30、ムーディーの定義。



「お前の心と身体、全て俺が包み込んでやる」


「‥‥‥」


「もっと近くにおいで、ローズ」


「‥‥‥」


「さあ、その鞭で俺を打つんだ」


「‥‥‥」


 鞭を片手に赤い顔で立ち尽くす美しい令嬢と、腰蓑こしみの一丁で四つん這いになり、鞭を懇願する奴隷。


「‥‥‥ご主人様‥‥‥頑張って良い雰囲気作ってるんですから、サクッとやっちゃってくださいよ」


 照明も抑えてあるので部屋は薄暗い。

 ムードもバッチリだ。


「‥‥‥やだ」




 4回戦の『ドキドキ、俺のハートに火をつけろ!』は、令嬢達による鞭打ち対決。

 鞭打ちの強さ、華麗さ、キレ等を競う競技だ。


 ‥‥‥そんなもん誰がどうやって判定すんだよ?


 と、思うところではあるが、鞭を打たれた人間の独断と偏見による評価で、順位は決定する。

 題名でなんとなく分かるかもしれないが、鞭を打たれてるのは、なんとこの狂った大会の主催者である王子本人‥‥‥。

 王子に鞭を入れるなど考えられない蛮行のように思うが、この王子こそがこのおかしなゲームの代名詞にもなっているキャラであったりする。

 かなり変わった人物なので、全く問題にはならない。

 

 そして、ご主人様にとって、この4回戦は超重要な分岐点でもある。

 

 終盤に訪れる、リディア嬢の奴隷が急に居なくなる『奴隷が逃げた?!』というイベントで、ローズ・ブラッドリィがリディア嬢の奴隷を誘拐していた事と、これまでの嫌がらせが明るみに出て、大会の終了と共に彼女は捕まり処刑される‥‥‥。

 しかし、この4回戦で王子に気に入られていて、なおかつ大会で優勝し王子との結婚を選択する事で、王子の独断により罪は赦免しゃめんされ、傾国けいこくの女王として、生き残る事ができるのだ。

 

 ───ここは絶対に落とせない。


 ご主人様が王子と結婚する事は、ガルシア伯爵の思惑通りなのが気に入らないが、最悪の場合の為に生き残る手段として繋げておきたい。

 それに、あの変態王子に気に入られておく事は、このクソゲーを進める上で悪役のご主人様にとってかなり有利だと思われる。

 

 ───色々と選択肢の幅が広がる筈だ。


 その為には、ご主人様の鞭打ちスキルを鍛えておく必要がある‥‥‥。




「わざわざ普通の鞭を買いに行ったんですから、気合い入れてください」


 ローズ・ブラッドリィの代名詞である、鋼鉄製の『いばらの鞭』。

 多分いくら変わり者とは言え、あんなモノを王子に打ち込んだら、気に入られる事はないだろう。

 ‥‥‥というか、五体満足でいられないと思われる。

 痛そうな棘もいっぱい付いてるし。


「‥‥‥無理」


「‥‥‥子供ですか?」


「明日は普通にヤルわよ‥‥‥」


「練習で出来ない事が本番で出来る訳ないでしょ?」


 って、部活の先生が言ってた。


「うるさいわね」


 強情だな。


「俺ごときに鞭を打てない人が、王子に鞭を打てると本気で思ってんですか?」


「‥‥‥打てるから。そんな事より、そっちは大丈夫なの?」


「あ、話を逸らした!」


「私の事より、あんたは自分達の心配をした方がいいわ」


「‥‥‥嫌がらせの事ですか?」


「そう」


「明日は攻撃する気はないですし、ニーナ嬢の鞭が破壊されないように護衛するだけです。まあ、あわよくば実行犯を捕まえようとは思ってますが」


「お父様をあんまり甘く見ない方がいいわ」


「えらくガルシア伯爵を買ってますね」


「あの人は目的の為ならどんな手段でも使ってくる。それに、常人じゃ太刀打ち出来ないくらい頭がキレる‥‥‥」


「『教養』が98もあるご主人様がそれ言いますか?」


 この世界の頭の出来は『教養』に依存する。

 はっきり言って、ご主人様の98って値はチートです。


「やっぱりあんた、お父様のステータス見てないのね」


「‥‥‥見てないですね」


 あの時はそれどころじゃなかった。


「あの人の『教養』は100よ」


「え?!」


「私でも全く歯が立たない‥‥‥」


「‥‥‥まじすか‥‥‥」


 コレはゲームをプレイした俺しか知らない事かもしれないが、ステータスが100になるとその値が関係する競技では、何をやってもその奴隷は絶対に負けなくなる‥‥‥。


 ゲームの説明などには、ステータスのMAX値は100と書かれてはいたが、その値はだいたい99で頭打ちする。

 だが、ある特定キャラの育成時に、極稀に100になる事があった。

 発生条件が不明な上に、そもそも99まで上げるのもかなり運が良くないと不可能な為、お目にかかった事は数えるほどしかない。

 俺が確認出来たのは、レックス君の『教養』とゴードンの『体力』のみ。

 得意な分野があるキャラのみに起こるバクくらいに考えていたのだが‥‥‥。


「下手に攻撃したら、あんたら全員あの世行きかもね」


「‥‥‥むむ」


「こんな事してる暇があったら、嫌がらせを止める手段を考えた方がまだ建設的よ」


 そう言って、鞭を放り投げるご主人様。


「それ聞いたら、尚更明日の大会で王子に気に入られてる方が良い気がしてきました‥‥‥はい、ヤリましょう」


 投げ捨てられた鞭を拾って、もう一度ご主人様の手に握らせた。


「‥‥‥あんた、私を結婚させる気じゃないでしょうね?」


 王子との結婚。

 最悪の場合あり得る。

 

「処刑されるよりマシでしょ?」


「ウジ虫の脳細胞がどんな風になってるのか見てみたいわね‥‥‥頭開いてやろうかしら‥‥‥」


「‥‥‥ちゃんと元通りに戻してくださいよ?」


「そのまま天に還りなさい」


「その意気込みで鞭をくださいよ。何にしても、俺に鞭を打てば色々と改善されるんですから」


「あんたもしつこいわね、嫌よ」


「‥‥‥ご主人様‥‥‥そんなに俺の事嫌いなんですか?」


「‥‥‥な、なんでそうなんのよ‥‥‥」


「だって他の令嬢達は喜んで打ってますよ‥‥‥」


 おかしな事に、この世界では令嬢達の鞭打ちは愛情表現だったりする。


 ───ええ、狂ってますよ。


 ‥‥‥確かに狂ってはいるが、このゲームの登場人物達の脳内はそう出来上がってるんだから仕方ない。

 別に俺はその行為に愛を感じる事は出来ないが、これだけ拒否されたら、ちょっと悲しくもある‥‥‥。


「あんた‥‥‥鞭打たれて本当に嬉しいの?」


「ステータスも上がりますし、良いことしかないんです。痛いのくらい我慢できます」


「ほら、痛いんじゃん」


「そりゃ痛いでしょ‥‥‥」


「‥‥‥王子にはちゃんと打つから大丈夫よ」


「王子には打てるんですね‥‥‥やっぱり、ご主人様は俺のこと嫌いなのでは?」


「‥‥‥だから、なんでそうなんのよ?」


「だって他の皆は、イチャイチャしながら打ってますよ?」


 大会前の、他のカップル達のイチャイチャ振りは凄まじい。


「あんた以外の、他の人間ならいくらでも打てるわよ」


「ほら‥‥‥ご主人様は俺にだけ優しくない」


「もう、うるさいわね! 私は好きな人を傷つけるのが嫌だって言ってんのよ、この単細胞!」


「‥‥‥え?」


「‥‥‥ぁ」


「そ、それって‥‥‥」


「‥‥‥う、うるさぃ‥‥‥バカッ‥‥‥アホ、ウジ虫‥‥‥」



 ムーディーな空間とは、甘いセリフや部屋の照明を落として無理やり作るモノではない。

 どんなに言葉が悪くても、そこに居る人間の心が通じた時に出来上がるもんなんだと俺は学習したのだった。



 たとえそれが、暴言を吐かれながらクッションで殴打され、ボロボロになりながら部屋を追い出されたとしてもだ。


 ‥‥‥あってるよね?

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