34、電気のない世界で氷姫は充電を欲す。



「それっ!」



 バッチィーンッ!



「グフッ‥‥‥」


 エリザベス嬢の鞭が、ピエール王子を弾き飛ばし悶絶させた。


「ゴードン見て見てっ! かなり遠くまで飛ばせたよ!」


「おお! 凄えぜエリー!」


 そして、はしゃぎまくる楽しいぜコンビ。


 ───‥‥‥飛ばした距離を競う競技だったっけ?


「エリザベス・ムーアよ、なかなか良かったぞ。‥‥‥だが、何故だろう‥‥‥其方の鞭からは愛が全く感じられんぞ‥‥‥」


「え?! 酷いです、頑張ったのに!」


 そりゃ愛なんてなかろう。

 どう見たって、ゲームセンターではしゃぐカップルに遊ばれてる感じなんだから‥‥‥もちろんゲーム機は王子本人。


「だが、鞭は申し分なかった。今後に期待しておるぞ」


「‥‥‥は〜い」


 不貞腐れながら下がるギャルと機関車。

 ‥‥‥コレも微妙な得点なんだろうか?





「リディア・アンデルマン様、お願いします!」


 続いて髭のおじさんに呼ばれたのはリディア嬢。

 アレっぽいところはあるが、彼女はこのゲームのヒロイン。

 おそらくこの競技で、ご主人様の最大の敵になるであろう。


「ネロさん、私、緊張します‥‥‥」


「大丈夫だ、お前なら出来る。自信を持て」


「手が震えて‥‥‥」


「リディア、手を貸してみろ」


「‥‥‥え?」


 手を握り見つめ合う2人。

 恒例のイチャイチャが始まりました。


 ───羨ましい事で‥‥‥。



 ヒロイン&ヒーローコンビの情事じょうじを見てても仕方ないと思い、目線を逸らしたら此方を睨んでいるご主人様と目が合った。


「‥‥‥なんでしょう?」


「別に」


 じゃあ、そんなに睨まないでください‥‥‥。

 ‥‥‥って、あれ?

 このくだり、どこかで経験済みな気がするぞ?


 ───デジャブ?


「出番は次なんですから、気合い入れてくださいね」


「そうね」


「‥‥‥」


「‥‥‥で?」


「‥‥‥え?」


「‥‥‥それだけ?」


「あ、はい」


 ‥‥‥思い出した。

 俺たちは一回戦の時にも同じような会話をしている。


 ───あの時はまだ、この人が何を言いたいのか俺にはよくわからなかったんだよな。


「私も‥‥‥緊張で手が‥‥‥」


「ご主人様、絶対緊張してないでしょ?」

 

「単細胞のすっとこどっこい」


 ‥‥‥なんだその悪口。

 江戸っ子令嬢かな?


 ───でも、今はこの人の言いたい事が、なんとなくだが分かるようになった気がする。


「はい、どうぞ」


「‥‥‥うん」


 俺の差し出した手を、そっと掴むご主人様。

 我ながら大人になったと思う。


 ───いや‥‥‥俺だけじゃないな。


 成長したは、手を繋いでリディア嬢の勇姿を観戦するのだった。






 


「えいっ! えいっ! やぁっ!」



 ピシッ! ピシッ! バシッ!



「ぐぬっ‥‥‥ぐぬぬぬっ!」


 止まる事のないリディア嬢による鞭の多段攻撃。

 そして、奇声をあげ歯を食いしばるピエール王子。


 ───な、なんて鬼気迫る攻防なんだ!


 鳴り止まない鞭の雨。

 それにひたすら耐えるマスコット。

 ‥‥‥やばいな、リディア嬢がここまで躊躇なく鞭を打ち込めるとは思わなかった。

 コレはかなり高い得点が出てしまうんじゃないのか?


「えいやぁっ!」



 ピシャッ!



「ひぎぃ‥‥‥」


 リディア嬢の渾身の一撃が王子を襲う。

 

「ピエール様、以上でございます!」


 肩で息をするリディア嬢。

 そして、床に崩れ落ち活動を停止してるピエール王子。


 ───コレはもう粗相そそうを通り越して事件ですよ‥‥‥。


 だが、俺の心配をよそに、ゆらりと立ち上がるピエール王子。


 ───生きてた! 割とタフネス!

 

「リディア・アンデルマン‥‥‥其方の鞭、素晴らしかったぞ!」


「ありがとうございます!」


 めっちゃ褒められてる!

 やべえな‥‥‥流石ヒロイン。




「ご主人様、リディア嬢は凄かったですね。まるで鞭が生き物みたいでしたよ!」


「そうね」


「鞭って、何発打っても良かったんですね?」


「そうね」


「かなりやばいですよ。ご主人様はどんな感じで王子を責めるんですか?」


「そうね」


 ‥‥‥ん?


「‥‥‥ご主人様、そろそろ出番なんで、服脱がしちゃっていいですか?」


「そうね」


 おいおい‥‥‥。


「‥‥‥ご主人様、俺の話聞いてないでしょ?」


「そうね」


 見ると、赤い顔で俯いてるご主人様。


 ───だ、駄目だ! この人、全然聞こえてない!


 手を繋いだ事による上の空状態。

 なんなら、リディア嬢の勇姿すら見ていなかったんじゃないのか?!

 

「ご主人様、次出番なんですよ?! シャキッとしてください!」


「‥‥‥うん」


 この大事な時に、手を繋いだのは失敗だったかもしれない。

 前言撤回だ‥‥‥。

 俺達はまるで成長していませんでした。


 





「ローズ・ブラッドリィ様、お願いします!」


 そんな中、最後に呼ばれたのはウチのご主人様。


「‥‥‥行ってくる」


「それで、何か作戦はあるんですか?」


「そんなもんない」


「‥‥‥それじゃまずいでしょ。お願いしますから、気合いを入れてください!」


「鞭を打てばいいだけでしょ?」


 そう言ってクスリと笑うご主人様の顔を見た俺は、身体中でゾクゾクと寒気がした。


 ───気のせいか?


「ま、まあそうなんですけど‥‥‥」


「充電完了よ。大丈夫、本気で行ってくるわね」


「‥‥‥はい?」


 コツコツと足音を響かせ、王子の元へ向かうご主人様。


 ───充電ってなんだ?!


 なんだか、いつもと感じが違った‥‥‥。

 冷たい表情をしてるのはいつもの事なのだが‥‥‥なんだろうか、見られただけでゾクゾクするこの感じは?

 ‥‥‥あっ!


 ───まさか‥‥‥氷の女王?


 もしかして、アレがご主人様の本来の姿なのでは?!

 確かにドS嬢を求めてる変態ドM王子には有効かもしれない‥‥‥。


 ───いける!

 


 なんだかわからないが、ご主人様がヤル気になったようです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る