32、女王様とお呼び!



「ネロは髪も長いし、顔も綺麗だからバレない気がする。しれっと部屋に突撃しちゃおうよ」


「アルバート‥‥‥それ本気で言ってるのか?」


「だって、後狙われる可能性があるとしたら絶対ココだよ?」


「わかってるとは思うが‥‥‥行かないぞ?」


「ネロはもっと自分の容姿に自信を持って!」


「お前な‥‥‥」


 大会の開始まであと僅か。

 令嬢達を呼びに来た王宮の侍女により、お茶会は何事もなく終了していた。

 やはり人目が多い所では敵も動きづらかったと見える。


 ───しかし、まだ安心は出来ない。


 令嬢達は用意された部屋で、競技用の服への生着替え中。

 俺たち奴隷は勿論だが部屋には入れてもらえず、扉の前で待機させられていた。

 もし敵がまだ諦めていないなら、もう今しかないだろう。

 着替えが終われば、すぐに4回戦を開始するようだしな‥‥‥。


「俺がネロの容姿だったらこんな扉、軽く突破するよ」


「アルバート、お前はもう少し見られる側の人間の気持ちも考えてやれよ‥‥‥」


「大義名分があるんだから、きっと許してくれるはずだ! 俺はこの中に入って、全てをこの目で確かめたい!」


「‥‥‥え?!」


 扉の前で力説していると、丁度部屋から出てきた侍女のお姉さんが驚いた顔で俺をジロジロと見つめていた。


「あ、こんにちは」


「‥‥‥ひ、ひぃ!」


 軽い悲鳴をあげて走り去る侍女のお姉さん。


「‥‥‥なんで逃げる?」


「アルバート、効果は絶大だな」


 ネロ様が指差したのは俺の服の刺繍。


【注意! 発情しております〜近づいて、噛みつかれましても、当方では責任を負いかねます〜】


「‥‥‥あぁ」


 どうやら、婦女子の生着替えを覗こうとしてる発情期の雄と思われたようです。


 やっぱりこの刺繍ダメだわ‥‥‥。




「なあ、部屋から出てくる奴、全員ぶっ飛ばしちゃえばいいんじゃねぇか?」


 腕をブンブンと回す機関車。


「そんな事したら、ゴードンも只じゃすまなくなっちゃうな」


 ‥‥‥コイツは、王宮に仕える罪もない侍女を殴る気か?


「じゃあよ、全員とっ捕まえて一人づつ尋問していったら、誰に頼まれたかわかんじゃねえか?」


「そんな簡単に口を割るとは思えないし、それに関係ない王宮の人間に妙な事すると、流石にまずいだろ‥‥‥」


 俺達が行動を起こしてる事がガルシア伯爵側の人間にバレるのも、あまり好ましくない。

 ローズの奴隷である俺が嫌がらせの妨害をしてたら、ご主人様が何されるか分かったもんじゃない‥‥‥。


 ───やるなら絶対の保証がほしい。


「更衣室から出てくんだから、相手は女だろ? 色気で堕としちまえば、割と簡単に口割るんじゃねえの?」


「なんと浅はかな作戦なのでしょう‥‥‥」


 ‥‥‥失敗したらどうすんだよ?

 それに、そんな簡単に女性を堕とせる人間がいたら、世界中の男の敵でしかない。

 いや‥‥‥そんな羨ましい人間がもし存在するなら、俺は絶対にソイツを許さない。


「コイツがいんだろ?」


 機関車が指差したのは、腕組みをして苦い顔で立っているネロ様。


「‥‥‥あっ、なるほど!」


 そうか、それなら確実にいける!


「アルバート、なんだその目は‥‥‥」


「ネロ、片っ端からナンパだ!」


「さっきからお前ら‥‥‥俺をなんだと思ってるんだ」


「「イケメン!」」


「‥‥‥あのな」





「レックス君、どう?」


「僕が見る限り、おかしな行動をしている人間は今のところ出てきてないよ」


「やっぱり」


「見ただけで怪しい人なんて雇わないだろうしね」


 部屋に出入りする侍女達のステータスを盗み見している俺ですら、特におかしな人間は発見できていない。

 当然と言えば当然か‥‥‥。

 鞭を破壊するための刃物なんかを持ち歩いてくれてたら楽なんだけどな。


「レックス君、替えの鞭は無事だった?」


「流石に隠してる事には気づかなかったみたいだね。ここにあるよ」


 そう言ってレックス君が見せてくれたのは小さな袋。

 中に鞭が入っているのだろう。


「これが無事なら、作戦は成功なんだけどね‥‥‥」


「そうだね」



 



 暫くすると部屋の扉が開き、着替えを終えた令嬢達が外に出てきだした。


「ゴードン見てよ! この服マジ可愛くない?!」


 最初に鞭を片手に出てきたのは、雑魚ギャルエリザベス。


「おお、エリーめっちゃ似合ってんじゃねえか。可愛いぜ」


 ナチュラルに服を褒めるゴードン。

 流石です。


 ───‥‥‥ただ、この服は‥‥‥。


「このハイレグの切れ込み具合もヤバくない?!」


「エリー、お前の美しさに俺の目は釘付けだぜ」


 ゲーム時はサラリと文字だけの登場だったのだが、今回の令嬢達の服装は黒い革製のボンテージ。

 肩や胸、脚などが露わになった俗に言う女王様スタイルです‥‥‥。


 ───な‥‥‥なんと言う目の保養!


「リディア、似合ってるぞ」


「本当ですか? でも‥‥‥ちゃんと着こなせてるか不安で‥‥‥」


 続いて出てきたのはリディア嬢。

 顔を赤らめながらモジモジする姿がなんとも愛らしい。

 

「自信を持て。お前は世界一可愛い」


「ネロさん‥‥‥」


 そして、イチャイチャが始まりました‥‥‥。

 

 それにしても令嬢達の服装からしてもそうだが、やはりこのゲームおかしい。

 好きな女性が人前でこんな格好してて、平気なのかね?


 まあ、王子の命令なのだから仕方ないとは思うが‥‥‥はたして、ウチのご主人様は色々と大丈夫なのだろうか‥‥‥。

 



「じゃあ、味付けして一煮立ちしたら良いんですね!」


「そう」


「ローズ様は料理も出来るなんて凄いです」


「見様見真似よ」


「今度作ってみますね!」


「頑張って」


 そして最後に出てきたのは、にこやかに会話をするニーナ嬢とご主人様。


 ───な、なんだと?!


 ご主人様が人と談笑してる事にも驚いたが、ニーナ嬢の手にはしっかりと鞭が握りしめられていた。


「ご主人様、ニーナ嬢の鞭、大丈夫だったんですか?!」


「そうね」


「お茶会のせいで何も出来なかった敵は、絶対ここで狙ってくると思ってたのに‥‥‥」


「出来るだけ彼女から離れないようにしてたから、機会がなかったんじゃない?」


「ご主人様、ずっとニーナ嬢と話してたんですか?!やればできるんですね、見直しましたよ!」


「あんた‥‥‥私をなんだと思ってんの?」


「コミュ障」


「口を縫い付けるわよ?」


「はははっ‥‥‥」


 まあ、冗談はさておきだ、もう嫌がらせをするタイミングなんて敵にはないはず‥‥‥。

 

 コレはストーリーを捻じ曲げる事に成功したんじゃないのか?!



「ところでご主人様、服は?」


「着てるわよ」


「‥‥‥いや、どう見てもいつもと同じなんですけど?」


 ご主人様が着てるのはいつもの学園用の制服。

 この人、着替えもせずに、ニーナ嬢と話してたのかな?


「ちゃんと下に着てる」


「‥‥‥ああ。ちゃんと本番では脱いでくださいよ?」


「いやよ」


「失格になりますよ?」


「上から何も羽織るななんて言われてないわ」


「‥‥‥そんな強引な」


「あんな服で人前に出れるわけないでしょ?」


「他の令嬢達はニコニコと楽しんでおられますが?」


 ご主人様と一緒に部屋から出て来たニーナ嬢も、すでにレックス君とイチャイチャしはじめている。

 どうもこの世界の女性には羞恥心というものが足りないのかもしれない。


 ご主人様もこの世界の住人でしょ?


「あんた、私があんな布面積の少ない服を人前で着てても、なんとも思わないの?」


「‥‥‥その聞き方はずるい」


 なんとも思わない事はないだろ‥‥‥。


「あんたが嫌ならやめとく」


 ‥‥‥ご主人様‥‥‥優しい‥‥‥。


「あ、ありがとうございます」


「そうね」


 ‥‥‥ん?


「あ、違う! ご主人様、そういう話じゃなくて!」


 この4回戦は本当に大事な戦いなんだ。

 反則負けになっちゃったら、目も当てられない‥‥‥。


「‥‥‥もしかして、見たいの?」


「え? そりゃ、まあ見たいですよ」


 見たくない理由は何もない。


「相変わらず、さかってるわね‥‥‥」


「いや‥‥‥好きな人のは、普通見たいでしょ?」


「‥‥‥う」


「絶対綺麗だと思いますし‥‥‥」


「‥‥‥こ、今度、2人きりの時なら‥‥‥」


「え?! あ、ありがとうございます」


「さ、さぁ、さっさと行くわよ」


「はい!」


 ‥‥‥あ、あれ?

 何を説得してたんだっけ?



 4回戦の会場に向かい、颯爽と歩き出したご主人様を止められる人間は、もう誰もいない。


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