35、尖ったヒールはコツコツと音がする。



 ご主人様にとって、とても大事な4回戦が今まさに始まろうとしていた。


「ローズ・ブラッドリィ、どうして指定した服を着ておらんのじゃ?」


 対峙するピエール王子とご主人様。

 いきなり女王様スタイルのボンテージじゃない事をツッコまれております‥‥‥。

 本人は強引なイイワケをするつもりらしいが‥‥‥やはり減点対象になる気がする。


「下に着ております」


「早く脱ぐがよいぞ。余は当初より其方に期待しておるのじゃ」


「夫となる者以外に、肌を晒す気はございません」


「な、なんじゃと!」


「長々と話す気もございません。鞭が必要ないのであれば、早々に退出しますが、もうよろしいですか?」


 ───ご、ご主人様、それはいくらなんでも責め過ぎです!


 減点どころか失格になっちゃいますよ?!


「其方‥‥‥まさか、余にお預けプレイをするつもりなのか?! そ、そんな手に簡単に引っかかると思うでないぞ?!」


 お預けプレイってなんだ?!

 

「さっさとひざまづきなさい」


 駄目だ、もう敬語でもない!


「くっ‥‥‥ローズ・ブラッドリィ、こんな事で余に勝ったと思うでないぞ‥‥‥」


 鼻息を荒げ、四つん這いになり嬉しそうに尻を振るピエール王子。


 ───あ、言う事聞いた!


 簡単に引っかかったわ‥‥‥雑魚い‥‥‥。






「さあ、早く打ち込んでみよ!」


 早く鞭を打ってくれと言わんばかりに、ご主人様ににじり寄るピエール王子。

 ご主人様に尻を向けている為、こちらからは尻が近付いてくるようにしか見えない‥‥‥。


 ───かなり壮絶でシュールな光景。


 変わっているとは言え、ご主人様もやはり女性。かなりの嫌悪感を感じているのではないかと思われる‥‥‥。


 王子の尻はもう目と鼻の先。


 ズルズルと近付いてくる王子を、眉間に皺を寄せて見下ろしているご主人様の身体がユラリと動いた───


 ───イクか?!



「‥‥‥近付くな、ゲス野郎」



 ブスッ!



「ぎゃあぁっー!」


 断末魔のような声をあげ、尻を抑えながら床に崩れ落ちる王子。

 

 ───あ、あれは‥‥‥ケンカキック?!


 ピエール王子の尻に、ご主人様が繰り出したのは鞭ではなく足。

 足の裏で相手を蹴る、通称『ケンカキック』と呼ばれる技だ。


 ───いや、待て待て! 王子をノックアウトする競技でしたっけ?!


 王子に蹴りをお見舞いするなんて、もう暴挙でしかない。

 いや、そんな事より‥‥‥せめて鞭を、鞭を使ってください!


 床に転がる王子を、生ゴミでも見るような目で睨み、ゆっくりと鞭を構えるご主人様。


 ───まだ攻撃するの?!


 もしかして‥‥‥ここからが本番なのか?

 あの『蹴り』は、あくまでも布石‥‥‥。

 欲しがるモノをすぐには与えず、相手を焦らす事により、そのご褒美をより甘美なモノへと昇華させる為の‥‥‥。

 

 ───そうか!


 コレが‥‥‥コレこそが正しい『お預けプレイ』。

 流石です、ご主人様!


 ───勝った!



「そ、そこまで! ローズ・ブラッドリィ様、そこまででございます!」


 ピエール王子とご主人様の間に突然割って入ってきたのは、城の偉い人であろう髭のおじさん。


 ───‥‥‥なんだ?!


「髭のおじさん、勝負はこれからなんですから、邪魔しないでください!」

 

 ご主人様はまだ鞭を一発も打ってない!

 そして、ここからがご主人様の見せ場なんだ!


「駄目です! これ以上はピエール様の身体が持ちません!」


 髭のおじさんが指さす方を見ると、愉悦ゆえつの表情を浮かべながら、床に転がりピクピクと痙攣しているピエール王子。

 

 ───そういえば蹴った時に、『ブスッ』って変な音がしてたような‥‥‥。


 ご主人様はいつも高いヒールの靴を履いている。

 もしかして、蹴った時に尖った先がどこか大事な部分に刺さったのかな‥‥‥。


「‥‥‥これ、王子大丈夫?」


「情けないわね」


「とにかく終了でございます!」


 ───ご主人様‥‥‥やり過ぎ。


 蹴りでの先制攻撃で、相手はすでに致命傷だったようです。


 





「王子を蹴飛ばすなんて、前代未聞ですね‥‥‥」


「軽くコツいただけよ」


「俺には、大きく足を振りかぶってるように見えましたけど?」


「‥‥‥近付いてきてキモかったから、無意識に足が出た」


 ───作戦でもなんでもなかったのな‥‥‥。


 ご主人様の4回戦は強制終了という形で幕を閉じた。


 指定された服も着てなければ、鞭打ち対決で鞭すら打ってない。


 ───‥‥‥もう最下位確定なんじゃね?


「王子が起きたら、もう一度お願いしてみましょう」


「もう嫌よ」


「‥‥‥子供ですか?」


「アイツ生理的に無理」


「そりゃ、ほとんどの人がそうでしょうよ‥‥‥」


 ───まあ、気持ちはわかる。


 女性があんな気持ち悪いキャラに、好感を持つはずがない‥‥‥。

 正直なところ、俺はピエール王子が結構気に入っていたりしたのだが、それはカッコいいだったり可愛いからではなく、彼が笑いを提供してくれるからだった。

 

 ───絶対、乙女ゲーム向きのキャラではない。


 ‥‥‥だが意外にも、他の令嬢達は王子をそこまで毛嫌いしてるように見えなかったんだよな。

 やはりこのゲームの登場人物達は、王子だけでなく、皆少し価値観がおかしいのだろう。

 ここはそんなゲームの世界。

 考え方によっては、おかしいのはご主人様なんだろう。


 ───仕方ない‥‥‥。


 ご主人様がなんと言おうと、もう一度採点してもらえるように頼み込んでみよう。

 あんにゃろう‥‥‥ガルシア伯爵は奴隷の俺なんて目にも映ってなかったみたいだったし、果たして王子である彼がちゃんと話しを聞いてくれるかは疑問でしかないが‥‥‥。






「皆の者、お待たせ!」


 豪華な椅子にちょこんと座っているピエール王子の前に、俺達は再び集合させられていた。


 ───あんな事があったのに、やはり色んな意味でタフネス!


 ニコニコとしているので、怒ってはいないご様子。

 今なら少しくらい話しを聞いてくれるかな?


「それでは順位を発表するぞ!」


 まずい、このまま順位を決定させるわけにはいかない!


「ピエール様! 一つお願いしたい事があります!」


 立ち上がり挙手してみた。

 コレなら無視し難いはず‥‥‥。

 

「其方は、ローズ・ブラッドリィの奴隷‥‥‥アルバート君じゃな?」


「あ、はい。そうです」


 ‥‥‥意外。

 話してくれた上に、名前まで知ってた。


「なんじゃ?」


「順位を発表する前に、ご主人様‥‥‥ローズ・ブラッドリィの鞭を受けてください!」


「それは嬉しい申し出じゃが、なんでじゃ?」


「ローズ・ブラッドリィはまだ鞭を打ってませんから、まだ競技を開始してません!」


 まあそうなると、さっきのは王子を蹴飛ばした、ただの暴行事件になるんだけどな‥‥‥。


「なるほど‥‥‥と、言いたいところではあるがルールはルール。ローズ・ブラッドリィのみ、やり直しを許可するのは他の令嬢たちに失礼であろう? 余に鞭を打ちたいのであれば、いつでも会いに来てくれて構わんぞ」


 ‥‥‥王宮にいつでも来ていいの?

 コレはコレでかなりの好条件じゃないか?!


「私はもう結構でございます」


 突然部屋に響く、透き通った綺麗な声。

 俺の横にいたご主人様のモノ‥‥‥。

 

 ───何嫌がってんですか?


「ご主人様、このままじゃ負けちゃいますよ?」


「嫌なモンは嫌よ」


 今度は王子に聞こえないように、小声のご主人様。

 もう‥‥‥この人は‥‥‥。


「ローズ・ブラッドリィよ、お預けがすぎるぞ‥‥‥だが、そこがたまらん‥‥いつでも会いに参れ」


 ‥‥‥堪らん?

 もしかして‥‥‥王子はかなりご主人様を気に入っているのでは?!

 やっぱりいつでも王宮に来ていいみたいだし!


「キモ」


 また小声でご主人様。

 嫌いなのはわかりましたから、静かにしてください‥‥‥。


「そう言えば、其方の批評をまだしてなかったの? 順位発表の前に余の感想を述べよう」


 ご主人様をニコニコと見つめるピエール王子。


「こっち見んな肉団子」


 ‥‥‥もう黙っててください。



「ローズ・ブラッドリィよ、其方は国の至宝しほうじゃ。今後の活躍に余は大いに期待しておるぞ!」


「お、おお?!」


 ───国の至宝とかやべぇ!


 実はかなりの高得点だったのか!


「ただし、ルールはルール。鞭以外の道具を使用し、指定の服も着ていない其方の順位は4位であるぞ」


 ‥‥‥は?


 ───こんなクソみたいな大会なのに、なんて公明正大な採点!


 気に入られたみたいだけど、順位は最下位‥‥‥。

 俺の知るストーリーではここで1位を取ったローズ・ブラッドリィは王子に気に入られ、王子と結婚する事で処刑を免れる事ができるんだけど‥‥‥。


 これ、エンディングどうなんの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る