31、ローズ様のご趣味。



 4回戦『ドキドキ、俺のハートに火をつけろ!』の会場は、いつもの学園ではなく王宮。

 出場する令嬢達と、付き人として俺達奴隷のみが招待されていた。


「ご主人様、もっと笑顔で楽しそうにしましょうか」


「うるさい。やってるわよ」


「‥‥‥どこらへんが?」


 王宮の中庭。

 木陰に用意されたテーブルに座り、令嬢達は女子会の真っ最中である。


「こんな状況慣れてない‥‥‥」


「ただの女子会なんで気楽にイキましょう」


 穏やかな陽気の中、よく手入れされた美しい庭でテーブルを囲む美しい令嬢達。

 まるで中世ヨーロッパの絵画を思わせるワンシーンだが、異様な雰囲気を放ち彫刻のように動かない1人の美女がその場の空気をとんでもなく重いものにしていた。


「ローズ様、今日はいい天気ですね」


「そうね」


「ローズ様、ご趣味は?」


「ないわ」


 この穏やかな空間に、超重力をもたらしているのは、もちろん俺のご主人様‥‥‥。

 なんとか空気を良くしようと、お見合いでの初手のようなアタックをかけてきたニーナ嬢を、『眉間に皺よせ睨み攻撃』で軽く粉砕しておられます‥‥‥。

 ご主人様のブラッドリィ家は、4人の令嬢達の中で1番位が高い伯爵家な為、他の3人はかなり気を使っていると思われる。


「‥‥‥ご主人様、もうなんか怖いですよ‥‥‥なんでもいいから、趣味の一つくらいないんですか?」

 

「うるさいわね、本当にないのよ」


 俺たち奴隷はそれぞれ令嬢達の後ろに立たされているため、ご主人様の後ろに立つ俺は他の人には聞こえないように小声で話してます。


 なんとも重い空気で居た堪れないお茶会だが、実はこの会は俺たち奴隷の発案だったりする。

 こうして集まっていれば、ニーナ嬢への嫌がらせを未然に防げるかもしれないという配慮。

 王宮の人に頼んで、大会前の親睦会的な意味合いで用意してもらった席であった。



 当初の計画では、ガルシア伯爵の送り込んでくる人間をとっ捕まえる事まで計画していたのだが、作戦を変更し相手が嫌がらせを実行困難な状況を作ることに専念している。

 それがこのお茶会。


 ───この世界のステータスで、100って数値は本当にまずい‥‥‥。


 ガルシア伯爵の『教養』の値をご主人様に聞いた事による急遽の変更だった。

 ゲーム中だとそこまで上がってしまうと、それに関係する競技は何をしても負けなくなる。

 そう99までと100には超えられない壁があるんだ。


 ───バグでしか存在しない数値だと思ってだんだけどな。


 不用意に手を出してコチラが嫌がらせを妨害してる事がバレたら、ご主人様だけじゃなく、みんなにも迷惑をかけそうな気がする‥‥‥。

 表立って反撃するのは、もっと確実に勝てる確信を持ててからだという判断。

 今回は何気ない行動をしてるように見せて、嫌がらせを阻止しようと思う。


 ───にしても、100はないわ‥‥‥。


 ゲームに登場してもないくせに、なんちゅうチートだよ。

 あんにゃろうに頭脳戦を仕掛けても勝てる気がしねぇし、そもそもゲーム中では、そんなチートキャラ存在しない‥‥‥。


 ───‥‥‥いや、違うな。そういえば公式チートが一人いたっけ。

 

 ふと視線を向けると、他の令嬢達とは明らかに違う空気感で、国宝級の調度品のように無言で座っている『容姿』100のご主人様が目に入った。


「‥‥‥何見てんのよ? 私なりに頑張ってるわよ」


 ちょっと顔を見ただけなのに、そんなに睨まなくても‥‥‥。

 黙ってニコニコしてれば老若男女問わず、誰でも魅了出来る見た目してんのに勿体ない。


 ───この人は全く『容姿』をいかせてないよね?


 好きや嫌いは、見た目だけじゃないって言うけど、ご主人様はその典型例のような生物いきもののようです‥‥‥。


 



「アル、このまま何もなければいいね」


 ニーナ嬢の側を離れ、俺に耳打ちしてきたのはレックス君。


「どうだろう。今のこの状況、普通なら何もしてこないだろうけど、相手はヤバい奴みたいだし‥‥‥あ、レックス君、替えの鞭は持ってきてる?」


「ちゃんと隠してあるよ。ニーナが少し不思議そうにしてたけど大丈夫」


「やっぱり話した方がいいんじゃない?」


 ガルシア伯爵の件、実は他の令嬢達にはまだ内緒にしていた。

 レックス君達に話した時点で、他の令嬢達にも話が伝わるもんだと思っていたし、俺はその方が良いと思っていたのだが、どうもレックス君とネロ様の見解は違った。


「前にも言ったけど、まだ話さない方がアルの主人の為に良いと思うんだ」


 2人曰く、ブラッドリィ家は俺が想像していた以上に嫌われてるらしく、敵も多いのだとか‥‥‥。

 第三者に話が漏れたりすると、それを狙ってくる者がいるだろうという考えらしい。

 

「やっぱり、ガルシア伯爵だけを捕まえてもらうのは無理だと?」


「現段階では証拠がないし、アルの主人も何かしらの罰を受けかねない‥‥‥それにこのままガルシア伯爵の悪事を暴いたとしても、ブラッドリィ家が取り潰しになると思うんだよね」


「‥‥‥うむむ」


「大丈夫。まだ先は長いみたいだし、チャンスはあると思うよ。まずはアルが言うように、ストーリーを変えられるのか試すのが先決だね」


「レックス君、色々とありがとう」


「いいよ。僕的にはニーナに隠し事をしてるのが少し心苦しいけどね。そうだ、今度何かお礼でもしてもらおうかな」


 ニコニコとレックス君。

 レックス君の性格を考えると、てっきり気にしないでって言われると思ってたんだが、やはりニーナ嬢が絡むとそうはいかないようだ。


「俺に出来る事ならなんでも言ってよ」


「うん。期待しておくよ」


 自分で言っといてなんだが、貞操の危機なんて事は‥‥‥ないよね?





「ローズさん、今日は頑張りましょうね!」


 ニコニコと満面の笑みで、ご主人様に話しかけてきたのはヒロインリディア。

 この重苦しい空気をモノともしないリディア嬢は、ちょっとアレっぽいところはあるが、やはり全てを暖かく包み込む太陽のようだ。


「‥‥‥そうね」


 そして、そんな太陽を睨みつけるうちのご主人様は、まるで全てを暗黒に飲み込むブラックホールのようでございます‥‥‥。


 ───この人はもっと他の人と仲良く出来ないもんかね‥‥‥。


「その服素敵ですね」


「ん? あ、俺ですか?」


 ご主人様との会話が弾まなかったからなのか、席を立ち俺に近づいてきたリディア嬢。


「凄く似合ってます」


「あ、ありがとう」


 そう言えば、リディア嬢に話しかけられるのって初めてかもしれない‥‥‥。


「黒を基調とした感じがアルバートさんにピッタリですね!」


「‥‥‥どうも」


 満面の笑みで見つめてくるこのヒロインは、本当に太陽のようだ‥‥‥。


「ローズさんが選んだんですよね? 触り心地も良いですし、流石です」


 俺の服の裾を掴んで、さりげないボディタッチ。


 ───あ、なんかドキドキする!


「あの、リディア嬢‥‥‥近いですよ?」


「あっ、ごめんなさい。私ったらつい‥‥‥」


 顔を赤らめて席に戻って行くリディア嬢。


 ───コレが、コレこそがヒロインパワーというやつだ。


 さりげなく自分からスキンシップしてるのに、顔を赤らめて逃走。

 なんて可愛いのでしょう‥‥‥。

 

「デレデレしてキモい。‥‥‥あんたって年中発情期なのね」


 物凄い形相でコチラを見てるご主人様。

 ‥‥‥やっぱり見られてた。


「‥‥‥別に発情してませんから」


 ちょっとドキドキしただけです。


「上着貸して」


「上着?」


「早く貸しなさい、獣物けだもの


「‥‥‥ひでぇ」


 さっきのは、リディア嬢のアレっぽい何かが発動しただけで、俺は何もしてないのだが‥‥‥。


 上着を受け取ったご主人様は、裁縫セットから針と糸を取り出し、上着に何かを縫い付けはじめる。


「ニーナさん、私は裁縫が趣味だった事を思い出しましたわ」


「裁縫ですか? ローズ様、凄いですね」


 先程、ニーナ嬢はご主人様に趣味は何かと聞いていた。


「これ、なかなか良い出来じゃない?」


 俺の上着を広げてニーナ嬢に見せるご主人様。

 ご主人様が話し出した事で、そこにいた令嬢達と奴隷達の視線は俺の上着に集まっている。

 後ろにいる俺には角度的に何も見えないのだが‥‥‥。


「‥‥‥ローズ様、コレは‥‥‥」


 驚く令嬢達。

 そして、その後ろの奴隷達は、皆うつむいて肩を震わせている。

 アイツら‥‥‥何笑ってんだよ‥‥‥。


 ───嫌な予感しかしねえ。




「はい。着ていいわよ」


 この上着、左胸には元々ご主人様による刺繍が施されている。


【ローズ・ブラッドリィの所有物〜お手を触れないでください〜】


 そして気付く。

 右胸部分にも新たな刺繍────


【注意! 発情しております〜近づいて、噛みつかれましても、当方では責任を負いかねます〜】


 ‥‥‥。


 コレはもう、外を歩けません‥‥‥。

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