見送りしますね」 


「今度は‥‥‥ウチに遊びに来るといいわ」


「え? いいんですか?」


「コイツと一緒に待ってるわね」


 俺の方を見ながらご主人様。

 コイツとは俺の事なのだろう。

 

 ───つまり、レックス君も連れて来ていいぞって意味だと思う。


「ローズ様、ありがとうございます!」


 ニッコリと笑うニーナ嬢は、笑顔の似合う素敵な女性。


 ご主人様にいいお友達が出来て、本当に良かったなと思う俺でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る